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 連日の取材攻勢が一段落ついて、やっと休みがもらえた。約一週間ぶりである。伝助マネージャーから二日間の休暇の許可が出た。

 レイから今夜ディナーショーに誘われている。この前の一件で、たまには変わった所に連れて行ってやろうという訳だ。

 ディナーショーと言うのは例の手術ショーの事だ。あんなものを見ながら、食事をするなんて、俺としてはご辞退したいところだが、こちらとしては、ご厄介になっている身だし、せっかくのレディーのお誘いをむげに断るのも失礼にあたると思いお受けする事にした。

 伝助に今夜のショーについて、何の手術なのか聞いてみた。こいつは催物情報にもやたら詳しい。

「さあ、スケジュール表には、今夜、行かれる場所では予定が入っていませんけど。それに、もともとそこはショーが行われる様な場所ではありませんから」

 何か特別なショーなのだろうか。そう言えば、病院で会った、フィブリスのおやじが面白いショーがあると言っていたがこれの事かも知れない。

 とすれば変な手術を見ないで、俺としては助かる。レイも気を利かしてくれたのだろう。結構、優しいところもあるようだ。

 夕方になり、レイが迎えに来た。今夜の出で立ちは、真っ赤なドレスだ。スカート部分は後ろは長いが前はミニスカートみたいになっていて、胸には何本ものスリットが入っていて、体を動かすと、中が見える。下着は着けていない。

 いつもとは違い運転手付きである。飲んで帰るから運転は面倒になるからだろう。

 俺はレイが家に入る前に外に出た。また、家の中を汚されては大変だ。

 伝助は家に置いてきた。まさかデートに、こぶ付きで行く訳にもいかないだろう。と言うよりも、俺がたまには、あのうるさいのから離れたかっただけだが。

 車中で、レイにどんなショーなのか聞いたが、答えてくれなかった。着いてからのお楽しみなのだそうだ。

 やがて、車は暗い寂しい場所に入った。人気は全くない。街灯すらついてなく、ネオンサインも見当たらない。ショーをするにしては、とても地味な所だ。暗黒街の秘密のクラブを思わせる。

 着いたのは、二階建ての黒い建物で、一階と二階が駐車場になっている。地下に行くエレベーターがある。

 運転手は俺達をエレベーターの前で降ろして、車を駐車位置に置きに行った。ショーが終わるまで待機しているのだろう。

 エレベーターで地下に降りる。

 扉が開くとそこは、きらびやかな大広間になっていた。太い細かい装飾がしてある柱、ちょっとした映画館ぐらいある大広間の、天井を覆い尽くす程のシャンデリア。フロアにかかっている絵画などは、かつて俺がいた時代には、有名美術館に秘蔵されていた物ばかりだ。模写なのかとも思ったが、レイが出入りしている場所からして多分本物だろうと思う。

 天井もかなり高い。天井が一階の床だとしたら、俺達が今立っているのは、地下三階くらいにあたる。

 タキシードに蝶ネクタイの正装した男が進み出て来た。俺達に深々と頭を下げると手を差し伸べて歩き出した。

 大広間の奥には、大きな金箔を張り付けたような扉が開いていた。

 中は薄暗く、いくつものテーブルとソファーが置いてある。それ程大きくはない。二、三人が座れるくらいだ。テーブルとテーブルの間には、半透明の仕切りがしてあり、お互いのテーブルは見えない。

 テーブルの上には既に、グラスや花が用意してある。

 前方には、一段高い場所に舞台が設置してあり、俺達は一番前のテーブルに案内された。レイが手配したからには、当然、一番高い席に違いない。

 俺達が席に着いて暫くすると、薄暗かった照明がさらに暗くなり、ライトが舞台に集中する。

 舞台に気を取られているうちに、いつの間にかワインが注がれていた。レイのドレスと同じ、血の様に赤いワインだ。

 舞台の幕が上がり、拍手が沸き起こる。

 透明なケースに裸の女が収められている。ショートカットの色の白い美人だ。まだ若い、少女と言える程だ。意識はあるみたいだが、虚ろな表情だ。四肢はバンドで、十字架の張り付けのごとく固定されている。

 ケースの横には、歳は俺とあまり変わらない男が立って、会場の拍手に、満面の笑みで応えている。

 俺の時もこんな感じだったのだろうか。

 しかし、やっぱり手術ショーではないか。俺は憂鬱になり、レイと乾杯したきりグラスに手が伸びない。

 やがて、男がケースの横の操作卓に指を走らすと、ケース内に注射器が現れ、少女に注射された。多分、麻酔だろう。

「一体、今夜は何の手術だい。彼女見たところ、何処も怪我なんて、してないみたいだけど。そろそろ教えてよ」

 ディナーショーに慣れていない俺には、心の準備が必要だ。

「手術じゃないわ。見ていれば分かるわよ」

 レイは意味ありげな笑みで俺を見て、再び舞台に視線を戻した。レイの横顔を暫く睨んでいたが、諦めて俺も舞台を見た。

 注射が打たれて、一分程経過した頃、少女の顔が赤くなって来たかと思うと、それと同時に、眼球も充血している。息も荒く、口を大きく開けたまま、体全体で呼吸をしている。かなり苦しそうだ。

 さっきの注射は、明らかに麻酔などではない。

 少女の白い肌に赤い斑点が現れ、皮膚も次第に黄ばんで来た。

 突然、少女の腹がへこみ、喉が大きく膨らんで嘔吐した。一瞬、透明ケースの視界を奪うが、直ぐにケースの内側が水で洗われ、視界が戻る。少女が吐いたのは、血の混じった、黒い胃の内容物だ。これは黒色吐物と呼ばれている。

 こんな症状を昔、訓練の一環で勉強した。

「これは、エボラ」

「よく知っているわね。エボラ出血熱。正夢のいた時代の最も厄介な病気の一つよ。致死率50~90%、症状は頭痛、発熱、嘔吐、出血斑、血液の血管内凝固、内蔵の壊死、そして最後には体中の、ありとあらゆる穴から、血液や体液を垂れ流し絶命する。そんなとこかしら」

「そんな馬鹿な。エボラの潜伏期間は短くても二日だ。こんなに早く、症状が出るなんてありえない」

「勿論、遺伝子操作によって、数分で発病する様に改良してあるわ。より激しく、そしてより狂暴にね」

「何故、こんな事を」

「彼女はね、あんな可愛い顔をしてても、大胆にも聖王様の屋敷にメイドとして潜り込み、爆弾を仕掛けようとしたのよ。寸前で数人の仲間と捕まったの。これは、手術じゃないの、処刑なのよ。今の時代、人の死ぬところなんて、なかなか拝めないのよ。私は医者だから別だけど。でもせっかくだから楽しみたいじゃない。人が苦しんで死んで行く様を見られるなんて最高よ」

「馬鹿げてる」

 席を立とうとした俺の腕をレイがつかんで引き止めた。

「座ってるのよ。これは命令よ。さもないと、正夢があそこに立つ事になるわ。私を舞台に立たせたいの」

 レイが強い調子で睨む。俺は仕方なく、浮かした腰を座席に戻した。

「これからが、見物よ」

 レイが俺の腕を組んだまま、肩に頭を預けてきて、恍惚の表情で、俺の耳元に口を寄せ、いやらしい吐息混じりの声で囁く。

 少女の表情が崩れて行く。恐らく血液が固まり、脳に酸素が行かなくなり、性格破壊が始まったのだろう。

 唐突に少女の鼻や口、耳、そして、脚の間から血を垂れ流し、目を大きく見開いた瞬間、首を項垂れた。絶命したのだ。

 やがて、幕が降りて、照明が少し明るくなった。食事が運ばれて来る。その間、俺は必死で嘔吐を我慢していた。

 せっかくの楽しみにしていた料理だが、食欲はまるで無い。

「食べる気なんてしない。早く帰ろう」

 力なく呟いた俺の耳に、レイの信じられない言葉が聞こえて来た。

「何を言ってるの。夜はまだ始まったばかりじゃないの。今のはただの前座。今夜のメインイベントはこれからよ」


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