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 パレードは街の中心にある代赭楼から出発して、メインストリートを抜け、楼欄の街を一周して、再びメインストリートに戻り、代赭楼に帰って来る段取りになっている。まったく仰々しいことだ。

 予定時間は約二時間。さまざまに飾り付けられた車が並び、それに乗り込む人達もさまざまで、聖王を始め、政府のお偉いさんは勿論、芸能人や車の上で踊り狂うダンサーまでいる。

 かく言う俺もその中の一人で、黒の車体に金や銀、原色の糸で編まれたモールが掛けられたオープンカーに乗せられている。俺の横には伝助、運転しているのは、この日のために用意された、軍か何かから選抜された運転手だ。

 運転手は、日焼けした少し角張った顔で、赤みがかった髪の毛を短く刈り上げたまだ若い男だ。やはり軍関係なのか目付きが鋭い、とても堅気の人間には見えない。

 沿道を見回すと、楼欄の市民が全て集まっているのではないかと思うぐらいの人だかりで、手に手に楼欄の旗を持って、歓声をあげながらその旗を振っている。なにしろ、年に一度の、聖王の姿が解禁になる日とあって、人々はかなり熱狂的になっている。よほど暇なんだろう。

 ちなみに、楼欄の旗は、双竜穴を表す十文字の中心に、楼欄を表す赤い星が光っている文様になっている。

 先頭を行くのは先導車、その次に聖王の乗った車で同じくオープンカーだ。聖王の横にはレイが並んで座った。俺の車は聖王の車の数十台後だが、その様子は車の中に浮かんでいるテレビ画面に映し出されているので確認出来た。

 聖王は沿道を埋めつくす民衆に手を振って応えている。

 俺はそれを見ながら、昔見た大統領が狙撃された記録映像を思い出していた。聖王に対する警備は厳重なので、そんな事件は起こりっこないが、何か、妙な期待でわくわくしていた。

 テレビに見入っていると、伝助が画面を遮った。

「ちょっとくらい、手でも振ったらどうなんですか。こういう時こそ、人気をとるチャンスでしょ。この世界、とても競争が激しいんですから、ちょっとでも顔を売っとかないと、生き残れませんよ。大体、旦那様は仕事に対する情熱が無さ過ぎます。ハイドロフ先生から、旦那様のマネージャーを仰せつかっている私の立場も考えてくれないと困りますよ。全く」

 別に芸能人になって生きていこうとは思っていない。それどころか、出来れば逃げ出して、ひっそりと人知れず死んで行きたいと思っているくらいだ。しかし、伝助を怒らしても後がうるさいので、仕方なく愛想笑いで、沿道に手を振った。結構反応がある。以外と俺は受けが良い様だ。

 愛想を振りまきながらも、時々、画面に目をやる。

 目まぐるしく映像が切り替わる。聖王の車を映していたかと思うと、次の瞬間には、舞台の様になっている車の上で、激しく踊り狂う、殆ど全裸のダンサーの女性達を映している。音楽隊なんかもいる。持っている楽器は見た事もない楽器だ。

 スピーカーからは、アナウンサーと有識者が、呆れるくらいに聖王を賛美する言葉を垂れ流している。

 パレードがメインストリートを抜け、人工の林に差しかかった。普段は人通りの少ない場所だが、今日は道にあふれんばかりの人、人、人で、道を外れると低い崖になっているが、押されてその崖から落ちている人も見かけた。

 気が付くと、スピーカーから流れて来る音声が、何やら非常に緊迫している。画面に目を移す。映っている場所から判断すると、パレードの先頭の方らしいが、列は乱れて、聖王の車は見えない。その代わり、数十人の手に銃を抱えた連中が、辺り構わず発砲している。戦車の様な車両も見えている。警備に当たっている軍や警察が、銃を撃っている連中や戦車に、必死で応戦している。

 前方で起きた騒ぎがここまで伝わって来たのか、道を賑わせていた人達が我先に逃げ出して、パニックになっている。

 パレードの車を奪って逃げようと、車に飛びつく人達もいる。

 俺の車も狙われて、数人の人に飛びかかられそうになった時、突然、オープンカーだった俺の車が、屋根に覆われて車の中には侵入不能となった。

「しっかり、つかまってろよ」

 運転手はそう言って、侵入不能になった車に、なおもしがみついている人を降り払うが如くに、急に方向を変え、猛スピードで走り出した。

 俺の乗った車は、後続の車をかわしながら、時には進路をふさぐ車の下に潜り込み、その車をひっくり返した。

 俺の車は、きりもみ状態に何回転もし、逃げ遅れた人達を何人も跳ね飛ばしながら、走り続ける。

 車の中は当然ながら、混乱した有様で、後部座席の上を跳ね回り、窓や扉に顔をぶつけ、伝助に何度も頭突きをかまされた。

 道を飛び出し、人工の林の中に突入した。最初は敵の目をかわすためかとも思ったが、そうではないらしい。

 逃げるのなら、代赭楼に帰ればいい。郊外と言っても、楼欄の街は目と鼻の先、この速度なら、10分程で帰りつけるはずだ。闇雲に走るより、それが最善の作だと思うがこの運転手はどんどん街から離れて行く。

 木々の密集が増してきている。森と言ってもいい。その森の木々の間を、まったく速度を緩める事なく車は走り続ける。この運転手の腕はかなりのものだ。

「ちょっと、いい加減にして下さい。街がどんどん遠くなって行くじゃないですか。ちゃんと訓練したんですか。こんな時は出来るだけ単独行動を避けるのが定石でしょう。プロのする仕事じゃ無いです」

 伝助が声高に抗議したが、運転手は動じなかった。

「訓練はしたよ」運転手は、いたずらっぽく笑った。「ただし、誘拐のね。その道じゃ有名なプロさ」

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