革命

1

 やがて、車は森の中に立てられた小屋の前に止まった。見た目にも雑に作られている。そこいらの余っている材料を組み合わせたのだろう。拾った材料かも知れない。どちらにしろ、俺の家を建てた時のような、心象立体工法で建てられたものではない。合成樹脂の板で囲いをしただけで、小屋と呼んで良いのかも疑わしい。誘拐犯の隠れ家ならこんなものだろうか。

 小屋の前には車が一台、止まっていた。水陸両用で、航空機並みに飛べる長距離移動用のタイプ。俺が入院中にロプノールに行く時に乗ったのと同じだ。

「この車、かなりの改造をしていますよ。それも戦闘用に」

 伝助が言った。

 車の扉が開き、男が銃俺に向け降りるように指示した。黙ってそれに従う。伝助は運転手が捕まえている。

 小屋に入ると、もう一人男が待ち構えていて、入るなり俺を椅子に座らした。背もたれはついているものの、骨組みだけで、いかにも何処かで拾って来たと思しき粗末な椅子だ。

 改めて男達の様子を見る。小屋の中には俺以外に男が三人。一人は俺を拉致した運転手で相変わらず伝助を捕らえている。

 そして、俺に銃を突き付けた男。がっちりした体格で、肌の色は黒い。黒人系なのだろう。縮れた髪の毛に、顔には白髪まじりのあご髭をはやしている。見るからに一癖ありそうな男だ。

 もう一人は、かなりの年配で、爺さんと言ってもいい年齢だ。痩せていて、神経質そうな顔。時折、額から後頭部にかけて真ん中が禿げあがった頭をぺたぺたと叩きながら、何が可笑しいのか薄笑いを浮かべている。

 その爺さんが、俺に近づいて来た。よく見ると、手には大きな注射器を握っている。さっき、銃を突き付けられた時には感じなかった恐怖が全身に走った。こいつ等、俺の弱点を知ってるんじゃないだろうな。

「旦那様に何をする気ですか」

 伝助が運転手の腕の中で暴れる。

「大丈夫だよ。心配するな」

 運転手が伝助を優しくなだめている。

 そのやり取りに気を取られていると、鼻につんと来る刺激臭を感じた。その瞬間、俺は体の自由が奪われた。意識は、はっきりとあり、音も聞こえるものの、体は腕を動かすどころか、瞬き一つ出来なくなってしまった。麻酔の一種を爺さんに嗅がされたのだ。この後に行われる行為を想像すると、気が遠くなりそうだ。

「時間がないのでな。少々手荒なまねをさせてもらうぞ」

 そう言って、爺さんは薄笑いを浮かべたまま、注射器の針を俺の目に近づけた。針は、俺の右目の瞼の裏に潜り込み、そのまま、根元まで差し込まれた。針の長さからいって、脳に達しているのは間違いがない。

 悲鳴をあげて、逃げ出したかったが、声も出せない。こんな事なら、いっそ完全に眠らされた方が良かった。中途半端に意識が残されているなんて、残酷もいいとこだ。いっそ殺してくれ。

 やがて針が抜かれ、注射器の中には、俺の血なのか、脳内物質なのかが、たっぷりと抜き取られていた。

 爺さんは、注射器にペンダント型の機械を当てている。

「間違いない。成功じゃ」

 それを聞くと、銃を突き付けた男が注射器を取り上げ、小屋の外に出た。それに続いて他の二人が動く。

 俺は運転手に抱えられて、外に運び出された。伝助は爺さんに抱えられている。暴れているが無駄な努力だ。

 外では男が俺の乗っていた車を始動させていた。男が車から降りて、扉を閉じると、車は無人のまま走り出した。自動運転にしたのだろう。

 男達の用意した車に押し込まれ、座席に着き体を固定された。全員が座席に着くと、車が発進した。操縦するのは俺を連れて来た運転手だ。助手席には銃を突き付けて来た男、運転手の真後ろには俺、その横には爺さんが座った。伝助は解放されたので、俺の膝の上に止まって、爺さんを睨つけている。本人は守っている積もりなのだろが、俺はあまり期待していない。

 取り合えずのところ、危害を加える気は無いようなので、安心した。しかし、まだ体の自由が戻らない。

「心配するな。すぐに動けるようになる」

 俺の心を察したのか、爺さんが言った。

「さっきは何をしたんですか」

 伝助が爺さんを問いただす。音声が威嚇モードになっている。

 伝助は場合に応じて声の音色を変えて、相手を自分の調子に合わさせる機能が付いているのだが、見た目が見た目だけに、大して役に立っているとは思えない。完全に舐められている。

「あれは、お前さんの脳の中に埋め込まれた、ナノ発信器じゃ。お前さんの居場所を知らせると同時に、ハイドロフの姉ちゃんに反抗出来ない様にするための物じゃよ。ハイドロフの脳磁波に反応する小型の爆弾じゃ。屋敷で召使いが殺されるのを見たじゃろう。あれと同じ物じゃよ」

 レイのやつ、騙してやがった。俺には小細工していないと言っていたのに、きっちり仕掛けていたじゃないか。危うく殺されているところだった。

「それを、視床下部から注射器で抜き取った。かなり危険な方法じゃったが、こんな芸当が出来るのはワシぐらいのもんじゃ。他の者がやっていたら成功率は10%がいいとこじゃて、わしの様な天才がやったからこそ成功率が2%上がったんじゃよ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

 そんな危険な行為を人の承諾なしにやっておいて自慢をするな。

「その抜き取ったナノ発信器を、パレードの車に乗せて、自動操縦で走らしておる。今頃は、お前さんの捜索隊が出されているはずだが、全然、当て外れの場所を捜しとるはずじゃよ」

 その後も爺さんは一人で喋り続けたが、余り役に立つ情報は得られなかった。核心の話しになると、助手席に座っている男が横槍を入れて、爺さんを黙らすからだ。

 わかったのは、男達の名前ぐらいだ。助手席に座っている男がリーダーでコクシ・ジオ、操縦しているのがグロブ、そして、このうるさい爺さんが、トゥオートと言って、自称名医なのだそうだ。

 彼等の行動、話しの内容から判断して、テログループか何かに間違いはない。俺もそうだったから匂いで大体分かる。

 走り出して一時間もした頃、ようやく体に自由が戻って来た。

 車は尾行を恐れてか、森の中を迷走した後、険しい山を登り始めた。しかし、余り揺れは感じない。

 通常の車の浮揚能力は、60センチが限界だが、この車は200メートルまで浮揚可能だ。根本的な原理が違う。普通の車は楼欄中の地面に埋め込まれた重力制御装置に反応して浮揚しているが、この車は地球磁場との反発力で浮揚している。したがって普通の車は決まった道路、もしくは装置が埋め込まれた場所でしか走れないが、この車は地球上のすべての場所、海の上でも走行可能だ。当然、今走っている様な整備されていない山肌も上って行ける。飛行機とまではいかなくても、それに近い移動が可能だ。それに短時間なら水中に潜る事も出来る。

 しかし、こんな車はレイみたいな、特権階級の大金もちしにしか所有出来ないはずだ。恐らく裏から手に入れたのだろう。しかも、伝助の話しによると、かなり戦闘用に改造しているらしい。それから察すると、結構力を持った組織の様だ。

 窓から外を見ると、切り立った崖が見える、殆ど90度に近い。緑は無く、一面真っ白な雪景色だ。俺のいた時代にはこんな所を車で走るなんて考えられなかった。もっとも、走ると言うより、飛んでいると言った方が正確かも知れない。

「この山は」

久しぶりに声が出た。

「カラコムル山脈の標高8611メートルのゴッドウィンオースティン山。通称K2と呼ばれている山ですよ。世界で二番目に高い山です。結構有名だったから、旦那様も遊びに来た事があるんじゃないですか」

 昔の交通事情を知らないやつだ。俺みたいな貧乏人が、おいそれとこんな所まで来られる訳がない。それに、K2と言えば、世界の最高峰の一つだ。ピクニック気分で来られるような場所ではない。

 K2を越えて、砂漠地帯に入った頃には日は既に沈みかけていた。ここからは海沿いに走っているので、海に沈む夕日が綺麗だった。

 伝助によると、海はアラビア海。俺は目を閉じて、頭の中でうろ覚えの世界地図を思い浮かべた。西にアラビア海が見えると言う事は、車は海岸線沿いに、インド半島を南下しているはずだ。

「海なんて、久しぶりに見たんじゃないか。だが、泳ごうなんて思うなよ。この海には、生物を根絶するために、アンチテロメラーゼと言う酵素がばらまかれている。それによって、生物の老化を促進させて、子孫を作る間もなく死滅さたんだ。君も海に入った途端にトゥオート見たいになってしまうぞ」

 それまで、余り喋らなかったコクシ・ジオが俺をからかうように言った。

「これが、皇一族のやってきた、所業だ。我々から全てを奪い、自分達の独裁国家を創りあげた」

 聖王に対して、かなりの積怨があるらしく、さっきの口調とは反対に、声に忿懣やるかたない想いが感じられた。

 この男でなくても、楼欄の下層階級に対する扱いは、憤りを感じないではいられないだろう。

 それにしても、この男達は俺をどうする積もりなのだろう。俺を人質に取った所でレイや聖王が言うことを聞くとは思えない。それに彼等の目的はどうせ、政権奪取だろう。だとしたら、俺なんかに国一つの価値など無いのは、始めから分かっているし、もし仮に目的が金だったとしても、レイが誘拐犯の言いなりになってまで、俺の身代金を払うとも思えない。彼等は俺とレイの関係を良く知っている様だ。それならなおのこと、俺がレイのペット兼広告塔ぐらいの存在でしかないのも分かっているはずだ。益々もって狙いが全くわからない。

 何かと話しかけるが、核心に近づくと黙りこんでしいまう。トゥオートが口を滑らせそうになると、コクシ・ジオの邪魔が入り話しが止まる。運転手は俺達の会話には、加わって来ずに黙って運転している。

 日も完全に落ちたが、空には星が見えない。暗黒に、うっすらと赤みがかっている夜空が見えるだけだった。

 結構深夜になっていると思うが、車は止まる気配も見せずに砂漠の中をひたすら走り続けた。

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