19話 嵐の前
「……ヘヘッ」
全く動かなかったロボが、急に笑い出したのを見て、カリューは驚き、ロボが壊れたのではないかと訝しんだ。
「だ、大丈夫か……ロボ?」
「おお、カリューか。心配かけちまったみてーだな。わりーわりー。だが、もう安心しろよ。検証もできたし、お前の言うことをオレも信じることにするぜ」
「……そうか。俺もルカキスの話で抱いていた疑問は解けた。これでようやく、ゆっくり話が――」
「ちょっと待て!」
そんな会話を交わす2人の間に、ルカキスが興奮気味に割って入った。
「ロボ。検証ができたとは……いったいどういうことだ?」
その指摘に一瞬ロボは驚いたが、すぐに笑顔で応じた。
「ヘヘッ、なかなか耳聡いじゃねーかネオ・ルカキス。だが、心配すんな。一部機能に多少問題は生じたが、今はもう復旧してる。それより疑って悪かったな。あまりに話が突拍子もなかったもんだから、てっきり作り話かと思っちまってよ。それにお前の名前については思い違いしてた部分もあってな。それについては実はカリュー、お前にも――」
「待てロボ!……お前、俺の話を本当にちゃんと聞いていたのかっ!?」
「いや、聞いてたけど……なんで、そんな怒ってんの?」
そう、ルカキスは怒っていた。怒髪天を突くといった形相で、怒りの眼差しをロボに向けていたのだ。
「許さんぞ、ロボッ!」
叫ぶと同時に空中へ飛び上がったルカキスは「イナズマ蹴り!」の掛け声と共に、ロボに向かってさほど強烈でもない蹴りを繰り出した。
しかし、そんなものがロボに通用する筈もなく、あっさり足首を掴まれたルカキスは、そのまま逆さ吊りにされ、ゆらゆらと揺らされていた。
「くっ……ロ、ロボッ! 降ろせ! 暴力で押さえ込もうとするなんて、卑怯にもほどがあるぞ!」
「仕掛けてきたのはてめーだろーが。ってか、なんで怒ってんだ? それを説明しろよ」
ロボはカリューなら分かるかと思い、そちらに視線を向けたが、腕組みしながらカリューは小首を傾げただけだった。
俄かにルカキスを開放したロボは、事情の説明を促がす。
「なぜ、2度も説明しなければならないんだ!?」
憤慨しながらそう言葉を漏らしたルカキスは、それでも渋々怒りの原因について語り始めた。
「そもそも、なぜお前がアクマイザーの攻撃を受けたのか、分かっているのか?」
「そんなもん決まってんだろうが。お前が言ってた通り、お前の身が危険にさらされたからだろう?」
ロボの答えを呆気にとられながら聞いたルカキスは、脱力して鼻から息を漏らした。
「フッ、ロボよ。そこまで分かっていながら、まだ謝ろうとしないとはな。俺の身に危険が迫り、なお且つ俺が対処できない時、アクマイザーは発動する。さっきお前は俺に武器を向けていた。俺はてっきり冗談だと思っていたが、それは違った! お前が本気でなかったことをアクマイザーが否定する! お前の秘められた殺意をアクマイザーが暴き出す! さっき、お前は本気で俺を殺そうと思って、その武器を俺に向けていた! この大恩ある俺に向かってだ! それが先ず、お前が犯した第1の……罪っ!」
セリフと共に、ルカキスはロボをビシッと指差した。まるで被告を断罪する、検事ででもあるかのように。
だが、ロボは悪びれることなく、淡々と反論を述べる。
「いや、別に殺すつもりはなかったけど、本気で撃とうと思ってたのは認めるよ。でも、そーしなけりゃ検証できなかったし、俺には回復手段だってあった。別にお前がケガしたところで――」
「それだけでは、なあああああああぁぁぁぁぁいっっっ!」
ロボの言いわけを、大声で遮ったルカキスは、次なる断罪すべき言及に移る。
「アクマイザーは、インジャン・ジョーと恐れられた札付きの番長を、触れさせもさず血祭りに上げたと説明したよな? それほど魅力的な力が身の内にありながら、俺はその力に依存していなかった。その説明も俺はした筈だ! アクマイザーは力の代償として、俺の記憶を奪ってしまう! だから俺はその力にはできるだけ頼らず生きてきたのだとなっ! だが、そんな俺の努力も知らず、お前はパンドラの蓋をパカッと開けた。そして、封印されし暗黒魔人アクマイザーを、再びこの世に解き放ったんだ! それが俺の血の滲む努力で蓄えた、果てなく広大且つ深遠なる叡知の数々を、根こそぎ奪い去る悪業と知りながら! 俺を信じれば済む話を、検証と称する確証を自分が得たいという、ただの自己満足を満たすために、そのせいで俺が強いられる犠牲を顧みず、お前は欲望のままにそれを断行したっ! それが、お前が犯した第2の……罪っ!」
このツバをあちこち撒き散らしながらのルカキスの熱弁は、しかしロボの心にはそれほど響かなかったようである。まるで対照的な、パッションのかけらも感じさせないテンションで、ロボはルカキスに応じた。
「……ああ、そういやそうだったな。わりーわりー。そこはあんま考えてなかったわ」
「わりーわりー? 考えてなかっただと!? そんな、ラーマ・ゴールデンソフトのような軽さで、許されると思っているのか、ロボッ!」
「いや、たとえが古過ぎて、誰にも伝わらねーぞ、ネオ・ルカキス。それに許されるもなにも、オレだって今までお前には散々辛酸を舐めさせられてたんだ。それぐらい許す度量をお前が見せても、バチが当たらねーどころか、まだ足りねーぐらいだぜ」
「な、なんだとっ!」
「少し落ち着け、ルカキス」
見かねたカリューが仲裁に入ろうと、ルカキスの肩に手をかける。
「お前さっき、人格の入れ替わりはなかったと言わなかったか?」
「えっ!? いや、それは……」
カリューに矛盾を指摘されたことで、若干勢いを削がれそうになったルカキスは、頭の中からもの凄いスピードで突破口を検索すると、再びアクセルを吹かせた。
「だ、だが、ロボは検証できたと言っていた! そ、それはつまりアクマイザーが発動したということだっ!」
感覚的に意識の入れ替えが無かったことは、ルカキスも理解していた。しかし、ロボの話を聞くかぎり、アクマイザーがその力を行使したのは事実であり、だとすればルカキスの記憶が奪われたのも、紛れもない事実なのだ。
たとえそれが、一瞬ほどの僅かな時間であっても。
たとえそれが、何の記憶を失ったか分からないほど些細な損害だとしても。
それに、ここでロボを許しては、今後の関係性に悪影響を及ぼす。ルカキスは絶対的なイニシアチブ確保のため、ロボを論破する必要があったのだ。
「喪失量の多寡は問題じゃない! お前が俺の話をきっちり理解していれば、あの話には俺へのリスクが含まれることが分かった筈だからだ! にもかかわらず、それを話した俺のお前たちへの信頼に対して、ロボ! それが誠意を持って報いる態度と言いきれるのか!」
この言葉のチョイスは、ロボの態度を改めさせるに十分なものだった。
信頼とは確実性も根拠もないものである。それは知能が上がるほど成立させるのが難しく、また科学の申し子であるロボットには、理解不能な感覚でもあった。
しかし、ロボット界の異端児であるロボは、なぜか人らしさを体現できることに誇りを持っていた。それを覚えていたルカキスは、そこを巧みに突いてきたのである。
都合のいいことに、カリューもその意見に同意を示す。
「確かにそう言われればそうだ。だがルカキス、ロボは人じゃない。俺たちみたいにそういった感覚を持ち合わせては――」
「待ちやがれ、カリュー! それ以上の発言はオレへの侮辱ととらえるぜ!」
鋭い視線と言動でカリューを黙らせたロボは、おもむろにルカキスに向き直って、歯切れ悪そうに言葉を口にした。
「ネオ・ルカキス……お前の話がいかに信じ難いものだったとはいえ、話す前のお前の態度を考えりゃー、それが真実とオレは受け止めるべきだったし、現にカリューはそこを疑ってなかった。それなのにオレは、信じるどころか、逆にお前を試すような態度までとっちまって――」
「そうだな、ロボ。それは人として良くないことだぞ、人として」
「ぐっ……」
人を強調しながら、すかさずそう合いの手を入れるルカキスに怒りを覚えながら、それでもロボは言葉を続けた。
「……お、お前に指摘されるまで、そこに気づかなかった自分が、オレは本気で情けねー。謝罪で許されねーのは分かってるが、それでも誠心誠意、それを態度で示すのがオレにできる精一杯だ。すまなかった、ネオ・ルカキス。……この通りだ」
言い終え、何かを吹っ切るように頭を下げたロボを見下ろしながら、ルカキスはその口元に笑みを浮かべていた。
力で及ばないロボに言葉でも敵わないとなれば、ルカキスの沽券に関わってくる。演技とも思える些末な怒りはとっくに消えており、ただロボを言葉で打ち負かすことだけを考えていたルカキスは、見事舌戦を制して自らの自信を取り戻していた。
こうなると後は乗るだけである。
ルカキスが得意とする『図』に乗るだけである。
俄かに厳しい表情を作ったルカキスは、叱責するようにロボの名を呼んだ。
「ロボ!」
そう呼びかけられ、視線を上げたロボの前には、厳しい目つきのルカキスがいる。だが、途端に表情を崩したルカキスは、笑顔でロボに語りかけた。
「いいんだよ、ロボ。もう、いいんだ。俺がそんなことをいちいち気にする、小さな人間だと思っていたのか? アハハハハ。俺を見くびるなよ、ロボ。俺の器はな!……その……なんだ。とにかくデカいっ! そんなつまらないことに、いつまでも拘っているわけがないだろう? それに失くした記憶もそれほど多くない。お前に貸した金の額を忘れたくらいだ。だからロボ、お前が気に病むことはもう何もないんだ。良かったな、ロボ。俺という人間の、果てなき器のデカさに感謝しろよ?」
これ以上ないくらい、恩着せがましく言葉をかけるルカキス。
それを聞くロボは、自分の中に沸き起こるムカつきを抑えるのに必死だった。
言いたいことは山ほど思い浮かんでいたが、自分に非がある以上、言葉にするのは適切でないと感じていた。しかし、感情を誤魔化すことはできない。
謝罪を受け入れられたにもかかわらず、ロボの中にはそれに対する感謝の念など微塵もなく、逆に怒りと敗北感がとめどなく溢れる。
なぜ、こうなってしまったのか?
自分の勘違いが生んだ事態に、激しい後悔を抱くと共に、もしかしたら、ルカキスは人を不快にさせる天才なのかもしれない。そう結論づけるロボなのだった。
平素の感じを取り戻したルカキスは、饒舌にもそのまま「では、俺の知る真実をお前たちだけに語ろう」と、敢えて自分の話に付加価値を付けて、ご機嫌な感じで話し始めた。
本来なら、自分に危害を加える疑いのあるカリューの話を聞き、その不安を先に晴らすのが順当かと思われたが、ルカキスは自分の思い違いに気づいたのだ。
こいつはそれほど害のある奴じゃない……
カリューと接して、そんな印象を抱いたルカキスは、すっかり安心して、リラックスして、更にはロボを言葉で打ち負かした事実も手伝って、お山の大将よろしく、場を支配したつもりになっていた。
そこへ来て、まだ打ち明けておらず、2人が知りたがっている情報を自分が持っているとなれば、もう止められない。誰もルカキスを止められなかった。
2人の許諾も得ないまま、ハイテンションで話し始めたルカキスは、激しい身振り手振りを交えながら、女神と対峙した時の自分の活躍ぶりを熱弁する。
特に活躍と呼べるようなことは、何もしていなかった筈なのに。
多少の脚色と完全オリジナル追加エピソードの挿入はあったものの、事実については概ね正しい内容が2人に伝わってはいたが……
「やはり、兄の裏切りはなかった。そうだとは思っていたが、これで胸のモヤモヤがスッキリした。ルカキス、話してくれてありがとう」
「なあに、礼には及ばない。というか、そんな言葉を貰う資格は俺にはない。俺も努力はしたんだが、さすがに相手は至上の存在として知られる女神だ。あと一歩及ばずアグアを救えなかった時に、俺は人間の限界を感じたよ……」
ルカキスは悲しげに微笑みながら続けた。
「だが、いかに死力を尽くして救出を試みたとはいえ、結果が伴わなければ意味はない。俺の行動は実際何もしなかったに等しく、お前に礼を言われる筋合いなんてないんだ……」
後半のセリフは非常に説得力を持って、ルカキスの口から語られた。
当然だろう。その部分は何の脚色も施されていない、純然たる事実なのだから。
しかし、それを聞いたカリューは語気を荒げる。
「何を言うんだ、ルカキス! たとえその場に俺が居合わせたとしても、何かができたなんて到底思えない。そんな状況にあってお前に非があったと俺が思うわけがないし、誰が聞いても俺と同じように感じるに決まっている! 逆に真相を持ち帰ってくれたおかげで、それを聞く機会を得たことは、俺にとって幸運だったし、だから俺はお前に対して感謝以外のどんな感情も浮かばない。ルカキス、お前が自分を責める必要なんてこれっぽっちもない!」
カリューの熱い言葉を、目を閉じたままうっとり聞き入っていたルカキスは、その言葉尻に合わせて口元に軽く笑みを浮かべた。
「フフッ、カリューよ。お前がそう言ってくれるだけで、俺も少しは救われる。逆に俺からも礼を言わせくれ。ありがとう、カリュ――」
「って、待てやゴラァァァァァァァッッッ!」
途中からイラつきながら2人の会話を聞いていたロボは、ついに堪忍袋の緒が切れたとばかりに、その会話に怒鳴り込んできた。
「さっきから聞いてりゃー、怒りで額に血管が浮き出そうな、虫酸が走るくだらねー会話をグダグダと続けやがって! そんな上っ面だけのチンケな言葉なんて、心底どーでもいい! それより、もっと話さなきゃならねーことがあんだろーがよっ!」
「別に俺たちは、上っ面だけの会話なんて――」
反論を述べようとするカリューを片手で制したルカキスは、余裕たっぷりの表情でロボにその視線を向けた――
え~、展開をぶった切る感じになって申しわけないが、ここからどういう話し合いが行われたのかは、私の語りによるダイジェストでお届けしたいと思います。
なぜ、そうするのか?
既にお気づきの方も、待ちわびていた方もおられるとは思うが、ルカキスが図に乗って前面に出てくると、少々話が長くなるのである。くどいのである。埒があかなくなるのである。
ルカキスという食材は、適度に食する分にはいいが、油の乗った大トロや牛肉のように、食べ過ぎると気持ちが悪くなってしまう。だからといって、この物語の主人公を邪険に扱うつもりもないが、流れが停滞気味の現状でルカキスを自由にさせると、話が異様に長くなるのを止める手立てがない。
まだ少し3人での話し合いが続くことを考えても、ここは一旦私が引き継ぎ、皆様に息抜きをしてもらおうではないか。そういう意味でのダイジェストなのである。
あのクドさがいいのに! そこが痺れる、クセになる~!
というルカキス大好きっ子がたくさんおられるのも承知しているが、別にこの先ルカキスが出なくなるわけではなく、一旦お漬物で箸休めしよう。そういう提案なのである。
お楽しみは後ほどということで、それではさっそく話を進めて行こう。
お前が物語に介入してくるウザさはどうなるんだ! お前で箸休めになるのか!
という意見には、敢えて無視を極め込みたい。なぜなら、万人が納得できる配慮など、この世には存在しないからである。
3人の話し合いの顛末はこうであった。
先ず女神については、後に出るカリューの話を含めて考えても、その外観や能力的に本物と考えて間違いないとの結論になった。カリューの話はまだ語られていないので、カリューからそういう指摘があったということである。
但し、女神は何かを企てており、歴史上現れた女神たちと同一視すべきでないという見解で一致してもいた。
では、いったい何を企んでいるのか?
アグアやセレナがカリ・ユガへ追放されたことも含め、それはカリューの話を聞いた後、合わせて考えた方がいいだろうとのことで、一旦見送られることになった。
次に、突如現れてルカキスを救った、謎の存在ティファールについては、ルカキス以外の2人にも全く情報がなかった。
一番有力なのは神の1人と考えることだったが、その後一切干渉がない上に、発言も含めて意図するところが見えて来ない。
結論が出ないまま、ティファールについては取り敢えず保留にしておき、新たな進展があった時に対処を考えようということで話はまとまった。
以上がルカキスの話を受けて話し合われたことであり、それほど多くの内容が詰め込まれたものではなかった。にもかかわらず、この結論にたどり着くまでが異様に長かったのだ。
原因は当然ルカキスだったのだが、何かにつけて話は脱線し、更には本当か嘘か分からないルカキスのプチ自慢も交えた話し合いは、実に2時間以上に渡って繰り広げられた。
ようやくにして、次はカリューから話を聞くことになったのだが、しかしまたもやここでルカキスから横ヤリが入るのだった……
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