第8話

 クラス長山田の写真の腕は見事だった。伊達にアマチュア写真家としていくつかのコンクールに受賞しているだけはある。そして、鈴香の画像の加工、編集の腕前も見事だった。

 僕達はサッカー部の非公式ファンクラブ設立のために、それぞれの才能を生かし腕を振るった。まずサッカー部部員達の魅力を集めた小冊子を作成することにした。

 鈴香のデザインは素晴らしかった。プロ顔向けの出来である。

 そして文章といえばこの僕だ。僕はこれでも作家を目指している。部員1人1人の情報を遠藤から教えてもらい、そこからプロフィールを創っていく。ポジション、特技、趣味、好きな食べ物を事細かく、格好良く、時に面白おかしく創りあげていく。

そうして一週間をかけて『魁!佐久間サッカー部』と大きく書かれたタイトルの小冊子を完成させた。

 ページをめくると出だしには「佐久間高校サッカー部を日本一にするにはあなたの応援にかかっている!」と書かれている。

 取り敢えず、手始めに遠藤のファンクラブの女子どもを遠藤が、サッカー部に活力を取り戻して、連敗街道から抜け出すために彼らを応援して励ましてあげてくれと頼んだ。もちろん恋狂いの女達は承諾する。しかしそれだけならサクラだ。サクラは所詮サクラで、サクラの応援はサクラ止まりなのだ。彼女達がサクラではなくて、真のファンとなるために、この魁!佐久間サッカー部で存分を配り、存分に魅力を伝えた。そして今日から女子達はサッカー部の練習を応援することとなった。

 まだ遠藤のサクラしかファンはいないが、これからこの小冊子を通して徐々に増えていくだろう。早速、放課後にグラウンドのほうへと行ってみた。

 佐久間高校のグラウンドは8つある。その第4グラウンドがサッカー専用のグラウンドだ。申し分の無い広さのサッカー専用のグラウンドが辺り一面に広がっている。

 しかしそこにサッカー部の連中がいない。

「ちょっとー。肝心の部員がいないよ?」

 と女子達は不満の声を上げている。グラウンドはところどころに雑草が生え、それにサッカーボールやその他の備品が無造作に転がっていた。

「ちょっと待っててくれ」

 と言って遠藤は50メートル先にあるサッカー部の部室へと向かっていった。

 僕も遠藤の後をついていった。

 部室の目の前に着くと、中から声が聴こえてくる。どうやらいるようだ。

 遠藤は遠慮無しにドアを強引に開け、中にズカズカと入っていく。僕もおそるおそる中に入ってみた。中ではトランクス一枚の奴や上半身裸で下だけ練習用のサッカーパンツを履いてるものなど約10人が寝そべって漫画を読んだり、ゲームをしたり、パソコンをしていたりと思い思いにエンジョイしていた。

「お前たち、何やってんだよ」

 声を荒げる怒り心頭の遠藤。

 一斉に遠藤の方をみる部員達。「あ、達也だ」とところどころから声が上がる。

「おぉ、遠藤。久しぶり」

 熱中してサッカーゲームをしている奴がいる。彼がリーダーらしい。

「深沢先輩何してるんですか!」

 と遠藤

「いや、サッカーゲームしてシミュレーションしてるんだ」

 真顔で言う深沢。

「このまま負けっぱなしじゃあ佐久間高校の恥になりますよ」

「大丈夫。一見だらけているように見えるが、みんなはサッカーに関することをしている。例えばほら、そこで寝っ転がって漫画を読んでる田中はキャプテン翼を読んでいる。そこでパソコンをしている三井はYouTubeでドーハの悲劇を観ている。

 そこで物凄い体勢で床に転がっている寝ている吉田はたぶんストレッチをしているんだろう。3年の俺と隣の大友はPS3で新作のサッカーゲームをしてるんだ」

 といって深沢はヘラヘラと笑いながら大友の肩に手をまわす。

「先輩、いい加減目を覚ましてください。このままだと卒業してから後悔しますよ。もっと一生懸命やっていれば良かったって」

 深沢は頭を掻く。

「そう言われてもなぁ。俺もエースストライカーの遠藤が辞めてから一時は頑張ったんだけど、やっぱ勝てないんだよ。遠藤という大きな柱が抜けてしまってからサッカー部は音を立てて崩れてしまったのだ。顧問の末次先生も愛想つかして最近めっきり見なくなった」

「先輩、サッカーは団体競技です。1人の力じゃありません。それはモチベーションの問題で技術の問題ではありません。それに今日は女子達が応援に来ているみたいですよ」

 部室がざわっとし、そこにいた約10人が、女子?声を揃えて言い、遠藤のほうを目を丸くして見ている。大友はコントローラーを投げ捨てて部員達を掻き分けて急いで部室のドアを開けて、グラウンドのほうを観た。そしてそのまま大友は固まった。

「ど、どうした、大友。何を見ている?言え!」

 深沢は叫ぶ。大友はそのまましばらくして、震える声で言った。

「お、女が10人……グラウンドの土手に座ってる」

 それを聞き、部室は水を打ったように静まり返った。

「何をしている!お前ら!さっさと練習するぞ!」

 途端、深沢は大声を張り上げた。うおおっと叫びながら彼らは一気に部室から飛び出ていき、グラウンドまで全速力で駆け抜けた。

 そしてそのまま、うおおと叫びながらサッカーボールを蹴りあげてフィールドを走りまくっている。それと同時に女子達の黄色い声援があがる。

 僕と遠藤は呆然としていた。

「な、なんという浅はかな思考回路」

 シンプルイズ、ベスト。

「取り敢えず成功のようだね」

 苦笑する遠藤。

 次の日からみんなで魁!佐久間サッカー部を学校中に配布した。

 配布というよりも、学校のそこら中にまき散らしたのだ。朝早く学校に行き、各教室の机の上一つ一つに置いていったり、トイレの個室の一つ一つに置いていったり。

そして僕達がやっているという形跡を一切見せずにそれを行った。

 マンネリとした日常に変化を求めている生徒達はその思わぬ事態に敏感に反応し、彼らの好奇心を刺激した。それから数日経つと、学校はサッカー部の話題でもちきりとなった。しかし事の発端は全く分からないといった具合である。

 それだけにとどまらず、伊集院が顔を布で隠し、着物姿で『天上天下・佐久間蹴球』というタイトルの歌を作詞作曲し、津軽三味線で放課後に正門の前でゲリラ的に弾き語りをしたりした。彼の演奏技術と歌声の素晴らしさにたくさんの人だかりが出来て、ワーワーと歓声が上がったおかげで、先生が何をしとるかと怒鳴りこんできた。伊集院はで三味線を担いで、3メートルもある後ろの壁を飛び越えて、まるで忍者の如く姿をくらました。奴は何者なんだろう。

 更に週一のペースで魁!佐久間サッカー週刊という部活の練習の様子等を掲載した新聞までも作り、学校中に撒き散らすようにした。

 昼休み、『魁!佐久間サッカー部始動!連敗から抜け出せるか?』という見出しの佐久間サッカー週刊を読みながら僕達Challenge to delusionは共に屋上で昼食を食べていた。

「大反響だね!凄いよ。もう練習中には毎日30人以上の女子達の黄色い声援が飛び交う事態となっているよ」

 昼飯を頬張りながら太陽のような笑顔を見せる遠藤。

「まだまだこれからよ」

 卵焼きを一口でパクっと食べるツグミ。

「遠藤殿から見て、佐久間サッカー部の実力は如何程のもので?」

 自分のこぶし大ほどもあるおにぎりをムシャリッと頬張りながら村井は言った。

「いやぁ、僕が居たころはまだモチベーションを保って、みんな頑張っていたけども。それでも地区大会の準決勝止まりだね」

 大きく首を横に振る遠藤。

「俺は一応レギュラーとして頑張っていたから責任感じるんだよね」

「大会は勝てそーなの?」

 そう言いながら梅干しを食べてすぼませた表情をする維菜。

「難しいね。なんてたって、ここ最近4連敗でしかも前試合10点差以上で負けてるからね」

「じゅ、じゅってん?そんなアホな」

 呆れ顔で僕は言った。

「うん。俺は一年の途中で辞めたんだけど、俺が辞めてからは4連敗で最初は0対10。次は0対15。その次は0対18。そして4戦目は0対20。別に俺が辞めてから弱くなったって訳じゃないけど、俺が怪我で辞めてしまったせいでモチベーションが一気に下がってしまったんだよね。だから責任感じてるよ」

 遠藤はため息を何度も吐いた。

「それにしても0対20は無いでしょう。それはもはや笑えないギャグの領域です」

 眉を潜めて伊集院。

 アスファルトの上にあぐらを掻いたまま頭を垂れて遠藤は言う。

「大会で一回戦だけでも勝つというのがいかに大変かということを分かってもらえたかい。フフ……」

「男の本能の力を信じましょう」

 ガッツポーツを作り、目を輝かせて言う鈴香。

「エロの力ですか。情けないですね」

 クラス長山田。お前はド変態だろうと僕は危うく言いそうになった。

「いや、しかし本能だ」

 と僕。

「煩悩ではあるまいか」

 と村井。

「何にしろ、力は力です」

 と伊集院。

 次の日の放課後、サッカーフィールドの土手には多くの女性陣と、そして三味線を弾きながら『天上天下・佐久間蹴球』を歌う布で顔を隠した伊集院が居た。


――ホッ ベベンベンベンベン

島国ジパング 東の京に在りて 我ら佐久間高校蹴球団 秘めた未曾有の実力 

稀有の才能 兼ね揃えた勇士達 諸行無常の中にあれど 

我らの心に永久の勇ましさを 与えたまへや 

――アイヤッ ベンベンベベベベンベン

夜桜のように美しき かつ 吠え猛る獅子のごとく 我ら蹴球団 ここに在りき

天上天下・佐久間蹴球! 天上天下・佐久間蹴球!

天上天下・佐久間蹴球! 天上天下・佐久間蹴球!

――イィャァッ ベベベンベンベンベン 

着物姿の伊集院の超絶テクニックの津軽三味線と美しい高音でかつスィーっと伸びた歌声とともに女子達が黄色い歓声を上げ、サッカー部の練習は異常なほどの盛り上がりを見せる。部員達も燃えに燃えている。

「先輩、お疲れ様です。これ私達で作ったお菓子です。食べてください」

 きゃぴきゃぴとしながら3年のリーダー深沢に手作りお菓子を渡す女子。

 顔の形が変わるほど表情筋がたるんでにやけている深沢先輩。

 物凄いアホの顔をしている。特にキーパーの田村の暴挙っぷりが凄い。

 ゴールをキャッチして「田村さーん素敵ー」と歓声が上がると。凛々しい顔をして、おおおおんと叫びながらゴールキーパーにも関わらず、敵陣へと攻めようとするのだ。これは逆効果にはなっていないだろうか。明らかに冷静さに欠けている。

 遠藤に技術の程を聞いてみると、正直良く分からんらしい。

 機敏なことはずば抜けて機敏らしいが、動きがサッカーのそれをしていないとのことだ。全員がその狂った動きをしているため、通常のサッカーをしている人に通用しているのかどうか試してみないと分からないとのこと。ということは一か八かの賭けだということだ。

 しかし、もう人事を尽くした。後は二週間後の大会に向けて天命を待つばかり、なかりけり。

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