7

 再び、暗くなり、幕が上がった。

 レイは肉をナイフで切り刻んでは、口に盛んに運んでいた。まるで、メスをふるって手術をしているみたいだ。

 俺はとてもそんな気にはなれない。血や肉といった言葉にさえ拒否反応を示している。ただうつむき時間の過ぎるのを待つだけだ。

 今度の処刑者は男。白い広い板に立ったまま、裸で大の字に張り付けにされいる。板の横幅は人間の三倍はある。

 俺の視線が男の顔に釘付けになった。見覚えのある顔。病院で話しをした男。

「フィブリス」

「あの男は、ここのショーの話しをあなたにしたわね。ここの秘密は会員以外には言ってはいけないの。下層階級の連中がうるさいから。それを勝手に正夢に話したわ、だから制裁されるのよ」

 たった一言、それも詳しい内容は言わずにほのめかしただけだ。それなのに制裁されるとは。

「正夢も絶対に他人に話してはいけないのよ。良いわね。もう、あなたは私の側の人間なんだから」

 声が出せない。返事の代わりに、悲鳴をあげそうだ。膝や体の震えを止めることが出来ない。

 舞台のそでから、白い手術服にも似たドレスを着て、初老の女が出て来た。髪は殆どが白くなっていて、その髪を結いあげている。目には、度のきつそうな眼鏡が掛っている。どこかヒステリックな感じのする婆さんだ。

 沸き上がる歓声、女は深々とお辞儀をする。

 彼女に続き、看護服を着た女の子が、メスが幾本も並べられた台車を押して歩いて来た動く度にメスが照明を反射する。

「私達は超振動メスや、短波光メスを使うけど、彼女は昔ながらの刃物を使うのよ。彼女のメスさばきは絶品。勉強になるわ」

 女は一番大きなメスをにぎると、大きな奇声を発して、フィブリスの胸部から股間にかけて、一直線に切り裂いた。

「フィブリスには、麻酔がしてあるから、痛みは感じないの。でも意識はあるから、自分が切り刻まれる行程を見なくてはいけないのよ」

 フィブリスの顔が恐怖で歪む。小さな呻き声を漏らす。あまりの恐怖に声が出せないのだろう。

 全身の皮膚が取り除かれ、筋肉だけとなった。

「これから、まず神経やリンパ管を傷つけないように取り出すのよ。今取り出した太いのが胸管と呼ばれるリンパ管よ。下の方で膨れているのが、乳び槽。浅鼠径リンパ節も上手に出て来たわ」

 説明するレイの瞳が異様に輝いている。

「今度は脚から行くのね。あれは伏在神経と頸骨神経よ」

 みるみる、人間の体が解体されて行く。神経は全て、脊髄につながったままだ。まるで神業だ。人を切り刻むためだけに精進して来たのだろう。

 医学生にでも見せたら、人体の構造が細部にまでわたり見えるので、良い勉強になるだろう。

 胴体は完全に裸になり、後ろの白い板一杯に神経、リンパ管、それに静脈や動脈などの血管が広げられた。

 しかし、俺が訓練で見せられた人体解剖写真に比べて、リンパ管が非常に細い。ほとんど糸の様だ。

 次に顔に取りかかる。

 まず、眼球が取り出された、神経はつながったままである。

「あれで、フィブリスは、変わった角度から自分を見る事になるのよ。多分、フィブリスの精神は、既に破壊されているから理解出来ないでしょうけど」

 ここまで我慢したが、俺の嘔吐感は限界に達した。手で口を覆う。

「しょうがないわね。トイレに行ってきなさい」

 そう言って、給仕を呼んだ。

 俺は給仕に従い、トイレに駆け込んだ。

 暫く便器を前に座り込んで、動けなかった。いや動きたくなかった。あの席には戻りたくない。

 それにしても、何て腐った世界だ。これでは、俺の時代以上ではないか。このままでは、俺の中の悪い虫がまた頭をもたげて来てしまう。

 口の中が気持ち悪い。吐いた胃液が残っている。トイレから出て、洗面所に向かった。水で口の中をゆすぐためだ。

 勢い良く出る水を手ですくってすする。水は貴重だと言いながら、ここではふんだんに使える。金持ちの特権だ。

 背中に視線を感じて、前方にある鏡を覗く。

「大丈夫ですか」

 俺を連れて来てくれた給仕だった。まだ、10代と言ったところだ。

「どうです。貴方のいた時代と比べて」

「最低だ」

「もうすぐ、クライマックスですよ。あの人が、最後にどうなるか知っていますか。全ての解体が済むと、それに合わせて調整した麻酔が切れて、一気に全身に激痛が走り、断末魔の悲鳴をあげて絶息するんですよ、そのために肺と喉は切開していないのです」

「やめろ。聞きたくない」

 トイレ中に響きわたる程の声で怒鳴り、視線を洗面台に再びもどした。

「幸せですか、こんな時代に蘇って」

 口をすすぎ終わった俺は、後ろを振り返り給仕を睨つけた。

「何が言いたい」

「ショーが終わりましたよ。先生がお待ちです」

 給仕はそれには答えず、きびすを返し、会場に俺を案内した。

 幕は既に降ろされていた。しかし、観客は誰一人、席を立とうとしない。

 テーブルの横を通る度に、荒い息が聞こえる。よく見えないが、何をしているのかは想像がつく。

 レイの待つテーブルに帰る。

「何をしていたの。私を待たすなんて許さないわよ」

 腰を降ろすなり、首に腕を回して、唇を押しつけ、舌を絡ませて来た。

「人が苦しみながら、息絶えるのを見ると、欲しくなるのよ」

 俺は敢えて逆らわない、レイの機嫌を損ねるのが怖かった。逆らえば何をされるか分からない、この女はそれだけの力を持っている。

 レイは俺の膝の上にまたがり、激しく体を擦り付ける。

 俺はただ、レイの要求に答える事だけに専念した。

 その夜、家には帰らず、レイの屋敷に招待された。帰ったのは翌朝早で、その時に車をもらったが、取った覚えがない免許証も一緒だった。

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