4

 ミドに続いて、部屋を出ると、左側の突き当たりを右に曲がる。長く伸びる通路には人はいなかった。

 俺達はその通路を一気に駆け抜ける。

 行き着く先には、大きな両開きの門の様な扉があった。その脇に小さな扉があり、俺達はそこから中に入る。

 扉を開けた瞬間に、人が叫ぶ声、車の動力音、遠くで聞こえる銃声の混じった大音量が耳を刺激する。俺は思わず耳を押さえた。

 中は、岩石の壁がそのまま剥き出しになっている洞窟だった。

 洞窟は奥深く続いていて、そこを何台もの車が走り抜けている。車は全て、武装改造した戦闘車だ。

「何が起こっているんだ」

 すぐ隣にいるミドに声をはりあげた。この騒音の中では、これくらいの声を出しても他に気付かれる心配はない。

「軍が攻めて来たんです。逃げるなら今しかありません。適当に車を奪いますから、ついて来て下さい。離れないで」

同じ様に叫ぶと、ミドが走り出した。俺と伝助もそれに遅れまいとついて行く。

 無人の車に突進する俺達の前を、突然、大きな車が遮った。俺が拉致された時に乗った車。コクシ・ジオの車だ。

 見つかった。しかし、ここで捕まるわけにはいかない。車を乗っ取る。そう思い、身構える俺の前に車の扉を開け、運転手のグロブが俺達に向かって叫んだ。

「早くしろ。逃げるぞ」

 躊躇する間もなく乗り込む。中にはグロブ一人だけだ。

 ミドが助手席に座ったので、俺はグロブの後ろに回った。グロブがどう言う積もりかは知らないが、いざとなったら、こいつの首をへし折る覚悟だ。

「舌、噛むんじゃねえぞ」

 グロブが吠えると車が急反転した。その反動で俺は窓に頭を叩き付けられる。体を起こそうとした時に、中で跳びはねていた伝助がぶつかって来て、再び頭を窓にぶつけた。

 車は洞窟の奥とは反対の、岩石の壁に向かっている。

 ぶつかる。そう思った瞬間、何をしたのか知らないが、一瞬の閃光の後、眼下には夜の海が広がっていた。

 この基地は崖の側にあり、崖の内側に洞窟を作っていたのだ。その崖の壁をグロブが撃ち抜いたのだろう。緊急脱出用に壁の薄い箇所があったのかも知れない。

 逃げ出せたと思ったのも束の間、崖が崩れたのを感知した軍の戦闘機が行く手を阻む。全部で三機だ。

 機動性では勝ち目は無い。こちらはただの改造車なのだ。

 敵が攻撃の気配を見せると、グロブは急降下で逃げる。波を打ち上げる岩に衝突する寸前に体制を建て直し、岩の間隙を縫って飛ぶ。

 戦闘機は大型で、下までは追って来られないので、上方から攻撃を仕掛けて来る。

 敵の攻撃が容赦なく岩を砕く。弾けた岩のかけらが車体を揺さぶる。

 車が岬の真下に来た時、グロブが再び閃光を放った。岬に放たれた閃光は見事に岬を粉砕し、瓦礫が宙に飛散する。

 俺達を追って来た敵の戦闘機は、飛び散る岩石を避け切れずに衝突し沈む。

 しかし、沈んだのは二機。先の二機に遅れてついて来ていた一機は、辛うじて瓦礫との衝突を免れたのだ。

 撃ち漏らした一機を確認すると、グロブが舌打ちをしたのが聞こえた。同じ手は使えない。後がなくなった。

「海へ出ろ。海面すれすれに飛ぶんだ」

俺の声に反応したグロブが車を沖に向かわせる。俺の考えを理解したらしい。

 戦闘機にこの車が勝るのはただ一つ。潜れる事だ。

 車を海面に押しつけ水しぶきを上げて戦闘機の視界を奪う。そのままジグザグに飛んだので、辺り一面がまるで霧に覆われた様になる。

 車は不意に海面下に潜った。

 暗闇と霧で標的を見失った戦闘機が海面をさ迷う。

 車は海中を移動し、迷走する戦闘機の後ろに回り込む。

 波の間から現れた俺達に意表を突かれ、戦闘機は反撃が出来ない。

 グロブが慎重に照準を合わせる。撃ち損じたら本当に終わりだ。グロブの肩に力が入ったと感じた瞬間、白い光と共に、鼓膜を刺激する轟音が聞こえた。

 追撃して来る敵はいない。今の爆発も感知しているのだろうが、町に残っている反乱分子に手を取られて、追って来られないのだ。

 沖に向かって逃げている車が、突然の衝撃波に大きく揺さぶられた。方向転換をして、町を振り返ると、赤黒い雲が立ち込めていた。

 政府軍なのか、反乱軍なのかが仕掛けた爆弾が爆発したのだ。雲の規模からいって、恐らく町は壊滅。生存者の可能性はないと思われる。

 言葉も無く、窓に反射する赤い光を見ながら、俺達は水平線に消えて行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る