2

 次の週、レイから連絡があった。またいつもの呼び出しかと思ったが、そうではないらしい。

 明日の夜、聖王の誕生パレードの前夜際があるから、出席するようにとのご命令だ。そう言えばテレビが連日そんな話題で盛り上がっていた。

 パーティーには、各界の重要人物や有名人が一堂に会するのだそうだ。

 以前に伝助がそんな事を言っていたような気がするが、すっかり忘れていたし、詳しい日時なども聞いていなかった。

 実際、俺をパーティーに呼ぶかどうかを検討していたのだそうだ。だから伝助もはっきり言わなかったのだろう。それが先程正式に決まった。

 次の夜、いつもより盛装で支度をする。何しろ、世界で一番偉い人に会うのだから、それなりの服装にしなければならない。胸に花を一輪さす。

 今回は伝助も連れて行く。俺は正式な場所での作法を知らないので、不本意ながら伝助に助けてもらう。

 おかしな振る舞いをして、レイに恥じをかかせたら後が怖い。

 伝助も着飾っている。と、言っても、俺が蝶ネクタイを接着剤で張り付けてやっただけだが。本人は結構気に入って、何度も鏡を覗き込んでいる。

 レイの車でパーティー会場に向かう。会場は聖王の屋敷だ。

 屋敷は奇麗にライトアップされて輝いている。テレビで見ただけで、実際には初めて見る。思っていたより大きい。

 レイの屋敷もかなり大きかったが、それ以上だ。敷地だけなら、一つの街がそっくり入るくらいだ。とても全容を見渡すなど出来ない。

 その広大な緑に囲まれた敷地に、これまた大きな、屋敷がそびえ立っていた。

 屋敷と言うより、城と表現した方が良いかも知れない。中心の塔を取り巻く様に、城壁にも見える建物が、三重の同心円を描いている。楼欄の人々は、この黄褐色の屋敷を『代赭楼たいしゃろう』と呼んでいる。

 この高い塔が聖王の寝所だ。パーティーもこの塔で行われる。

 招待客は門で念入りに検査を受けていた。レイが顔を見せると、俺達は何の検査もなくそのまま門を通り過ぎた。

 会場には、すでに大勢の人が集まっていた。テレビでよく見る顔もたくさんいる。恰幅の良い貴族らしき人もいる。

 レイが会場に足を踏み入れると、会場の雰囲気ががらりと変わった。一瞬の静寂の後、溜め息とも、感歎ともとれる声が漏れた。

 純白のスカートが少し膨れているドレス。袖は無く、代わりに白い肘まである長い手套、ドレスには、全体に細かい刺繍が施されている。前から見ると、おとなし目だが、背中は大胆に腰の辺りまで、露にしている。

 レイが、スカートの裾を軽く持ち上げて会釈すると、会場全体から拍手が沸き起こる。まるで、レイが今日の主役のような錯覚をした。こんな女をパーティーに招待したら、たちまち主役の座を追われるだろう。

 俺は俺で時の人でもあり、次から次へと挨拶攻勢にあっていた。一々、伝助に教えてもらう。やれ、聖王の親戚だの、従兄弟の嫁の妹だの、貴族と呼ばれているのは、そんな連中ばかりだ。中には、先祖が始聖王の隣の家だったと言う、訳のわからないのまで混じっていた。

 やがて、音楽が鳴り響き、聖王が姿を現した。少し下がって聖王の後をレイが、としずしずとついて来る。

 いつの間にか姿を消したと思ったらあんな所にいた。

 俺は初めて聖王の顔を見た。テレビでも映っているのを見たことがない。聖王は神のような存在であり、その姿を映すなどタブーとされている。

 しかし、その顔を見て、俺は驚愕した。初めてじゃない、以前に会っている。皇家の墓のあるあの丘で。あの時の坊さんじゃないか。

 聖王の姿が見えると、会場にいた招待客が全員、その場にひれ伏した。ぼーっとしていた俺は、伝助に小突かれて、皆と同じように、ひれ伏す。さすがに、生き神様は違う。

 聖王が立っているのは、会場となっている場所の、二階部分にある少し出っ張った空間だ。そこで、招待客に手を振っている。聖王が招待客に、集まってくれた礼を仰せられると、パーティーの始まりとなった。聖王はそのまま、そこに設けられたテーブルについた。レイも同席する。

 表情は一見、柔和に見えるが瞳には鋭い光が宿っている。あの時と同じ、威圧感がある。ここにいる死んだような連中とはまるで違う。

 ダンスが始まったが、俺はそんなもの踊れないので、仕方なく隅の方で目立たないようにしていた。

 伝助に食べ物を持って来させて、ひたすら食べる。ただし、あくまでも上品に、優雅に美しくだ。

 パーティーも終わりに近づいた頃、給仕が俺に寄って来て耳打ちした。

「ハイドロフ様がお呼びです」

 給仕について行く。回廊を進んで立派な部屋に案内された。中には誰もいない。

 伝助を伴い中に入る。

「聖王様は間もなく、閉会のお言葉を述べられて、お戻りになられますので、少々ここでお待ち下さい」

 給仕が出て行くと、部屋の中を観察した。

「聖王の部屋にしては、以外にこぢんまりしてるな」

「違いますよ。この部屋は、面会者が待機している部屋です。あの扉の向こうが聖王様の執務室ですよ。寝室なんかは別にあるんです」

 扉には、二匹の竜がお互いの尻尾を噛んで、輪になっている絵が描かれている。恐らく皇家の紋章なのだろう。

 窓から外を眺めると、客達が帰って行くのが見える。パーティーが終わった様だ。

 そう思った途端に、執務室に通じる扉が開き、レイの姿が現れた。

「お待たせ。さっ、入って」

 レイの誘いで、一礼して中に入る。伝助はそのまま部屋に残った。

 向かい合わせにソファーが置いてあり、奥側に聖王が足を組んで座っていた。

「ようこそ、楼欄へ」

 聖王が立ち上がり、握手を求めて来る。

「お久し振りです。お目にかかれて光栄です」

 握手に応じて、挨拶をする。さほど光栄にも思っていないが社交辞令だ。それに騙されたので、気分が悪い。

 椅子を勧められて、腰を降ろす。レイは聖王の横だ。

「もっと早く会いたかったんだが、レイが許してくれなくてね」

「主治医としては、目覚めたばかりの患者に聖王様と面会だなんて、そんな精神的ストレスになる様な事はさせられませんもの」

 レイと一緒の方が、よほど精神的にも肉体的にもストレスを感じるのだが。

「だから、あの時、正体を隠していたんだよ。悪く思わないでくれ。君には大変興味があったものだから」

 だとすると、あれは偶然じゃなく、仕組まれた芝居だったのか。伝助の奴も一枚かんでいるに違いない。後で問いつめてやる。

「そろそろ、嫌になったんじゃないかね。こんな世界が」

 以外な言葉が発せられた。心が見透かされているみたいだ。

「ええ、正直に言って、ヘドが出ます。蘇らなければ良かった」

 見透かされているなら、隠していてもしょうがない。最近の俺は自暴自棄と言うか、投げやりと言うか、だんだん昔に戻ってきている。

 俺の言葉を聞いて、怒るどころか、聖王はレイと顔を見合わせて笑っている。

「変わっているな、君は。これまでにも、冷凍睡眠から蘇生した者に会ってきたが、皆、私に媚びへつらい、ご機嫌をうかがっていたものだ」

「正夢はこう言う人なのよ。強靱な生命力を持ち合わせている反面、自己破壊的なところもある。相反するものが内在しているのよ」

 俺に対する精神鑑定結果を聞いた聖王は、笑みを浮かべたまま、こちらに向いた。

「君は楼欄の歴史について聞いたかね」

「少しだけ、詳しい話しは聞いてません」

「君が死んでから数十年後に謎の病原菌が人類を襲撃して来た。その病原菌のせいで、人類の半数以上が死んだ。某国の開発した物生物兵器が事故で漏れ出したとの噂だったが、真相はさだかではない」

 奴等の開発した生物兵器かも知れない。

「それからと言うのが、殺戮に次ぐ殺戮の歴史でね。君は病原体について、詳しいと聞いたが、ウイルスと細菌の違いをしっているかね」

 ディナーショーで少女の病気をエボラと言った事を話したのだろう。

「細菌は、例えばゴミなどの有機物があれば、そこで増えるが、ウイルスは、生きた細胞に感染した時だけ、代謝活動をする寄生体と言ったところでしょうか」

「それも細胞ごとに感染するウイルスが決まっている。つまり、無数に存在する動物の数だけ、ウイルスも存在すると言う事だ」

 何が言いたいのか、わからない。黙って、聖王の話しを聞く。

「そこで、まず我々が何をしたか。細菌については、都市の浄化を徹底した。文字通り、清潔な街になった。街を汚す者は極刑に処せられた。ウイルスについては、地球上に存在する哺乳類を始め、爬虫類、魚類、果ては昆虫までのありとあらゆる生き物を殺し尽くしたんだよ。一匹残らずにね」

「正夢が食べていた肉なんかは、必要な部位だけを、クローン技術で無菌培養したものなのよ。完全な形をした家畜なんかいないの。それに植物まで絶滅させたわ、マイコバクテリアの様に、植物の根の周辺に共生する細菌もあるから。今ある花や木は全て精巧に作られた造花よ」

 酷い話しだ。そのまま病原菌に殺されてしまえば良かったのに。

「人間が残ってるさ」

 そう、一番たちの悪い寄生生物が。

「そうだ。だが、さすがに人間を絶滅させる訳にはいかないからね。そこで、我々は地球上の一部の地域に人間を隔離した。ここ、楼欄を中心に西はアラビア半島、北アフリカ、大西洋を渡り、南アメリカのギアナ高地から太平洋に出て、再び此処に戻ってくる道と、南はヒマラヤ山脈からインド半島を通り、南極、北極を含む、アメリカ大陸の西側を縦断する道に、幅三000キロ、高さ三万メートル、全長約八万キロメートルの、裂鬼界と呼ばれる壁を張り巡らし、その中に人類を閉じ込めた。この道は二匹の蛇が地球を取り巻いている様に見えるので、これを双竜穴と呼んでいる。残念だが、君の国は土壌汚染が酷くて、双竜穴からは外れている」

「双竜穴の中は完全に無菌状態なのよ。気象も制御されいていて、人間には快適な場所よ。おかげで、医者の仕事は激減だわよ」

 要するに、病気が怖くてガラス瓶の中に逃げ込んでいるのだ。これで楼欄の連中が生ける屍状態なのが理解出来た。外部からの刺激を全く遮断してしまったのでは、進歩や進化などありえない。後は衰退して行くのを待つだけだ。

 聖王が言葉を継ごうとした時、ノックの音がして執事らしき男が入って来た。

「ハイドロフ様にお電話です」

 レイが溜め息をついて、部屋を出て行ったので、俺と聖王の二人だけとなってしまった。何となく気まずい。

「彼女は忙しいからね、当分は帰って来ないよ。だから本当の事を教えてくれないか。君が南極にいた理由を」

返答に困る。

「南極を調査している調査隊から、報告があった。遺跡を発見したと。そこには遺体があった。残念ながら白骨化していて、蘇生は無理だが、遺物の年代測定をした結果、君のいた時代に間違いはない。遺体は二体あって、状況から見て、人体実験をされた形跡がある。何かの研究所の跡のようだ」

「それが私に何の関係があるんです」

 まずい。感づかれている。

「奇跡的に、衣服の一部が残っていた。その衣服には紋章の様なものが確認されて、その紋章を過去の全情報から検索した結果、ある過激組織のものと判明した。そして、その紋章は、君が発見された時に着ていた衣服にも付いていた」

 ここまでばれているとは思わなかった。言い逃れは出来そうにもない。素直に告白した方が得策かも知れない。

 俺は腹をくくった。

「その紋章は私の所属していた組織、『世界保安機構』の紋章。もっとも世界の保安なんか、たてまえで、ただ破壊活動がしたいだけのクズの集まり。そのクズの中でも最悪の狂信者が、ある国が南極に極秘に建造した生物兵器研究施設に忍び込み、開発中の病原菌を盗み出し、それによって人類を破滅に導こうとしたが失敗。ある者は殺され、ある者は捕らえられ人体実験に、そしてある者は海に落ち、氷づけになって1000年後に蘇った。こんなとこですかね」

 確かに今言ったのは、本当の話しだが、最初はそれなりに理想や理念があって組織に入った。理想的な世界を築こうとしたのも事実だった。しかし、次第に俺の中の何かが狂ってきて、破壊活動だけが目的となってしまったのだ。

「その病原菌と、我々を襲った病原菌は同じものなのかね」

「それはわかりません。そんなものは、どこの国でも研究していましたからね。それが事故なのか私達の様な人間の仕業なのかも」

 言うだけの事を言って、聖王の出方を待った。

「君達を恨むよ。何故、その時に失敗したんだね」

 聖王は俺の目を見ながら、軽くかぶりを振った。

 以外な態度に唖然として、暫く声が出なかった。

「破滅させた方が良かったと言うのですか」

「君はさっき、この世界にヘドが出ると言っていたが、私も同感だよ。自らの苦しみを他人に転嫁して喜んでいる馬鹿どもばかりだ。我々の祖先はこんな世界になるとは思ってもいなかっただろうな」

「大改革でもするお積もりですか」

 聖王は俺の質問には答えずに、薄く笑った。

 俺には、このおっさんの考えが全くわからない。

「こうなったのも、君の責任だ。だから君には私のために働いてもらう」

 その言葉で、以前レイに噛みついた記者がいたのを思い出した。

「私の蘇生には、政府の資金が投入されたと、聞きましたが」

「いずれわかるよ。それから今の話しは、レイには内緒にしてくれ。彼女はこの世界が大変気に入っているのでね。レイを怒らすと手が付けられないのは、君も良く知っているだろう」

 聖王は意味ありげに笑った。

 レイが戻って来て、秘密の会話は中断された。

「お話しは、もう終わりまして。聖王様」

「ああ、大変楽しかったよ。また、お目にかかりたいね」

 聖王は、そう言って、俺にウインクをした。

「それじゃ、正夢。悪いけど帰りは一人で帰ってね。私はまだ、聖王様とお話しが残っているから」

 レイは聖王の膝に座り、首に腕を回した。こんな事だろうと、思っていた。

「明日のパレードにも参加してもらうから、その積もりでね。また、迎えを出すから。それじゃ、お休みなさい」

 手を振っているレイを無視して、聖王に一礼して部屋を出た。

 来る時は、レイの車に乗せてもらっていた、帰りは、代わりの車で送ってもらう。いつも俺にくっついている護衛ロボットの車でも良いと言ったが、俺は結構名士なのだそうで、そんな扱いは出来ないと言われた。

 執事に車を用意してもらい、家路に就いた。明日も、パレードなんていう、馬鹿騒ぎをするのかと思うと、憂鬱な気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る