28話 3年前-エルフside 撤退


 俺とアズールは再度王都へ出向き、女神に謁見してアズールの主張する俺を除いたエルフ2千人で調査団に参加する旨の了承を取りつけた。そして、森を巡って人数を集め始めたのだった。


 ズレハに暮らすエルフ約2000人。

 カサエルに暮らすエルフ約3000人。

 そして、シンラに暮らすエルフが約2000人。


 すべてを合わせると7000人ほどの数に上ったが、そのうち老齢の者や女子供を省くと、実際に動かせるのは2500人に届くかどうかという数だった。

 そんな状況で2000人を動員するのは少し苦しかったが、それでもわずかに男手を残した状態は保てる。俺とアズールはそう考えていた。

 だが、ここで1つの誤算が生じた。アンダンテが自分の森からは、予定していた半分しか出さないと言い出したのだ。

 俺が長を引き継ぎ、新たな体制でエルフの結束を固めようという思いから、アンダンテには事の詳細を隠さず話すことにした。その選択が裏目に出たのだ。

 女神からの要求は1000人だったが、それを2000人にかさ増しする理由は俺がこの地に残るせいでもある。

 だが、アンダンテは長を継ぎその責任を果たす気があるのなら、1000人を率いて俺自身がカリ・ユガへ行くべきだと主張してきた。そして、1000人に対するシンラの森の割り当ては300人だから、それ以上は出さないと言い張ったのだ。

 アズールはそれに食い下がったが、アンダンテが意見を翻すことはなかった。


 ズレハ600人、カサエル800人、そしてシンラから600人を集めて、合計2000人を用意するつもりだった俺たちは、大幅な変更を余儀なくされた。

 不足の人員を残り2つの森で賄うとなると、ズレハとカサエルには戦力になるエルフをほとんど残せなくなる。

 だが、今さら女神に人数の変更を申し出るのは難しく、無理やりにでもそれを決行せざるを得なかった。

 そして、ひと月後、2000人のエルフ戦士を引き連れたアズールは、王国軍と共にカリ・ユガ調査へ向かったのだった。


◆◆◆


 それはアズールと分かれて、半月も経たないうちに起きた。

 間もなく床に就こうという俺のもとに、サルコジが姿を現した。サルコジは老齢のエルフで、幼い頃よく面倒を見てくれた俺たち兄弟の教育係とも呼べる存在だった。

 歳をとって仕事を担う機会も減っていたが、若いエルフのほとんどをカリ・ユガに向かわせて以来、俺の側近として働いてもらっていた。

 因みに俺の両親は既にこの森にいない。統率の乱れが起きぬよう、長の座を明け渡すと森を去る習わしになっていたからだ。

 今はアルフヘイムで余生を過ごしている筈だが、場合によっては俺もそこまで足を運ぶ必要がある。エルフだけの国アルフヘイムには、数十万のエルフが暮らす。その力を借りなければ、今回の事態は収まらないかもしれないと考えていたからだ。


 サルコジは神妙な顔つきで俺の傍まで来ると、片膝をついた。


「カリュー様、ご報告が」

「何か異常があったのか?」


 そう聞き返しながらも、俺に大きな動揺はなかった。

 兄のカリ・ユガ追放に始まる災厄は、カリ・ユガの調査と称する犠牲を強いられてもまだ終わらない。そして、女神の次の一手は必ず残されたエルフに向かってくる。

 そう予測し警告を残していったアズールの意見を組み入れ、俺は事前に心構えと策を講じていたからだ。

 何かが起こるのを半ば確信しながら、日々を過ごしていたのだ。


「北東の方角より、王国軍が森への侵入を開始しております」

「数は?」

「おそらく1万は超えるものと」


 その数を聞き、俺は思わず苦笑した。


「フフッ、到底抗うことのできない戦力差だな。何かを仕掛けて来るのは分かっていたが、ここまであからさまなものだとは……」

「いかがなされますか?」

「撤退しかないだろう。一旦エタリナを出て、予定通りラヌビアまで逃れよう」

「了解致しました。王国軍はまだ森への侵入を開始したばかりです。仮に予想通り侵攻の意図があったとしても、ここまで攻め上るには時間を要するでしょう。皆には焦らぬよう、粛々と退避するよう申し伝えておきます」

「頼んだぞ、サルコジ。俺は念のため北東ゲートを確認してからカサエルへ向かう。エルフの居住区をうろつく獣人がいれば、自分の住処に戻るよう伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 サルコジにあとのことを託し、俺はその場を離れた。

 ここエタリナの3つの森には、それぞれに複数のゲートがある。あまりに広大なこの森を通常手段だけで移動するのは相当時間がかかるため、アルフヘイムから専門の技術者を呼んで、魔術回路を組み込んだ転移ゲートを構築してもらったのだ。

 3つの森すべてに共通して中心部にはメインゲートがあり、それを取り巻くように周囲にサブゲートが配置されている。サブゲートはメインゲートだけに通じていて、サブゲート間の移動はできない。

 一方、メインゲートはその森すべてのサブゲートに通じているだけでなく、他の2つの森のメインゲートとも行き来できるようなっている。

 更にそれとは別にここズレハの森にだけは、特別なゲートが存在した。それはエタリナ王国とラヌビア国を繋ぐ、国家間の移動手段だった。


 国家間ゲートは、両国の認可を得て任意の場所に設置しなければならない。そんな国際的な取り決めはあったが、ここズレハの森にあるゲートは無許可で設置されていた。その原因は、エタリナという国の特殊性にあった。エタリナは国家間転移ゲートを持たない、閉鎖的な国だったのだ。

 過去、ゲートが設置されていた時期もあったが、魔法の先進国エタリナは、その技術や人材を他国から狙われる立場にあった。その流出を容易にするゲートの設置は、この国にとってあまりメリットのあるものではなかったのだ。

 設置を続けることの是非が検討される中、それを決定的なものにする事態が起こる。ジルコンドアの奇跡と呼ばれる大規模な大地の崩落現象が発生したのだ。


 内陸に続くジークムント王国との国境を裂くように走った、幅300kmにも及ぶ広大な大地の裂け目は、それと同時に複数の国家間との間に設けられていた転移ゲートを破壊した。

 その現象を何かの意志と感じた当時のエタリナ国王は、それを機に国家間ゲートの撤廃を決めた。そして、周囲を海とアルネー山脈、竜尾山脈に囲まれたエタリナは、わずかに海路を通じての国交を残すだけの閉鎖された国になった。

 従って、本来ならゲートは設置できないのだが、だからといって有事の際に脱出経路がなければこの国のエルフは滅びてしまう。やむなく、国には伏せて国外へのゲートを無断で設置していたのだが、今回それがうまく機能することになったのだ。


 さっそく俺はメインゲートを通って、北東にあるサブゲートへ向かった。そこにあった見張り小屋には、いくつものクリスタルボードが設置されていた。

 俺はそこに詰めていたエルフに言葉をかけた。


「状況はどうだ?」

「<迷いの森>は発動していますが、斥候の魔導騎兵は相当な魔法の使い手が揃っています。簡単に魔術回路を見つけて破壊されているので、幻惑効果はほとんど機能していません。軍本体も森に入ってから逆に移動速度が上がっています。何らかの魔法を使っているのだと思われますが、おそらくここ北東ゲート周辺に辿り着くのに、それほど時間はかからないと思われます」


 森の各所から遠隔視認魔法スチール・ビューを使って送られてくる映像をもとに、見張り役のエルフは俺にそう報告した。


「そうか。周辺に暮らしていたエルフの退避は終えているか?」

「この辺りを居住区にしていたエルフは、3日前にメインゲート付近への移住が完了しています。軍の侵攻が予測されるエリアに暮らしていた獣人たちにも、徹底して注意を促したので、それほど多くの被害は出ないと思われます」


 王国軍から急襲を受けるとすれば、地理的にこの北東ゲートから森の中心部に続くルートが最も危険な場所になるのは分かっていた。報告を受け、その備えが滞りなく行われていたことに安心した俺は、あとの処理を引き受けて、見張りとして詰めていたエルフたちにも退避を命じた。

 そして、1人になった俺は、今回の王国軍の動きについて考えていた。


 日数から考えて、今攻め寄せて来ているのはパルナからではなく、インダスワークスかトルヘリアから派遣された兵だと思われた。そして、その指示はアズールたちが出発してほとんど間もなく出されている。

 カリ・ユガの調査が実行された折、それに絡めてエルフが何らかの汚名を着せられ、それを御旗にエタリナのエルフすべての排除が行われる。アズールはそんな予測を立てていたが、今回の動きはまさにそれを裏づけるものだと思われた。

 それが現実となった今、俺の中にあったわずかな希望と神への信仰は完全に消え失せた。いや、少なくともあの女神は俺の知る神ではない。そんな確信を俺に抱かせていた。


 このような事態を想定して、人に紛れて村や町に常駐させていたエルフはそのすべてを引き上げさせていたが、その判断は正解だった。森にさえ引き上げていれば、攻め寄せられたところで問題はない。この国の3つの森はそれぞれに広大な面積を誇る。こういった有事の際、十分に時間をかけて対応できるこの国の森の広さはありがたかった。

 だが、今回の事態を受け、アズールたちが無事戻る可能性もおそらく無くなった。俺は兄に続き、アズールという有能なエルフまで失われたことに、やるせない思いを抱いていた。


 いくつかのトラップを起動させたあと、俺はメインゲートに戻って北東ゲートへのリンクを遮断した。転移ゲートは簡単に目につかないよう隠されていたが、万が一それを使われたら一気に喉元まで迫られてしまうからだ。

 戻ったメインゲート周辺では、既にサルコジの指示で多くのエルフが集まり、ラヌビアへの退避が始まっていた。特に混乱もないその様子を確認した俺は、再びメインゲートを通ってカサエルへ移動した。

 すると、目の前に見知った顔が立っているのが見えた。


「あ、カリューさん!」


 親しげにそう呼び掛けながら、俺のもとへ駆け寄ってきたのはカノン。カノンは童顔で子供のように小柄なエルフだった。

 成人に達する年齢は当に超えていたが、身長は130センチをわずかに超えるくらいしかない。ただ、それをコンプレックスに思うことはなく、逆に長所としてとらえている。何事にも前向きで明るい、アズールお気に入りのエルフでもあった。

 そのカノンの指示を受けてのことだろう。カサエルのメインゲート周辺にも、続々とエルフが集まりつつあった。その様子を見る限り、予想通り王国軍は3つの森へ同時侵攻を仕掛けてきたようだった。


「こちらの動きも問題ないようだな」

「ええ、チリバツです! カリューさんが来るのを待って、ズレハへの移動を開始するつもりでした」

「そうか。それは待たせて悪かったな」

「いえいえ、とんでもございません! 森の東側にあるサブゲートへのリンクもすべて解除してありますし、王国軍がここまで攻め上って来るには、まだまだ時間がかかります。ショウラクで逃げ切れます」

「……ショウラク?」

「ああ、逆さ言葉です。一応キャラ作りのためにそんな感じで行こうかと。出番が少ないと聞いてますので」


 言いながら笑顔を向けてくるカノンを見ながら、俺は心を痛めた。アズールが戻らないのが決定的となった今、その事実に一番ショックを受けているのはカノンに違いなかったからだ。

 出番が少ないのを言い訳に、カノンはその悲しみが顔に出ないよう必死で自分を取り繕っているように見えた。そうでなければ逆さ言葉などという、センスも面白さの欠片も感じない言葉遣いをカノンがするわけがない。

 俺はその痛々しい態度を見ながら、可能な限りカノンに優しくしてあげよう。そう心に誓ったのだった。


「ああ、カノン。前にも言ったが俺に敬語は不要だぞ」

「何をおっしゃいますやら。カリューさんは長を襲名された、この国のエルフを統べるお方です。親しみを込めてさんづけにさせてはいただいてますが、敬語を怠るなどもっての外。しかも、カリューさんは我がアズールお師匠も認める、鬼才と仁徳の持ち主です。自然と敬語になってしまうものなのです。ゼンシーゴケイです!」


 その無理やりな逆さ言葉を聞きながら、俺はふと昔俺の前で交わされた、アズールとカノンのやり取りを思い出していた。


「――カノン、それは違うぞ」

「ええ? お師匠! 私のどこが間違っているのでしょうか?」

「敬語とは、敬意を抱いていない相手に敬意を装うために使うものだ。本来、敬意を抱いている相手に対しては、言葉にせずとも気持ちや態度でそれは伝わる。従って、敬語を使うということは、その相手に敬意を抱いていないのを表明しているのと同じことだ。分かる者にしてみれば、逆に相手を蔑む言葉遣いに当たる」

「ええぇぇっっ! ジーマーですか!? マジですかっ!? だったら私はお師匠に敬語を使わなくても良いのですか!?」

 

 カノンの問いに、アズールは深く頷きを返した。


「当然だ。お前が俺に敬意を抱いているのなら、敬語を使う必要などどこにもない」

「マジかよ、アズール! 俺、めっちゃ、お前のことスーハイしてっから、マジ、こんな言葉遣いになっけど、マジ、これでいーんかよ! なー、アズール! ジーマーかよ!?」

「……ちょっと待て、カノン」

「ナン? アズール、ナン? 俺、なんか間違ってっかよ!」

「……いや、カノン。お前、本当に俺に敬意を抱いているのか?」

「抱いてるっしー♪ マジ、カミ(神)ー! アズールソンケー♪ マジ、カミ(神)ー! 呼ばれて登場♪ カミ、カムイン! だけど、カミにはか――」


 ガンッ!


 辺りに鈍い音が響いた。歌の最後に続く重要なワードを遮りながら、アズールからカノンに鉄拳制裁がくだされたからだ。


「敬意を抱く相手に、そんな感じで接するわけがない。敬意を抱けば自然と言葉遣いもそのようになるものだ」


 そう切り返したアズールの言葉に、カノンは目を輝かせた。


「……ですよねー、お師匠。自然と言葉遣いに現れますよねー。つまるところ、私の申し上げた説が立証されたと考えてよろしーんですよねー?」

「むっ……むぐぐぐっ……」

「ねー、お師匠。どーなんですかお師匠? 私の言ったことが正しいと言ったらどーなんですか? ねーおししょ――」


 ガンッ


 そして、カノンには二度目の鉄拳制裁がくだされる。

 少しうつむき加減のアズールに対し、下から覗き込むようにして言葉を連呼しては、殴られても仕方がない。そういう状況だった。


「今のお前は敬語を使いながら、あきらかに俺を侮辱していた。そこには敬意の欠片も感じられなかったし、敬語が敬意を示すとは認められない。だが、俺の説も一部訂正を加えねばなるまい。敬意をもって言葉を発すれば、それは自然と敬語に近いものになり、その思いは相手にも伝わる。即ち、敬意をもって敬語を使うことが肝要である。つまりはそういうことだ」


 そう言い放つアズールに、カノンは頭をさすりながら反論した。


「痛つつ……お師匠。お師匠が今言ったことは別段真理でもなんでもなく、誰もが最初から分かっていることです。私が敬意を持たずに敬語で接していたわけもなく、それを突然横から口を差し挟んできて、しかもその内容は訂正を要する未熟な持論であり、更には私との会話でその過ちに気づいたにもかかわらず、あたかも最初からそれを知っていたかのような口調で、今ようやく悟ったことを偉っそうに――」

「カノン……」


 その時アズールの絞り出した言葉の響きに、カノンは自分の悪ノリに気づいたようだった。

 だが、もはやあとの祭り。アズールはこれ以上ない笑顔を浮かべていたが、それはアズールの許容限度を超えた時の、お決まりの表情だったからだ。


「お、お、お師匠! じ、冗談ですよ、冗談!」

「カノン……確かお前はゴア斑紅まだらべにイモが大好物だったな」


 ――ゴア斑紅イモ―― 主に家畜のエサとして栽培されるヒルガオ科の植物だが、独特の苦みと臭気を持っていて、人が好んで食べることはない。好奇心旺盛なカノンが手を出して、トラウマになった食べ物でもある。


「お師匠! ま……まさか、お師匠! 私の人生で最も大きなウェートを占める、食事の楽しみを奪うおつもりですか!?」


 蒼白な表情でそう訴えるカノンの言い分を、しかしアズールが聞くことはなかった。自愛溢れるアズールの表情からも、それが理解できた。


「良かったな、カノン。お前はこれから一週間イモ尽くしの日々を送れるんだぞ?」

「一週間!? お師匠! それはあまりにも長過ぎませんか!? せめて――」


 しかし、カノンの反論を、アズールは厳しく冷酷な口調と表情で遮った。


「最低一週間だ。お前の態度如何では延長もあり得る。その間、自分の犯した罪の重さを知り、十分反省するんだな」


 かけられた言葉にカノンは膝から崩れ落ちる。

 アズールの言う制裁は、実際に食事としてゴア斑紅イモが供される分けじゃない。アズールの幻術効果で、あらゆる食べ物がその味になってしまうという、非情に性質の悪い嫌がらせだった。

 そして、アズールに宣言されれば逃れる術はない。なぜなら、アズールの宣言は幻術をかけ終えたあとに必ず行われるからだ。

 当然、目に見える状態で魔法陣が展開されるわけもなく、何でもない風を装ってかけてくるアズールの幻術は極悪な性能を保持している。それはもはや、本人にとっては幻術というより現実といえるものだからだ。

 アズールの使う幻術は、本人に強力な暗示作用を及ぼすマインドコントロールといえるものだ。その支配性能は凄まじく、五感すべてがその影響下に置かれるため、幻術の解除は容易じゃない。自分は幻術を解除したつもりでも、その感覚自体が既に幻術下の虚像なのか、本当の現実なのか区別できないからだ。

 従って、術をかけられた時点でそれに抗う術はない。それを最も理解するのがカノンであり、だからこそカノンは抵抗しようとさえ思わず、すべてを諦めたのだ。


 用意周到なアズールのこと、付加効果として空腹時には抗うことのできない飢餓状態に追い込まれ、食事をせずにやり過ごすことはできないだろう。

 だが、この幻術は自分に向けての使用が可能であり、だからこそアズールはどれほど過酷な環境に置かれても、意図的に苦しみを至福に切り替えることができる。

 それがアズールをカリ・ユガに向かわせたことへの、1つの救いになっていた。

 カノンとの会話で、俺はそんなことを思い出していた。


「……さてと。では、カノン。ここの指揮はお前に任せたぞ」


 カサエルも問題なく退避が行われているのを確認した俺は、あとのことをカノンに託し、この場を離れようとした。だが、その時カノンが鋭い視線を俺に向けてきた。


「シンラに行くのですか?」

「……ああ、そうだが」

「アンダンテは撤退要請を受け入れなかったと聞いています」

「……そうだ。だが、このまま見捨てるわけにはいかない。もう1度だけ説得を試みようと、俺はそう思ってる」

「では、私もお供しましょう。この森のエルフへの指示は既に行き届いているので、私がついている必要はありません。それよりもカリューさんを1人でアンダンテのもとへ向かわせる方が心配です。こちらの指示に従わないだけならまだしも、アンダンテはカリューさんに害を及ぼす可能性もありますから」

 

 そんな言葉を返してくるカノンに、俺は軽く肩をすくめてみせた。


「何を言ってるんだカノン? それが分かっているのなら、お前は真っ先に逃げるべきだ。もし、おかしなことに巻き込まれ逃げ遅れてしまったら、俺はアズールに顔向けできない。交渉は俺に任せて――」

「それは逆ですよ、カリューさん。私はお師匠にカリューさんをサポートするよう仰せつかっています。その願いを聞き入れる形で、カリ・ユガ同行を泣く泣く諦めたんですから。カリューさんはまだ個の意識が強く、おそらく何でも1人でしようとするだろう。だからお前がその捨て石となり、真の長へと押し上げる手助けをしろ。このお師匠の遺言ともいえる言葉を受け、私は今ここにいるのです」


 すべてを見通すかアズールの配慮に、俺は舌を巻いた。


「カリューさん……いや、おさ! 私をご自身の分身と考え、手足のようにお使いください。自身に降りかかる危険を厭わないのなら、私に対してもそれは同じこと。そこに配慮は無用です。ですが、あなたは核であり、それが失われることへの配慮を欠かしてはなりません。アンダンテは森長です。その説得に族長自らが出向くという判断は誤ってないでしょう。ですが、そこに1人で乗り込むのは危険です。あれは我らエルフの膿でもあるんですから――」

「それは違うぞ、カノン」

「…………」

「アンダンテは粗暴だが、バカではない。1つの森を任されるに値する、それなりの器を持ったエルフだ。説得は難しいと思うし、結局は袂を分かつことになるかもしれないが、それはアンダンテに非があるんじゃなく、俺の力量が不足しているせいだ。組織が大きくなれば、そこにはそれだけ様々な人材が集まることになる。そこを選り好みしていては、人をまとめることなどできない。今は無理でもその懐の深さは、いずれ俺が身に着けなければならないものでもある」

「…………」

「だが、カノン。お前の言い分も一理ある。大人数で向かえば、逆に向こうは頑なな態度に出る可能性もあるが、お前1人を共につけるくらいなら問題無いだろう」


 俺の言葉を聞いた途端、カノンは満面の笑みで喜びを表現した。


「お任せください! 長は必ずや私が守ってみせますから!」

「フフッ……頼りにしてる」

「エヘヘヘ……あ、でもやっぱり、呼び方はカリューさんでいいですか? 何だか堅苦しい感じが生に合わなくて……」

「もちろんだ」


 兄のことを俺やアズールがサポートしてきたように、俺を支える存在が必要なことをアズールは理解していたのだろう。

 その配慮に感謝しつつ、カノンと共に俺はアンダンテのもとへ向かった。

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