愛玩

1

 あの夜以来レイに気に入らたのか、三日に一度くらいの割合で屋敷に呼び出される。用件は想像に任せる。

 伝助情報によると、レイの屋敷は聖王の宮廷を除けば、楼欄一の広さだそうだ。確かに広い。門から玄関まで車で移動しなければならない。

 何しろ、新世紀初頭からの名門である。病原体根絶にも一役かっていて、皇家とも親密な関係らしい。

 彼女が医学界の重鎮となれたのは、その名門の出のおかげもあるが、それにも況してレイの医学的才能の賜物だ。

 ただし、天才に有りがちな、偏向的な性格を持ち合わせているのも確かだ。

 屋敷に入って驚いたのは、使用人が全て若い男。しかも、かなりの美形ばかりだ。さしずめ、レイのハーレムと言ったところだ。

 したがって、俺と彼等の立場は大して変わらない。レイの慰み者だ。

 ただ違うのは、例えて言うなら、ペットと奴隷の違いだろうか。

 俺はレイにとって、利益をもたらす存在である。俺がテレビや雑誌に顔を出すほどに、不可能と言われた蘇生手術を成功させた実績を世間に認識させ、現在の地位を更に不動のものとする。

 だから俺は、幾らかの制約はあるにせよ、自由を与えられている。それに、ペットは飼い主に噛みつかない限りは、多少の悪戯やわがままは愛玩の対象となる。

 だが、奴隷はそうはいかない。ご主人様には絶対服従。けっして、ご機嫌を損ねる行為は許されない。

 一度、ワインを注ぐ時に、レイの服にほんの一滴こぼした男がいた。

 レイの服に赤い染みが付いた瞬間、男は殴り飛ばされた。

 必死で許しを乞う男の頭をレイが両手で挟むと、男は突然苦しみ出し、全身が痙攣して、口から泡を吹いて息絶えた。

「この子達の脳に仕掛けをしてあるの。私に逆らえない様にね。だって、女一人の屋敷に男ばかりだから、束になってかかって来られたら危ないじゃない」

 理由を聞くとそう答えた。身勝手な女だ。

 心配なのは、俺もレイの手術を受けている。その時に何か細工をされているのではないかと言う、疑問が湧いてきた。

「正夢には何もしてないわ。公開手術だったから、そこまで出来なかったのよ。して欲しければやってあげるわよ」

 願い下げだ。

 俺がここに通う理由は、レイに呼び出されるからだけでは無い。ここに来れば、栄養だけが凝縮された、固形食料ではなく、1000年前に食べていたような、食べ応えのある食事出来る。

 それに、お湯をふんだんにたたえた風呂にも入れる。この時代では贅沢の極みだ。俺の家とはえらい違いだ。

 だから、レイの要求にも快くこたえてやる。たまには辛い時もあるが。

 レイの気が済むと、俺は勝手に帰る。当然、お見送りなどあるはずもない。ベッドから手を振ってくれるだけましだろう。

 部屋を出ると、そのまま駐車場に直行する。駐車場には、レイにもらった車が止めてある。大抵、ここに来る時は、仕事の帰りなので、伝助が車で待機している。こいつを屋敷の中に入れて、俺の姿を見せるなど出来ない。

 最近はレイが仕事に付いて来る事はない。伝助と二人で行動している。一応、信用されているのだろう。

 護衛ロボットは、先に帰した。レイの屋敷に来るのに危険はない。強いて言えば、レイが俺にとって一番危険な存在だ。

 車は操縦自体は簡単で、直ぐに覚えられるが、規制の方が厳しくて、社用車以外の車は、なかなか個人では持てない。これもまた、特権階級だけの優遇である。

 運転は伝助が行っている。秘書なのだから当然だ。

 運転する伝助の横で、手首に痛みを感じたので、さすった。理由は分かっている。

「どうしたんですか。何かあざが出来てますよ。縛られた痕みたいですよ。ハイドロフ先生のところに来ると、どこかか怪我をしていますけど、一体何をなさってるんですか。医者の家に来て、怪我をするなんておかしいですよ。先生も手当くらいしてくれてもいいのに」

 その質問には、答えたくないので、敢えて無視する。人には、知られたくない事があるのだ。

 車が急に止まった。それ程速度が出ていなかったので反動は少ない。

 屋敷を出て、半周程回った所にある道に出ようとした時だった。

「どうした」

「今、人影が」

 俺が降りて、辺りをうかがう。この辺りは楼欄には珍しく、緑が濃くて、俺が立っている場所も茂みになっている。

 太い木の陰を除いた時だった。誰かが、後ろから羽交い締めにして来た。手にはナイフが光っている。

「静かにして下さい。おとなしくしていれば何もしません」

 しかし、俺はやめろと言われれば、やってしまう性格だ。

 ナイフを持った方の手を押さえ、羽交い締めにしている方の腕を引きはがし、腰を回転させて前に転がした。相手が動転している隙に、ナイフを取り上げた。

 別に、格闘技が得意で自信があった訳ではない。少しはかじったが、あまり才能はなかった。しかるに何故、こうもあっさりと撃退出来たかと言うと、この時代の人間に比べて、身体機能が遥かに勝っているからだ。より原始的と言える。人間、便利な生活をし過ぎるのも考え物だ。

 当然、本格的に格闘技を習得した者にはかなわないだろうが、こいつからは、そんな雰囲気が感じられなかった。

「旦那様、大丈夫ですか」

 今頃、出てきやがった。

 襲って来た奴を確認する。若い男だ。見覚えがある。レイの屋敷で働いている奴だ。給仕をしてもらったので覚えている。

「お願いです。見逃して下さい」

 脅えながら懇願する男を見ていると、かわいそうになって来た。

「何で逃げたいんだ」

「もう、あんな所にいたくないんです。僕は人間なんです」

 男が悲痛な叫びをあげて、号泣する。

 わかる気がする。レイの扱い方は尋常ではない。

「乗れ。どこに行きたい」

 同じ立場の人間としては、同情する。

 車中で話しを聞くと、男の名前はプラスミドと言う。幼い顔立ちで、華奢な体をしている。レイの屋敷にいるぐらいだから、なかなかの男前である。

 プラスミド。俺は呼びにくいので、ミドと呼ぶ。ミドの話しによると、屋敷に来たのは、最近で、仲間と一緒に聖王の屋敷に忍び込んだのを捕らえられ、仲間は連れていかれたが、ミドはレイに見初められて、屋敷に来たのだそうだ。

 仲間の中には、恋人も一緒だったらしい。多分、俺がディナーショーで見た少女ではないかと思うが、はっきりした事は分からないし、たとえそうだとしても、とても言えないので、その話しは黙っていた。

 ミドを郊外の下層階級の居住区の人気の無い場所で降ろした。

「もう、捕まるなよ。俺の事を話されたら困るからな」

 礼を言うミドを置いて、早々に立ち去った。誰かに見られてはまずい。

 問題はこいつだ。伝助だ。

「今の事は、消去しておけよ」

「何の、話しですか。私には、わからないなぁ」

 俺は車のドアに背をあずけて、足で伝助を反対側のドアに押し付けた

 少し揺れたが、道をそれる心配はない。

「お前。俺の行動をたまに、レイに報告してるだろう」

「言い掛かりですよ」

「ちゃんと分かってるんだよ。やっぱり、喋れないようにしてやろうか」

 俺は更に、足に力を入れる。

「先生に頼まれてたんですよ。分かりましたよ、この事は言いませんから許して」

「お前のご主人様は誰だ。言ってみろ」

「旦那様ですよぉ。もう堪忍して下さい」

 これだけやっておけば、大丈夫だろう。

 しかし、レイの監視の裏には何か陰謀がある様に思えてならない。ただでさえ、この世界には、ディナーショー以来、嫌気がさして来ているのだから。これ以上変な事件に巻き込まれたくはない。


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