18話 力の片鱗


「すべてを語る上で、俺から忠告すべきことがある」


 ルカキスは真面目な顔でそう告げた。

 その言葉に2人は頷きを返したが、ロボはいつになく真剣なルカキスの様子に、自分の推測が当たっているのを確信した。その名前にまつわる辛い思い出を、今からルカキスが打ち明けるのだと、そう思っていたのだ。

 それは先ほど説明した筈なのに、敢えてそれを自分の口から言わそうとしているカリュー。もし、ルカキスがつらい思いでその真相を語ったら。名前にまつわる悲しみのエピソードを、涙ながらに話すことになったら。俺はカリューを許さねー! ロボは胸の内にそんな思いを抱いていた。

 

 だが、少しくどくなるかもしれないが、敢えてここでもう1度言おう。

 ロボ、お前は間違っている。

 義侠心溢れるその思いには敬意を表するが、お前がルカキスを理解するのは20年早い。

 ただ、そんな思いでルカキスの言葉を受け止めたものだから、話は少しこじれてしまうのだが……


「俺の話を聞けば、お前たちに何らかの危害が及ぶ可能性がある」


 そう警告を発してから、ルカキスは続けた。


「もちろんそれは確実ではないし、話してみるまでどうなるかは分からない。だが、仮に俺が途中で話を止めても、それ以上を決して追求しないで欲しい。それが危険を示す1つのサインになるからだ。そのことを約束してくれるなら俺はすべてを話そう」


 その話が嘘でないことは2人にも十分感じられた。だが、それが言いたくない気持ちの裏返しに聞こえたロボは、ルカキスにこう問い返した。


「えらく物騒な話じゃねーか? そんな前置きが必要なんだったら、別に話すのをやめてもいいんだぜ?」

「……いや」


 だが、ルカキスは、考えながらもロボの提案を否定する。


「この話をする機会を得たことを、俺は必然と考えている。今まで俺は、俺の中に確かにあったその事実と向き合うのを、意図的に避けてきた。それでも俺はここまで生きてきたし、これからもそれを続けることはできると思う。でも最近になって、それではダメだと思い始めた。逃げるのではなく、本気でその事実を受け止め、それに立ち向かう。そして、それを乗り越えた時、俺の本当の人生が始まる。それが俺に課された運命……決して逃れられない宿命なんじゃないかと考えるようになったんだ」


 ルカキスは意外にも真面目にその心情を吐露していた。

 言っていることは、ティファールやドナに影響を受けてのものだし、そう思い始めたのは最近ではなく、昨日今日の話なのだが、それでもそのおかげでルカキスに起こった変化は、前向きで価値あるものに見えた。

 ただ、言葉で人は簡単に変わらない。受け売りの言葉は、自分の中にそれを支える基盤がなく、非常に不安定で失われ易いからだ。

 それを実践するには強い意志力が要求されるが、優柔不断なルカキスの意志の固さは、たとえるならプリンやフルーチェと同質である。ぷるんぷるんなのである。

 

 それだけでなく、ルカキスは天邪鬼という難敵も抱えている。

 逆走が得意なこの性質は、目的を持って道を進む時、困難な障害へとその姿を変える。さらに自身で強化してしまったルカキスの天の邪鬼は、アマノジャク→バイオレンスジャックへのクラスチェンジも果たしており、凶暴、凶悪で、ジャックナイフを所持して変幻自在に姿を変えるのである。


 そんな困難を見事跳ね返し、果たして既存の主人公たちのように、ルカキスも心の成長を遂げられるのか?

 固唾を飲んで見守る以外、我々にできることは何もないが、せめて重要な岐路に立たされた時だけでも、ルカキスがその判断を誤らないことを切に願うばかりである。


 ルカキスの言葉を聞いたロボは激しく感銘を受けていた。過去のトラウマと向き合い、それに立ち向かおうとするルカキスの姿に心動かされたのだ。

 感動屋のロボは照れ隠しも込めて、自然と言葉が口を突く。


「えらくご大層な決意だが、おめーがそう考えるんならオレはもう、何も言わねー。いや、何も言えねー! ただ、お前の話はオレたちも真面目に受け止めるし、絶対に他人に漏らしたりはしねー! トラウマを克服するための協力だって惜しまねー! だがらネオ・ルカキス、安心して秘密を打ち明けろよ!」

「あ、ああ……そうだな」


 ロボのテンションに、ルカキスは圧迫感と息苦しさを覚えたが、それが好意から来ているのも理解できたので、ウザそうなリアクションは控えることにした。


「俺の予想では、お前らに危害が及ぶ公算は低いと見積もっているが、くれぐれもさっき話した注意点だけは忘れないで欲しい。最後まで話すことができれば、その理由も話の中できちんとするつもりだ」


 そう告げるなり、ルカキスはロボに命じてカリューの戒めを解かせた。その態度は、カリューに話の信憑性を高めさせたが、ロボには首を傾げさせただけだった。

 そして、すべての準備が整ったところで、ルカキスは名前にまつわる事情を話し始めたのだった。


「俺には……俺の中には別の人格が存在する」


 その言葉を皮切りに、ルカキスの中に同居する別人格アクマイザーのことと、それに伴い発生する記憶障害の説明がなされた。

 そのせいで、直近に於いて甚大な記憶喪失が生じ、名前すら忘れてしまったこと。更には名前が判明した時に、敢えて名前をアレンジメントして、愛着を持てるよう工夫したことなども語られた。

 その際「だから俺のことは今後ルカキスではなく、ネオ・ルカキスと呼んでくれ」と付け加えたが、その提案は「それは嘘の片棒を担ぐことになるんじゃないのか?」と、真面目なカリューには、頑なにその受け入れを拒まれた。

 こうしてルカキスは、笑顔ですべてを話し終えたのだった。


 話はいたって真面目なものであり、冗談を差し挟むこともなく、終始真剣な表情で語られた。

 当然2人にもそれは伝わっており、懸念していた妨害が起こることなく、ルカキスの思っていた通りに、その内容は伝えられた……筈だった。

 だが、話し終えたルカキスに、爆笑で応えた者がそこにはいた。その者は特徴的な笑い声を立てながら、ルカキスにこう告げた。


「ガーハッハッハッハ、やっぱそんな話だったか。いつになく真剣だったもんだから、何を話すか身構えて聞いてたんだが……記憶喪失ってなんだよ? アクマイザーだと? ふざけるのも大概にしろよネオ・ルカキス! 短時間で考えた作り話にしちゃあ辻褄は合っていたが、信憑性を損なう設定を用いたのは失敗だったな。だが、名前の説明はもういい。そんな嘘を持ち出してまで話したくなかったのは十分、分かったからな。お前の決意には感動したし、応援してやりてー気持ちもあったが、だからといってそれが難しい話だってのは、オレにも分かっていた。だから、誤魔化しちまったことを責めたりはしない。でも、それならやっぱり、名前のことは話せねーと、オレはそう言って欲しかったぜ」


 殊更真面目に、ルカキスは真実を語ったつもりだったが、その話はロボには全く信用されなかった。

 しかし、そこにカリューが異論を差し挟む。


「いや、待ってくれロボ。今の話はおそらく真実だ」

「なにぃー!?」

「ルカキスの語るアクマイザーの性格が、粗暴で無慈悲だというところに違和感はあるが、ルカキスはアクマイザー覚醒時の記憶が無いというし、その情報もあまり持っていない。そのことから生じる誤解と考えれば、今のルカキスが抱える状態は、俺の納得いくものでもある」


 そのカリューの見解に、ルカキスが烈火のごとく猛反発した。


「いや、違う! アクマイザーは悪魔のような奴だ! 奴は非道で、下劣で、下等で、悪党の人非人だっ! 奴ほどの悪を俺は見たことがない!」

「見たことがない。……ないんだろう? 実際見たことが」

「ムッ……グヌゥ……」


 冷静にそう告げてくるカリューに、ルカキスは返す言葉もない。

 実際、見たことがないんだから、そう言われてしまえばグゥの音も出ず、僅かに変化させてグヌゥと返事を返すのがやっとだった。


「症例的には特異だが、聞いた限りでは何かの憑依が考えられる。なるほど、それで辻褄が合った。実はお前に関しては、その印象に違和感があったんだ。時折ダブって感じたのは重なってるのが原因だったんだな」


 まるで魂が見えているようなカリューの口ぶりに、ルカキスは驚き、感心しているようだった。

 しかし、そのまま会話が収まる筈もなく、2人の話に同意できないロボが割って入った。


「待て、待て、待て、待て! なにその話が正しいことを前提に話を進めてるんだっ!? 記憶を奪う憑依体だと? そんな非科学的な存在をオレに認めろってのか!? 人を殺してたかもしれねー荒くれ者の番長を無傷で倒しただと? たとえ、ルカキスと誰かの人格が入れ替わったとしても、そんな芸当ルカキスにできるわけねーだろーがっ!」


 そう言うなり、ロボはルカキスに左手を向ける。その先からは銃口が飛び出し、既にルカキスに狙いをつけていた。


「命の危機に瀕するとそいつが表に現れるんだったなあ。だったら、その危機を俺が今から演出してやろーじゃねーか? なーに、心配するこたーねーぜ、ネオ・ルカキス。俺にはケガを治療する手段だってある。出血多量で死ぬ寸前まで待って、お前の話が出鱈目だってのを証明した上で、お前を助けてやるよっ!」

「待てロボ、早まるなっ!」


 自分に銃口を向けるロボ。

 それを止めに入るカリュー。

 ルカキスはそんな光景を眺めながら、意識の混濁が始まり、自分がどこかに追いやられてしまいそうな、そんなアクマイザーと入れ替わる時に生じる奇妙な感覚に気づき、咄嗟に大声を上げた。


「ダメだっ!……逃げろ、お前たちっ!」


 ルカキスは片手で頭を抱えたまま、片手、片膝を地面につき、それが始まるのを身構えた。だが……


 ロボを取り押さえようとしながら、ルカキスの叫び声に振り返ったカリューは、頭を抱えてしゃがみ込むルカキスを見て、どちらを優先すべきかを迷う。

 しかし、ロボがそれ以上の行動に出る様子がないのに気づくと、急いでルカキスのもとに駆け寄った。

 肩に手をやり「大丈夫か?」と言葉をかけたカリューは、同じようにしゃがんでルカキスの様子を窺う。

 しばらく険しい顔で頭を押さえていたルカキスは、自分に変化がないことに気づいて、素っ頓狂な声を上げた。


「…………あれっ?」

「大丈夫か、ルカキス。さっきの話にあったように、意識が入れ替わりそうになっていたのか?」

「う、うん……そうなんだけど……」


 あの予兆があれば、間違いなく意識を失うと思ったのに……


 ルカキスは、未だ自分がその意識を保っていることに驚き、何事もなく前兆が消えたことに困惑していた。

 その様子をしばらく見ていたカリューは、そこに問題が無いのを見定めると、再びロボに向き直って、苦笑しながら歩み寄って行った。


「まったく、びっくりさせるなよ。雰囲気から、本当に撃つと思って冷や冷やしたぞ」


 そう言って、カリューはロボに笑みを向けたが、ルカキスに続き今度はロボの様子がおかしい。


「どうかしたのか?」


 そう問いかけるカリューに、ロボはボソッと言葉を漏らした。


「…………あり得ねぇ」


 そう呟くロボは、今起きた驚愕の事態について、1人頭の中で考えを巡らしていた。


 ……なぜだ?

 ……考えられねぇ。

 命中率79%だと?

 この至近距離で!?

 オレが今まで経験した中で、過去俺の絶対的な射程内で、命中率が99%を下回ったことなんてあったか?

 いいや、なかった。じゃあ、なんでこんなことが起きてんだ?


 ……理由は簡単だ。情報の集積装置が4つも破壊されている。オレ自身に搭載されているレーダーが2つ。そして、上空を飛行しながら自動追尾させている、サテライト端末2機だ。

 内部のレーダーは予備と切り替わったし、サテライト端末もさっき射出し直したから、今はもう回復している。だが、問題はそんなことじゃねー!

 物理攻撃が、俺の右手を掻い潜ることはできない。魔法攻撃だって、魔法陣が発動した瞬間に魔力センサーに感知される。その予備動作を一切気づかれずに、オレを出し抜くことなんて不可能なんだ!


 ……だが、オレは攻撃を受けている。それに気づいたのは、既に攻撃を受けたそのあとだ!

 しかも、上空にある2機のサテライト端末は、知識のねーこの世界の奴らが知ることも、気づくこともできねー代物だ。この端末はオレの要と呼べるものだから、さっきカリューに聞かれた時でさえ、微塵もそのことには触れなかった。

 だが、知られた。この端末を破壊した奴は、オレが上空から対象を捕捉していることに、気づきやがったんだ!

 それが知識なのか、特殊能力なのかは分からねー。だが、それだけじゃなく、そいつは魔法でも物理でもない攻撃手段まで持ってやがるっ! そんな野郎がネオ・ルカキスの中にいるってのか!?


 ロボは今起きた現象から、あらゆる可能性を導き出して瞬時に計算した。その結果、ルカキスの話を受け入れるのが、一番合理的だという結論に達してはいた。

 しかし、それは同時に2つの非科学的な存在を受け入れる結論でもあった。

 1つは霊魂であり、もう1つはPSIサイ。超能力と呼ばれる力である。


 この超能力については、ロボの中にも正確に検証可能なデータはなかった。だが、今回ロボが被ったと思われる、PK(念力)での力の干渉を受けた場合、その対象の外観はあきらかに外部から力を加えられたように変形、変質、変容をきたすが、それにもかかわらず、周囲も含めたその現象が起こったと考えられる場所からは、その事象を可能にするだけのエネルギーは一切検出されない。そう予測する、狭間の考えた1つの仮想データがあった。

 事後検証から、今回受けた被害がその予測と一致しており、そのことから、この霊魂の持つ特殊能力は、おそらくPKを含む超能力だとロボは結論づけたのである。


 この世界の魔法は体系立てられたものであり、既に非科学的な存在ではない。しかし、霊魂や超能力はそうではない。視認できないことや絶対数の少なさから、その存在や現象が公に認められてはいないのだ。

 ロボのような科学の申し子からすれば、それらの存在は忌避すべきものであり、本来なら認められるものではない。だが、ロボは違っていた。いや、ロボをこの世に生み出した狭間が少し変わった科学者だったのだ。


 前述したロボの持つ超能力に関するデータにしても、狭間がそれを直接目にしたという事実はない。にもかかわらず、彼はそんなデータをいくつも持っていた。UFOやポルターガイスト、その他彼の知る様々な未確認現象についても、独自に研究し自分なりの回答を得ていたのである。

 そこには科学的根拠に基づくものも当然あったが、それを度外視した観点からの考察も相当数含まれる。それは彼が人間の知覚限界や認識限界を知っていたことと、現象世界の根底に横たわる、ある真相を理解していたからでもあった。

 従って、あらゆる可能性を、世界の中から排除しないというのが彼の持論であり、だから狭間は、この世界で魔法を知った時も、それを最初から受け入れ、自らの知る科学知識との接点を模索し、結合させることに成功したのだ。


 そうして誕生したのがロボなのである。

 狭間の遺伝子を色濃く継承しているロボは、言葉では否定しながらも自分の知識には無い、或いは理解の及ばない現象についても、それを認めることで整合性が取れるのなら、受け入れるのを拒んだりしない。

 だからロボは、ルカキスが霊的な何らかの干渉を受けており、その存在は特殊な能力を持っているという見解を、受け入れたのである。


 ……認めるしかねーか。だが、そうだとすれば、少しやっかいなことになりそうだ。ただでさえ扱いづらいネオ・ルカキスに、別の人格まで入ってるとなると、収拾がつかねーんじゃねーのか?

 望むべくは、ネオ・ルカキスの言う悪魔のように非道な奴じゃなくて、カリューが敬意を抱いているように感じる、それなりの人格者であって欲しいところだがな……

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