第6話
「あくまで、俺の理解なんだけど」
スズがそう前置きして、アオイの混乱した頭の中を、丁寧に、かつ忍耐強く、解きほぐし、整理し、必要な説明をしてやっている間、ミツはひたすら浮かない顔で、時には、あからさまにため息すらつきながら、一言も発さずにアオイを眺めていた。
「つまり―――この世界では、僕たちの隠れた一面が具現化して、行動してるってこと、ですか?」
「いや、世界っていうか、夢ね、あくまで」
何度目かの問答に、相変わらず穏やかに、苛ついた様子も見せず、スズが応える。
「それに、俺らが”隠れた”一面っていうのも、どうだろな。俺は別に美鈴に“隠されてる”って気はしてないし」
とニコニコする。たしかにニコニコ顔は委員長のトレードマークだ。けど。
「まあ、いえば・・本人が無意識に作り上げてる人格、的な?うん。この夢の中にいる間ね、少なくとも」
スズという青年――彼曰く、委員長の小田美鈴――は、口調はやや軽く、人当たりのよい笑顔を崩すことはないが、瞳に宿る光は意外に鋭い。軽くオールバックにしたすっきりとした額や、その整った眉には、知性が漂っている。
眉目秀麗。そんな言葉を彷彿とさせる風貌に、長身とその穏やかな物腰――どうにも頼りにしたくなる大人の男性、という風情だ。
お下げ髪に眼鏡、いつもニコニコして小動物を彷彿とさせる委員長の姿と、重ねるのは難しい。
学校にこんな先輩がいたら、妹にしてもらいたい女子が列を作りそうだな――と相変わらず葵の頭は暢気な想像ばかりに脱走してしまう。
「でも、この夢、夢にしては異常にリアルなんですけど・・・なんか暑かったり寒かったりも、スゴイするし」
「いいところに気付いたね!」と指を立てて家庭教師口調で応えるスズ
「そう、激しく暑かったり寒かったりする。ついでに匂いや湿度なんかもすごくリアルだ」
「おかげさまで、暑さで気が狂いそうになるし、寒さに死にたくなったりも、ちゃんとするぜ」
久々にミツが口を開いた。まあまあ、とスズは手で軽くミツを制し、葵に尋ねる。
「・・でも今はどうだい?暑かったり寒かったりするか?」
「あ、今は比較的快適・・です。・・ちょっと肌寒いくらいで」
葵は応えて、そういえば、こんなに呼吸が楽なのは初めてだ、と思った。
「あー寒い?やっぱ俺かなぁ?」スズは額に手を当てて大げさな声を上げた。
「え、なんでスズさんの・・・」
それほど面白いことも言ってないですが、別にそんなサムイ事も言ってないですよ・・などと葵の暢気脳が脱線する前に、スズが意味ありげな口調で言った。
「だって君ら二人だけなら、絶対完璧に快適なはずだろ?」
間接的にお前に言ってるんだとばかりに、ミツの方に目線を向けるスズ。
「別に・・・近くで暑がりな奴らの集会でもあるんじゃねえの」
ぶっきらぼうに応えるミツ
「いやいやー。俺はね、前に言われたことあるんだよね、キャオとかに、正直スズと2人だと寒いから、誰か来るまでそば来ないで、だって。傷ついたわー」
傷ついた様子など微塵もない笑顔と棒読み口調でスズが言う。
つか・・・また・・話しがわかんなくなってきたけど・・えーと、えーと、もしかして・・・
「・・一緒にいる人で、その場の温度が、変わる・・?とか・・・?」
「正解!優秀!」とあくまで塾講師風を引っ張る。
「正確には、体感温度が変わるって感じか?例えば、今、俺は肌寒くない。むしろ、ほんのりあったかい。」
わかってくれて本当に嬉しいとばかりのニコニコ顔でスズが言う。
「ここじゃ、みんな、快適に感じる温度や湿度がすごく違うらしいんだ。それで、各々、自分にとって快適な空気を纏っているらしい。それで、どうやら、その場の空気を「調節」しようとするらしいんだな。無自覚にね。」
体感・・葵は唐突に、さっきミツに助けられた時に感じた、えも言われぬ心地の良さを思い出した。
それまで、暑くて苦しくて、呼吸もままならなかったのに、ミツの腕に倒れ込んだとたんに、すうっと、空調がついたみたいに、涼しくて清浄な空気につつまれた。
「そして、アオイとミツ。君らは、その体感が、恐ろしいくらいぴったり合ってるらしいんだよな・・こうエアコンの設定が同じ、みたいな。・・だよな?ミツ」
ミツが精悍な眉根をひそめる。
「・・合ってた、だ。今は、分からない。」
いや、今も違わないと思う。さっきの感覚からして、少なくとも僕にとっては・・というセリフを、ミツの剣呑な表情を見て、葵は飲み込んだ。
――なんかミツ君から、僕のことを気に入らない光線がビンビンなんですけど――
しかし、なんとなく彼に嫌な印象は持たない。現実の僕に似ているからかな?それとも・・
「そういえば・・僕とミツ君は・・」
「・・・ミツ、君!・・」
吹き出しそうになったスズが、ミツの形相をみてあわてて口を抑える。
「ミツ、でいい。みんな、そう呼んでるから。」
不機嫌全開のミツが、それだけ言うと、またそっぽを向く。
「もともとは、君がそう呼んでたから、ね」
スズが声を抑えて葵に耳打ちする。
「君たちが、オリジナルのパートナーで、正真正銘、運命の2人なんだよ。」
そう言って、ウィンクする仕草が様になる。
そして、まだ視線を合わせぬミツの方をちらりと見やって
「俺たちみんな、君らに出会って、仲間になることになったんだ。」
葵は反芻した。僕たちが、正真正銘の、運命の・・・ん?ていうか
「・・・俺たち・・みんな?」
僕らは夜と昼の間に @friendlybird
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