第6話
――「という計画よ。異論はある?」
「完璧だ」
僕は親指を立てる。
「じゃあ、サクラ役は村井が柔道部から集めて。後、維菜のファンクラブにも応援を頼みましょう」
「合点承知」
語気を強める村井。
「がんばるよっ」
可愛らしく拳を突き上げるアニメ声の維菜。
そして僕達は、一週間バナナを食べ続けた。毎日5本。朝、昼、晩。来る日も来る日も。遠藤は夢でバナナの雨が振ってきてうなされたそうだ。
僕は好きでも無いバナナを食べつつけノイローゼになりそうだった。
そして、来るべき1週間後がやってきた。
6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、僕と遠藤とクラス長山田は急いで準備へと向かう。まず1階へ降り、正面玄関へと走る。
そこには既にみんなが揃っていた。
「全員揃ったね。じゃあ、村井と維菜は時間になったらサクラ達を渡り廊下まで歩かせるように準備させておいて。遠藤とイチローは袋を持って渡り廊下の辺りに隠れて待機していて。伊集院は職員室の辺りで岩下先生が来るまで待機よ。私と鈴香は岩下先生が職員室と渡り廊下の中間地点で待機して隠れているから、そこを先生が通る間際にイチローにワンコールするね。鈴香は何かアクシデントが会った時に携帯でみんなに報告するように備えておいて」
僕達は言われた通りに持ち場へと移動し始める。岩下先生はいつも遅くまで職員室で事務作業をしている。そして帰宅する時間はいつも夕方7時きっかりだ。
僕達はその時までひたすら待つことにした。僕と遠藤は渡り廊下前で黒いポリ袋を手に持ったまま、その時が来るまで待っていた。
その期間、何人かの生徒がこの渡り廊下を渡り終えて、突き当りを左に曲がると校舎に出てその先に正門がある。職員室から先生が帰る時は必ずこの渡り廊下を通って帰るのだ。僕達は大きな黒いポリ袋を持ったまま、ここにずっといると、さすがに怪しいので、渡り廊下の前にある階段の下がちょうど死角となっているので、そこで二人で身を潜めていた。埃の匂いが鼻をむず痒くさせる。
チラっと腕時計を確認すると時間は7時2分になっていた。
「そろそろだな」
僕を見る遠藤。僕は生唾を飲み、神妙な面持ちで頷く。
そこから数10秒後、携帯が震えた。すかさず携帯を確認する。伊集院からのメールだ。
「ターゲット、今職員室から出ました」
ツグミのいる中間地点まではすぐのはずだ。僕は携帯を右手に持ち、すぐに走れるように構える。遠藤を見て無言で頷く。
そしてそこから3分後、ツグミからワンコールが鳴ったその瞬間。
「今だ!」
と小声で叫び、遠藤と僕は渡り廊下まで駆けていき、ポリ袋から大量のバナナの皮をまき散らし、渡り廊下に満遍なく敷き詰める。ある程度終えると僕は言う。
「遠藤、そこのでかい柱に隠れていろ!俺は様子を確認する」
遠藤はすぐそばにある白のペンキが剥げかけた柱に隠れる。
僕はさきほどまで遠藤といた死角へと移動し、その先の廊下をちらっと見る。
柔道部員と維菜ファンたち約10名が和気あいあいと下校しているフリをしている。彼らは岩下先生が長い廊下を歩いていると、その前にある教室から出てきて下校しているという設定だ。おそらく、サクラ達の後ろに岩下先生がいるだろう。
完璧だ。僕は再び渡り廊下まで走る。
渡り廊下の真ん中辺りで右のほうを見上げると、そこから見える窓からツグミと維菜と伊集院が少し押し合いながら、今か今かと待ち受けていた。僕は彼らに親指を立て、問題が無いことを告げる。
そして遠藤がいる柱へと身を屈めて小走りする。身をかがめる必要は無いのだが、そこはノリである。柱には遠藤と村井がいた。おそらく、もう一つ隣の柱には鈴香とクラス長山田が隠れているだろう。後はただ、祈るばかり。
しばらくすると、サクラの生徒達がハシャギながら、現れた。バナナの皮は渡り廊下を半分ほど渡り終えたところから敷き詰められている。
渡り廊下を彼らが歩き始めた時に、岩下先生の姿も見えた。
サクラ達は300本に及ぶバナナの皮が敷き詰められていることに全く気付かないフリをしている。フリをしているだけだ。気付かないわけがない。ただ、岩下先生は彼らで死角となって前にバナナの皮があることに気付かない。
そして、一番先頭を歩いている生徒3人がバナナの皮の領域に足を踏み入れた。
前にいた生徒3人が大げさに上手いこと左右に割れて滑って転ける。その転びようは見事であった。ある者はバナナの皮を踏んだ瞬間に1メートルも吹っ飛んで転んだ。そして次にいた後ろの3人もしばらくバナナの皮ロードを歩いてから豪快に転け、ところどころに散らばる。
岩下先生はビクっとし、後ずさりをしながら驚いている。
そして最後の3人もバナナロードに足を踏み入れてしばらくしてから、ツルッという音が聴こえてそうなぐらい上手に滑ってくれた。
9人の生徒は滑って転んだままその場で身動き一つしなかった。
僕達は岩下先生を見る。
岩下先生はクックッと口に手を当てて笑いをこらえながらも、我慢できずに、そのうちワッハッハと声を上げて笑っていた。
「お前ら何やっとる。そんなもんで滑るわけないだろう」
と笑いを堪えながら言い、生徒の屍を避けながら、バナナロードを難なく歩いていった。途中に何度も後ろを振り返ってバナナロードと、そこで倒れている生徒達を見てはハッハッと笑い余韻を楽しんでいるようだった。
岩下先生の姿が消えるまで僕達はそのまま息を殺して見守っていた。
そして姿が見えなくなってしばらくすると、2階の窓からツグミが叫んだ。
「成功ね!」
隠れていた僕たちはその声と同時にワッと一斉に渡り廊下に駆けていく。
サクラ達も起き上がり、みんなで手を叩いて喜びを分かち合った。
僕達はみんなで自動販売機でジュースを買い、公園で祝杯を上げた。
「いやーみんなの演技が素晴らしかったよ」
「ツグミちゃんの計画は抜かりなかったよな」
「岩下先生の笑い声を初めて聞いた」
みんなでこのプロジェクトの成功を喜んだ。
こうして”チームChallenge to delusion”の初任務は大成功に終わったのだ。
出だしは完全だ。出だしが躓くとモチベーションが大幅に下がってしまう。
しかし初っ端でスタートダッシュを切れるとモチベーションは倍増する。
僕達は早速次のプロジェクトを考え始めていた。
河川敷の夕日。ツグミと肩を並べて帰るのは久しぶりだ。最近は後ろから殴られてそのまま通りすぎていくか、言葉の河川敷が終わるまでひたすら言葉の暴力を振るわれるかばかりだった。肩を並べて普通に会話をするのはいつぶりだろうか。
「ツグミは次のプロジェクト何か考えてるのか?」
「何よそのプロジェクトって。あんた本当に影響されやすくてすぐ演じるわね。その呼び名はなんかダサいよ。なんかやだ。キモい」
「じゃあ、次の妄想実現化計画?」
「なんか最近のアニメに出てきそうな単語ね。却下」
「じゃあなんて呼べばいいんだよ」
僕は口を尖らせる。
「次の妄想でいいんじゃない?」
サラっとツグミ。
「なんか味気ないなぁ」
「なんでもいいよ」
「なんでもいいならプロジェクトでも妄想実現化計画でもいいじゃないか」
「イチローの考えたやつ以外」
僕は無言になってツグミから距離を置いていく。
「何?もう拗ねたの?もっとイジメさせてよ」
ツグミは後ろを振り返って微笑を浮かべる。どうしてこの娘はこんなサディストになってしまったのだろう。或いは元々の性か。しかし、もっとイジメさせてよと言いながらクスクス笑うツグミに、なんだか僕はドキッとした。まさか僕はイジメて欲しいのか?そんなはずはない!そんなの、ただのド変態じゃないか。僕は山Pのような変態ではないはず。きっと違う。
「あ、明日早速ミーティング始めるから、よろしくね」
そう言い放ち、そのまま走っていった。
僕はツグミが走り去っていくのを米粒になるまで見つめながら、どうして最後まで一緒に帰ってくれないんだよと、やきもきした。
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