Meet the team.

第5話

 暑い―――真夏に逆戻りか?しかも、なんだ、この湿気。

 気がつけば葵は、再び、あの湿地を歩いていた。今回も、ここがどこかは分からない。ただ、この自身の背よりも高く伸びた草と点在する大きな岩に見覚えがあった。 


 ――ここは、また、あの夢の・・・

 何時間こうしているのかは、わからない。ただ、もう体力の限界までこの沼地の中を歩き続けてきたことは、足の重たさと膝の震えから分かった。

 ・・ずっと、続いてるんだ・・葵はなんともいえない絶望感に襲われた。


 ——もう、嫌だ・・

 うだるような暑さと纏わりつく湿気に、ぼんやりと制限さていく思考の中で、独りきりなことを心細く、辛いと思った。いつしか葵は、以前この情景の中で見た面影を追い求めていた。


 ——・・いないかなあ・・・

 いつの間にかくるぶしまで泥水につかっていて、歩いているのは沼地になっていた。


 ——暑い・・・あつい・・・あいたい・・―――

 全身から気力を集め重い足に集中し、ふらつく足どりで、もうこれが最後だと思いながら、また一歩踏み出す。

 すると、水草の間から、かすかに流れてくる、清涼な風と、なんだか懐かしい匂い。


 突然、前方の草むらがかき分けられ、見覚えのある少年の顔があらわれた。


 ――・・あ・・いた・・――

 かすみ出した視界の先のその顔が、何か叫びながら駆け寄ってきた。


「ああ・・・ア・・イッ・・・生きてた・・っ・・!」

 少年の目にみるみるうちに涙が溢れた

「もう・・・会えないって・・俺・・!」


 葵は朦朧とした頭を巡らせる


 ――たしか・・・ミツ、だ・・っけ―――


 アオイは、無意識に両腕を力いっぱい前に投げ出して、少年の腕と、さわやかな風と、懐かしい匂いめがけて、倒れ込んだ。

 その身体を大切に抱きとめて、髪にそっと手をあてる。そして少年は思わずつぶやいた。


「ありがとう・・神様・・ありがとう・・・」


 ——ああ、なんて心地いいんだろう―――

 葵は自分の上にこぼれ落ちる温かい涙を感じながら、そっと意識を手放した。


***


 気がつくと、乾いた地面に寝かされていた。頭を横に向けると、そばの木にもたれたミツの横顔が視界に入った。


「気がついたかい」

 つま先の方から優しげな男性の声。と、横にいたミツが、はっと弾かれたようにアオイに向き直る。


「アイ!気がついた?大丈夫?」

「―――ん―――」

「よかった・・」


 心の底から安堵した表情の、自分とよく似た顔をした少年。葵はなんだか妙な気分になる。

 よく見ると、顔立ちこそ似ていても、彼は自分よりも、もっとずっと精悍な面差しで、髪も短く刈り込まれ、なんとなく――凛々しい。まちがっても、小4の妹の友だちにまで、弥生の兄さん女みたいー、なんて揶揄されそうな要素は皆無である。

 彼はよっぽど自分の心配をしてくれてたんだろう。顔に体力的でない疲れのあとが見える。


「・・・君が、たすけて・・・くれたの・・・」

 葵は、体を起こそうとした。頭ががんがんする。


 助け起こそうと支えの手を差し伸べかけたミツが、急に怪訝そうな顔になり、足下にいるらしい、もう1人の男性の方を見やる。

 葵もそっちに視線を移すと、そこにはミツより年上らしい、長身で優しげな面差しの青年が、2人をかわるがわる見つめながら、目をぱちくりさせていた。


「えーと・・何が起こっているのか、聞きたそうな顔だね、2人とも」

 困った様な笑顔で、額に指をあてると、青年が呟いた


「でも残念ながら、俺だって、そんなになんでも分かってるわけじゃないからね?」

「・・・アイ・・俺の事、わかる?よな?・・」

 心配そうに、葵の凛々しいバージョンみたいな顔が寄ってくる。

 葵は頭に手をあてて、朦朧とした思考のフル回転を試みる。


「え・・っとごめん・・もしかして僕の・・・・・・親戚?とか?」

「・・・・!・・・・」


 よせていた顔をバッと引いて、ショックを隠せない表情の葵ver2.0


「・・あぁー・・・」

 長身の青年が、誰かが何かやらかしてしまったときの声をだす。

「忘れちゃったんだぁ・・・まあ、ありえない事ではない、かな・・・」


「えっと・・・なんか、すみません」

 葵はとりあえず、申し訳なさそうに頭を掻いた。


 さっきから、やけに透き通った、細い声が自分から出ていることに改めて違和感を覚える。そう言えば、この肩にかかるサラサラしたものは自分の髪だし、それを触るこの細い指も手首も自分のものだ。

 ———これは、やっぱり、僕の姿形は今・・別人・・ていうか———

 自分の顔に思わず手がいく。


 さっきから呆然と葵を見つめていたミツが、目線をそのままに、顔だけを長身の青年に向けて、おそるおそるといった風に訊く


「なんだ・・・ありえなくない・・って・・?」

「うーん・・なんて言ったらいいかな・・」


 この人、考えるとき、額に手が行くクセがあるんだな、と、葵はなぜか暢気なことを考えていた。パニクっている証拠かもしれない。


「君、葵くん、でしょ?アイちゃんじゃなくて。」

「・・・・は?・・・・」

 今度は葵がキョトン顔だ

「僕のこと・・・知ってるんですか・・・?」

 ショックに少し後ずさった少年に対し、両手を広げて、ほらな?と言わんばかりの表情で長身が曖昧に笑う。


「ありえなく・・・ない・・・ありえ・・なく、ない・・なんて、ないだろ・・・スズ・・」

「おい、ミツ、しっかりしろ。何言ってんのか、わかんなくなってんぞ。」

 分かりやすくパニクっていたミツが、スズと呼ばれた青年の声でハッとなる


「葵は、葵なんだ。それは変わらない。すごくラッキーだったんだぞ。葵は、無事だったんだから。」

 スズという青年が、噛んで含めるように、ミツに言う。その言葉に納得したのかしないのか、精悍な眉をさらにきりっとつり上げて、ミツは決意の表情で葵の顔を凝視した。


「アイ・・・じゃなくて、アオイ・・・!」

 だか直ぐにその表情は、すぐにくしゃっと悲しみに歪んだ。「そっか・・アイは・・もう・・」


「・・・あのう・・」

 いま自分が置かれてる現状も、かけるべき言葉も分からず、ただオロオロと2人を見比べる葵。


「あの・・・お二人は・・・?えと、僕を、知ってるってことは・・・あの」

「ああ」

 スズという青年が、にっこりと如才のない笑顔を作る。


「俺はスズ、な。よろしく。君にとっては・・同級生?かな・・一組の・・」

 ちらとこっちを伺うような目線を投げる。


「小田美鈴、だよ。」


「・・・・は?・・・・」

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