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 この装甲車は、ナーガルコイルの町から逃げる時に使っていた車と同様、水中を泳ぐ事が出来る。現在は水深20メートルの所を遊泳中だ。

 操縦はグロブに任せて俺は武器の手入れに勤しんでいる。装甲車だけあって武器も揃っていて何ともありがたい。銃の類いは勿論だが爆弾も積んであった。対戦車重力砲の様な重火器は南極で失ってしまったのが悔やまれる。

 ただし、俺が手入れしているのはそんな物ではない。

「昼間から聞こうと思っていたんだけど、何なんだそれは」

「弓矢さ」

「僕、それ知ってます。原始人が使ってたやつでしょ。博物館で見た覚えがあります」

 どうも世代のずれを感じる。光学兵器全盛のこの時代では弓矢など使わないらしい。

 この弓矢は俺の手製だ。装甲車の車体の一部や、積んであった資材など、あり合わせで作った。今回の作戦にはこれがどうしても必要だ。

 俺は格闘技なんかの才能はなかったが、武器の扱いについてはうるさい。銃なんかは、俺の右に出る物はいなかった。弓矢なども得意だった。しかし、この時代の武器は、照準は全て武器が勝手にやってくれて、俺の名人芸を見せる場が全く無い。

 手製のわりには、この弓矢は性能が良い。50メートルは優に飛ぶし、命中率もなかなかのものだ。昼間、山の上で実証済みだ。

 最終の手入れが終わった頃、装甲車が胴体を水中に残し、天井の部分だけを浮上させた。イサベラ島の沖、約1キロメートルの海上。波で車体が揺れる。

 作戦の開始だ。

 装甲車の天井の窓を開けて俺が海に飛び込む。背中に弓矢をくくりつけ、口には小型のタンクを加え、水中バイクにつかまって水中を進む。

 コクシ・ジオが、海に入ると、たちまち白髪のお爺さんになってしまうと言っていたが、伝助の話しによるとそれは大袈裟なのだそうだ。常に水中にいる魚ならともかく、人間が海水浴をする程度なら問題はないらしい。

 岸に近づき、岩の陰に隠れる。岸までは目測で凡そ30メートル。軌道エレベーターの東側だ。

 直径100メートルの軌道エレベーターの円柱の回りを兵士が取り囲む。推測で20人、円柱の中に交代要員がいるとして倍の40人、見張りだけじゃないだろうから全部で5、60人といったところか。結構な数だ。

 ロボットの心配もあるが、それは大丈夫だと思う。何故なら兵隊用のロボットは存在しない。兵隊とは自分である程度の判断が出来なくてはならないが、ロボットはそれ程器用ではない。

 伝助は自分で判断、行動が出来るが、それをするだけの知能を持たせるには、かなりの頭でっかちになってしまい、動作が緩慢になり、敵に襲われれば、一発でお釈迦になってしまう。頭に合わせた体を取り付けても同じ事。機敏な動きは期待出来ない。

 伝助があんなに不格好なのもそのためだ。頭脳を優先させるために余計な体を取り除いたのだ。持っているのは細かい作業をするための腕だけだ。

 俺には護衛ロボットが付いていたが、大して役には立たなかった。せいぜい俺の楯になるのが関の山だった。

 したがって、軌道エレベーターの回りにいるのは、全て人間だけとなる。伝助型の電子頭脳がいたとしても戦闘には使えない。

 俺は背中から弓矢を外す。矢の先には、アンプルと、車に積んであった爆弾で伝助に改造してもらった、超小型の衝撃発火装置付爆弾が取りつけてある。矢が刺さると同時に爆発する仕組みだ。アンプルには壊れやすい様に傷がつけてある。

 俺はいつでも矢が放てる様に身構えて、強い風が吹くのを待つ。

 観測基地の時とは違い今度は屋外だ、余程上手くやらないと、相手に打撃を与えられない。何しろアンプルの中身は極少量。風を味方につけるしかない。

 良い風が吹いて来た。強い東風だ。俺は弓を大きく引き絞り一番近くにいる兵士に狙いをつけ矢を放った。

矢は見事に兵士の足に命中、小さく爆発をした。爆発は小さいが、それが惨劇の合図だった。

 矢が当たった兵士の様子を見に、近くの兵士が集まる。矢が当たった兵士は既に発病しているはずだ。

 近寄って来た兵士は、倒れた兵士の咳やつばき、吐いた血などから次々に感染して行く。ばたばたと倒れるのが確認出来る。

 それだけではない。風に乗った細菌は円柱に沿って、反対側にいる見張りの所まで運ばれて感染が広まる。

 異常を感じて中から兵士が出て来る。俺にとっては、好都合だ。何しろ敵が自分から病気になってくれる様なものなのだから。これで人数が半分くらいになってくれれば有難い。

 ところが、幸運はまだ続く。中にいた兵士が、何を思ったか、病人を円柱の中に運び入れている。

 これで勝ちは決まった。今頃中では惨劇が繰り広げられているはずだ。

 ここは赤道直下。閉め切った建物の中では冷房を入れないととてももたない。冷房を入れれば当然風が起こり建物中を循環する。

 隠れる場所なんて無い。風はあらゆる所へ侵入し細菌を運んで行く。恐らく、壊滅に近い。

 やがて、動きが止まった。中から逃げ出そうとした兵士が、扉の真ん中で倒れたのが最後だ。扉に挟まれたままで助ける者はいない。

 俺は後ろを振り向き、装甲車に向かってライトを振り合図を送った。

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