脱出

1

 まだ全滅した確証がないので装甲車は軌道エレベーターに慎重に近づく。眼下には、悶死した兵士の亡骸がそこかしこに横たわっている。俺の仕業とはいえ余りの惨さに心が痛む。

 この世界で一番のクズは多分俺だろう。そして、俺は更にその無残な亡骸に鞭を打とうとしているのだ。

 焼き払う。勿論、弔うためではない。この辺りにはまだウイルスが漂っている。俺はともかく、ミドとグロブの二人に感染する可能性がある。装甲車の表面に付着しているかも知れない。それだと二人は頂上に着いても車を降りられない。降りた途端に死んでしまう。

 そこで、焼夷火薬を使って、エレベーターの周りを焼き払う事にした。正確に言うと蒸し焼きだ。伝助の話しでは、この火薬は都市攻撃用に開発された物らしく、建物を破壊しないで、人間だけを蒸し焼きにして、街をそっくり手に入れるという非人道的な武器である。

 1リットルずつの二つの化学液を霧状に噴射し空気中で混ぜ合わせると、約300度の熱が発生して、5分間炎を出さずに燃え続ける。残留ウイルスを始末するには、持って来いの代物だ。

 噴射した焼夷火薬が島の大気を燃焼した。

 高温の大気の中、伝助の案内で、軌道エレベーターの『昇天門』に装甲車が移動する。

 本来は宇宙ステーション建設用の資材を打ち上げるための搬出口である。そのため、入口も中もかなり大きい。装甲車が何十台も入るだけの空間が広がっている。月や他の惑星への探査ロケットの発射にも使用される予定だったらしい。軌道エレベーターを使えば、あの馬鹿でかい大気圏脱出用の燃料タンクが不要になる。

 しかし、今となっては病原体を保管するだけの、うどの大木に過ぎない。多少なりとも使い道があったのはもうけ物だろう。

 ここから遠く離れた人々には忘れ去られてしまった軌道エレベーターを昇るには、伝助の記憶回路を頼るしかない。歴史資料を詰め込んだ伝助の記憶回路には、軌道エレベーターの竣工時の映像がわずかながら残っている。それを頼りに進み、後は、コンピュータに侵入して、解析するしかない。伝助が初めて頼もしく見える。

 昇天門の三重の扉が開くと、数百年の時を経ても、以外と奇麗でしっかりしている『昇天核』が姿を現した。

「取り壊すのも高くつくので、そのまま放置していたんですが、ウイルスの保管場所に決まってから、当時の総督とハイドロフ先生のご先祖が補修したんです」

 楼欄の唯一の『娯楽』に巨額の税金を投入しているのだ。それも一部の特権階級のためだけに。

 三重の扉が閉まり、伝助が車を出て昇天の準備をする。車外温度は40度に下がっている。耐えられない温度ではないので、俺達も一緒に降りた。

 俺は服とズボンを脱いで、半裸の状態だ。さっき海で泳いで服がびしょ濡れなので、車の上に服とズボンを掛けて乾かす。

 伝助は、広い昇天核の隅に設置された操作卓にいる。体から細い管を出し、操作卓に突っ込んでいる。そこから、直接操作する様だ。それと同時に軌道エレベーターの情報も仕入れているらしい。

 伝助の後ろから、そっと除き込む。声を掛けると怒られそうなので、黙って見ている。 伝助に気を使うとは俺も焼きが回った。

 やがて、操作卓の画面に数字が表示された。秒読みが始まったのだ。

「皆さん、車に戻って下さい。10分後に発射します」

 全員、走って車に戻る。服はすっかり乾いていた。

 車に入ると、座席を真横に倒し、上昇時の重力に耐える。ベルトで体を固定する。本当は、専用の耐重力カプセルがあるらしいが、俺達はこの車で我慢するしかない。

 上昇の原理は至極簡単だ。秒速0.47キロメートルで回る地球の自転を利用して、遠心力で一気に地上35800キロメートルの、静止軌道に放り出すのだ。時間にして20分程。あっと言う間だ。

 昇天核が発射すると、ものすごい重力が体を押えつける。骨や内蔵が押し潰されて、ぺしゃんこになりそうだ。元気なのは伝助だけ。

 暫くすると、急に体が軽くなった。頂上に近くなったので、自動制動装置が作動したのだ。

 軽い衝撃があり、昇天核が頂上の宇宙ステーション『虚空』に到着した。本当なら、この虚空を基地として、宇宙ステーションやコロニーを建設をするはずだった。

 昇天核の天井が静かに開く。資材搬入口。ここから虚空に侵入する。

 虚空はコマの様な形で、軌道エレベーターはコマの芯に位置している。

 俺達がいるのは、虚空の最下層で、目的のシャトルは最上層にある。直線距離にして、約200メートル。装甲車に乗って行けるのは途中までで、後は歩きとなり、曲がりくねった通路を進まなければならないので、距離はその五倍にはなりそうだ。

 ここに敵がいないとは限らない。通常は軌道エレベーターの補修要員のロボットがいるだけだそうだが、油断は出来ない。

 装甲車は恐る恐る浮上する。装甲車の浮上原理も地磁気を使用したものなので、宇宙では使えない。しかし、ここには資材搬送車のための重力制御装置があり、浮上形態をそちらに切り替える。

 視界に開けた、だだっ広い空間には、ほとんど何も置かれていない。床の端には、やたら大きな、扉らしき物がある。ここから資材を宇宙に放出するのだろう。

 装甲車は別の小さな扉に向かう。小さいといっても、装甲車が二台並んでも、まだ余るくらいの大きさだ。そんな扉が二つずつ向かい合っいて、全部で四つある。

 虚空は六つの区域に分かれている。俺達のいる軌道エレベーターの終着点に接続されている、倉庫兼搬出口。ここは、エレベーターを軸に円盤状になっていてる。

 その外側に丸い球体が、等間隔に四つ。これは居住区だ。そして、軸の天辺にもう一つの球体。ここが虚空の管理区域で、シャトルはこの球体にある。

 外側の居住区の球体の上下には、軸に向かって通路がのびていて、居住区と管理区、または居住区同士での行き来が出来る様になっている。

 ただし、俺は虚空を肉眼では確認していない。伝助が記憶していた映像を見せてもらっただけだ。この倉庫には窓がないので外が見られないのだ。

「あの扉から出て下さい」

 どの扉から出ても同じ気がするが、伝助の話しによると、球体の中はそれぞれ違い、通路も異なる。仕入れた情報から算出した結果、伝助が指した方向の球体に行くのが最短距離なのだそうだ。

 結局、装甲車は、球体の下から三分の一の所までしか行けなかった。車が大き過ぎるのだ。もっと小さなバイクの様な物でないと、通れないのだが、ここにはそんな物は無いので後は歩くしかない。

 俺達は仕方なく、装甲車に積んであった小銃などの武器を持てるだけ持って、車を降りて歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る