2
計算によると全行程は1キロメートル。しかも重い武器を担いで昇り降りをしなければならない。結構な距離である。
伝助が通路に設置されいてる端末から管理システムに侵入して様子を探る。酸素の消費量や、空気の汚れ、水の消費量から、俺達以外に約10人の人間がいる事を割り出した。それが兵隊なのか、病原体を管理する科学者なのかまでは分からない。
俺達に緊張が走る。ここで一戦交えなければならないのは必至。俺に残されたのは通常の火器だけ。それがどこまで通用するのか。虚空を飛び立てる可能性は極めて低い。
俺達は慎重に通路を進む。伝助を先頭に、俺、ミド、グロブの順だ。歩みは非常に遅い。これでは目的地に着くまでに、2、3時間は掛かりそうだ。
目の前に、上の層に行くための階段が現れた。エレベーターもあるのだが、敵の存在が明らかになった以上、エレベーターでは閉じ込められる可能性がある。
階段に足を掛けた途端、上方で機械音がした。俺達は銃を構えて迎え撃つ。
姿を現したのは、三角形のキャタピラに、四角い本体を乗せたロボットだった。
「待って下さい。それは、補修ロボットです。危険はありません」
撃とうとした瞬間伝助が制止した。
補修ロボットには攻撃する能力はない。自分の仕事にしか興味がなく、俺達は完全に無視されている。
下手に間違って撃つと、敵にこちらの動きが悟られてしまう。考えようによっては厄介な存在だ。
補修ロボットを飛び越えて上の階へ進む。
階段を昇り切った所で再び機械音がした。また補修ロボットかと思い、そっと顔を出したが何もない。恐らくどこかの部屋に入ったのだろう。
ほっとして、通路を行く。次の階段は、通路を行き切った反対側にある。距離にして50メートルくらいだ。
さっきの通路には部屋などはなかったが、この通路の両側には小さな部屋が多い。
通路の半ばまで来た時、突然の機械音に立ち止まった。扉が開いたのだ。
身構える俺達を兵士が取り囲む。前に二人、後ろに三人。照準は寸分たがわず、俺達の頭を狙っている。伝助が俺をかばうがこの距離では貫通してしまう。
動きが取れない俺達の前に、前方の三人の中から、隊長らしき男が進み出た。
「ご苦労さん。だが、お遊びは終わりだ」
他の兵士が俺達から、武器を取り上げる。伝助の腹の中に隠していた爆弾も没収された。
壁に手をつかされ、身体検査もされた。伝助は兵士の一人に捕らえられている。
「下の兵隊より手際が良いじゃないか。見直したよ」
余裕がある訳じゃない。無理にでも強がらないと、敗北感に飲み込まれそうなのだ。
「少々、悪戯が過ぎた様だ。いかに、ハイドロフ先生のペットとはいえ、お仕置きはまぬがれんな」
そう言い終わるや否や、隊長は銃底で俺の腹を殴りつけた。俺はその場にうずくまる。
ミドが手をかしてくれたが、立てない。
うずくまったまま、上目使いに隊長の様子を見ると、俺達から取り上げた持ち物の検査をしている。
その中の薄い金属片を手にした時、隊長の顔色が変わった。そして、グロブを睨つける。
「貴様は」
グロブが一歩前に踏み出して、隊長に敬礼をする。グロブの次の言葉に我が耳を疑った。
「陸軍特殊部隊三課所属、グロブリン中尉であります」
「三課。情報屋か。どうして貴様がここに」
「総統の直命により、白河正夢を虚空に連行いたしました」
「そうか、貴様が今回の作戦の『鬼』だったのか。良くやった。ご苦労」
隊長も敬礼でグロブをねぎらった。
そうだったのか。それで納得がいく。ナーガルコイルでの軍のタイミングの良い攻撃。そして、ここへ来るまでに、一度も軍が攻撃して来なかったのも、全ては俺をここまで連れて来るためだっのだ。
しかし、多大な犠牲を払ってまで、俺をここへ連れて来た理由は何なのだろう。
「グロブさん。騙していたんですね。仲間だと思っていたのに」
ミドの悲痛な叫びにもグロブは顔色を変えない。いつもの陽気な笑顔とは違って無表情だ。
グロブは隊長の後ろにつく。手にはさっき没収された銃が握られている。
俺はようやく立つ事が出来た。泣いているミドの肩を借り、立ち上がりながらもグロブから目を離さない。
別に心底信用していた訳ではないが、やはり騙されたのは気持ち良いものではない。それに一緒に苦労してきて、仲間としての意識が芽生えて来たところだったのだ。ミド程ではないが、多少なりとも衝撃を受けたのは確かだ。
殴られた痛みは、かなり引いて来た。
「さてと、俺はこれからどうなるんだい」
「貴様は、ハイドロフ先生に引き渡す。そっちの坊やは可哀相だが、処刑ショーの主役になってもらう事になるだろう」
その時だ。今まで無表情だったグロブにいつもの笑顔が戻り、俺にウインクを投げて来たかと思うといきなり隊長の頭を打ち抜いた。
一瞬の事に茫然としている兵士達。
俺はグロブにやや遅れて、後ろにいた二人に飛びかかる。一人は伝助を捕らえているので、動けない。もう一人の兵士の頭を握り、床に後頭部を打ちつける。
動けなかったもう一人には、ミドがつかみ掛かっている。
俺は倒した兵士から、銃を取り上げ、前方に残った二人に向ける。グロブは一人を倒し、もう一人と組み合っている。
俺は慎重に照準を合わせる。二人の位置が入れ違うので難しい。
照準を固定し、兵士の頭が照準に合った刹那、引き金を引いた。
兵士はもんどり打って倒れた。
振り返るとミドの方も、かたがついていた。口から血を流して、兵士が絶命していた。伝助も自由になっていた。
改めてグロブを見つめた。
「お前の目的は何なんだ。軍を裏切ってまで俺を助ける理由は何だ」
肩で息をしている状態だが、声を絞り出した。グロブはその場に座り込んでいる。
「あんたの他に、冷凍睡眠で生き返った奴等がどうなっているか知っているか」
唐突な質問に返事が出来ない。
「暫くはあんたみたいにマスコミに囃し立てられていたが、やがて姿を消してしまった。行き先は極秘機密で定かではない。でも、俺みたいな仕事をしていると、情報は集まって来る。どこに行ったと思う。ここさ。虚空に連れて来られていたんだ。あんたとは違って強制的にね」
「ここで何が行われたんだ」
「ウイルスの培養さ。ウイルスを培養するには、動物が必要だが、楼欄には生きた動物はいない。いるのは人間だけだが、俺達は免疫機能が退化しているので、培養基には適さない。ところがあんた達には、立派な免疫機能が存在しているので、密かに虚空に連行されて、ウイルスの苗床にされているんだ」
ただでは、生き返らせないと言う訳か。レイのやりそうな事だ。
「俺もその目的で連れて来られたのか」
「さあね。この作戦の真の目的は、俺にも明かされていない。本当は、俺の仕事は軌道エレベーターまで、あんたを案内して、それで終わりのはずだった。でも、いい加減、総統やハイドロフのやり方にはついて行けない。だから最後に裏切る事にしたんだ。一泡吹かせてやってから死んでやろうと思ってね」
そう言いながら、グロブが立ち上がろうとした。
「馬鹿な奴だ」
俺が手を差し伸べる。
「あんたは、正義の味方なんかじゃない。平気で人を殺す。でもそれは自分の行動や理想を阻む者達だからだ。小賢しい欺瞞なんて一切ない。邪魔だから殺す。それだけだ。純粋なんだよ。純粋な悪。それが、あんたについて行く理由さ。善人づらした奴よりよっぽど良い」
笑顔を見せながら立ち上がったグロブだったが、その途端、俺の方に倒れ込んだ。そして俺は脇腹に激痛が走る。
グロブが先に倒した方の兵士が生きていたのだ。そしてグロブ目掛けて発砲し、それが貫通して俺の脇腹をかすめた。
兵士は直ちにミドに射殺された。
伝助がグロブの傷を見るがすぐにそれを止めた。
俺の傷は浅い。俺はグロブを抱き起こす。グロブは俺の手を握りしめた。
「いいか。絶対に逃げ切れよ。恐らく上には、ハイドロフが待っているはずだ。気を抜くなよ。総統よりもあいつの方が………」
そこまで言うと、グロブの体から力が抜けた。
伝助がグロブの体を調べる。
「旦那様………」
俺はそっとグロブの遺体を、その場に寝かせ、立ち上がった。
「もう後には引けない。行くぞ」
「グロブさんも外へ出たかったでしょうね」
ミドがグロブの遺体から首飾りをはずし、ポケットに入れた。
「こちらの存在は、既にばれている。こそこそしていてもしょうがない。一気に駆け抜けるぞ」
虚空にいる人間は約10人。これで半分の人間が死んだ事になる。勝てない喧嘩じゃない。
俺達は再び武器を担いで、虚空の頂点目ざして飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます