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伝助に起こされたのは、まだ暗いうちだった。もうすぐ迎えに来ると言う。
味気ない朝食を済ませ、伝助が用意した背広に着替える。1000年たっても、男の服は大して代わりばえしていない。
着替えているとレイが迎えに来た。知らないうちに家の中に入って来ている。足もとを見るとやはり靴を履いたままだ。
ネクタイの結び方が分からずに困っていると、レイが手を貸してくれた。今までネクタイなど結んだ事がない。
「これくらい出来ないの。情けないわね」
「1000年前だから、忘れた」
馬鹿にされたがちょっと嬉しい。甘い香水の良い匂いがした。
外にはレイの車は無かったが、代わりに放送局の車が止まっていた。
その車に俺とレイ、そして何故か伝助が乗り込む。車はリムジンタイプで、かなり大きい。
護衛ロボットは家に残る。局が用意した護衛がいるからだ。
「お前も来るのか」
「当たり前じゃないですか。私は旦那様の秘書なんですから。今後のギャラ交渉もしなくてはいけませんし」
完全に、俺はタレントになりつつある。今に歌でも歌わされるのではないだろうか。
俺と伝助の会話にレイが割り込んで来た。
「伝助って名前、もらったんだって」
「そんなぁ、先生まで、その名前で呼ばないで下さいよ」
「あら、可愛いじゃない」
「えっ、そうですか。いやー可愛いだなんて。よくカッコイイとは言われるんですけど」
馬鹿電子頭脳は勘違いして、頭を掻いている。
蹴り倒してやりたいが、車の中では無理なので話題を変える。
「俺は何をすれば良いんだ」
レイに紙切れを渡された。
「そうそう。これに大体の質問と答えが書いてあるから、覚えて頂戴。後は私が一緒だから心配しなくても良いわ」
受け答えのマニュアルだ。内容を確認する。
質問、『目覚めた時の感想は』。答え、『これから、こんな素晴らしい世界で暮らせると思うと希望で一杯でした』。つい昨日、大まかな概要をつかんだばかりなのに、目覚めた瞬間にこんな事を思うはずがない。
質問、『ハイドロフ先生について』。答え、『優しく、美しい、僕にとっては、女神様の様な人です。若いのに大変な人格者です』。特に、美しいと若いには、二重線が引いてある。
他にも、口にするには、はばかられる様な、歯の浮く台詞が満載してある。読んでいるだけで赤面する。
台詞を覚えた頃、放送局に到着した。口髭を生やした、プロデューサーらしき人が出迎えスタジオに案内された。
司会は、アフロヘアのがりがりに痩せた、色の黒いおっさんだった。聞くところによると楼欄で一番人気の高い司会者だそうだ。
進行は台本通りに進み、俺は台詞を棒読みに答える。
時々、レイを形容する時に、美しい、若い、秀麗などを付け忘れて、睨まれたが最初にしては上出来だと思う。
途中でアフロのおっさんが『1000年間も、何を考えていました』などとくだらない質問をしたので困った。死んでたんだからわかるはずがない。
レイに助けられながら、何とか初めてのテレビ出演を終えたが、俺の仕事はまだ始まったばかりで、ここが終わるやいなや、次の局へ移動。出番を待つ間に雑誌の取材を受けた。
ただ、どの局も雑誌も質問はどれも大した違いはなかった。俺はおうむ返しに答えるだけ。なれれば楽な仕事だが同じ話ばかりしているのも疲れる。
記者や司会者は皆、俺に好意的でつまらない質問でも、和やかな雰囲気で受け答え出来たが、一人だけ敵意に満ちた不満をぶつけて来る者がいた。
彼の言うところによると、俺の蘇生には、レイの財力は勿論だが、多額の税金が投入されていると言う。
それが、彼には府に落ちないらしい。俺はよく知らないが、蘇生手術などは、医師が全額負担するのが普通なのだそうだ。しかるに、血税をそんなものに使からには、何か裏があると言うのが彼の主張だ。
レイは反論した。そんな事実は全く無く、言い掛かりだと。
記者は引き下がるどころか、猛然と噛みついて来た。両者は口論となり直ぐに記者は警備の者につまみ出された。
最後に捨て台詞で、『このままでは、終わらせない。お前の正体を暴いてやる』とレイに向かって言い去って行った。
「気にしなくて良いわ。たまにいるのよ。ああやって難題を吹っかけて来るのが、お金が取れるとでも思っているのよ」
俺にはわからない話なので、レイの言う通り無視する。
なんだかんだとあったが、とにかく俺の仕事始めは終了した。
家まで送ってもらい、入るやいなや畳に倒れ込む。レイはそのまま帰った。
「いやー、今日は疲れましたね」
「お前が何かしてたのか」
「当然ですよ。プロデューサーと交渉して、バラエティー番組の出演も決めてきました」
「余計な事をするな。そんなものには出ないぞ」
「それじゃ、これから先どうやって生活して行くんですか。ハイドロフ先生だっていつまでも、面倒見てくれるとは限らないんですから。ヒモじゃあるまいし自分の食いぶちは自分で稼ぐべきですよ」
「それにしても、タレントなんて」
「それじゃ、旦那様に何が出来るって言うんですか。特技は。資格は。特許でも持っているんですか」
伝助に畳み掛けられて口惜しいが返答出来ない。
「そらごらんなさい。だから私が必死で仕事を取っているんです。今後は、ドラマや映画、写真集も企画しているのでそのお積もりで」
完璧にどこかのアイドルのステージママになりきっている。
相手にするのを諦め、風呂に入る事にした。
「出て来るまでに、ここを掃除して飯の用意をしておけ」
今朝、レイが汚した廊下を指さした。
「えー、疲れてるのにぃ。ショートしちゃいますよぉ」
俺は無視して風呂に向かう。ささやかな抵抗である。
この時代の風呂は水を使わない。単波長光を照射し、皮膚の古い角質、つまりは垢や、汚れを取り除いて行く。
風呂に入る時は、目にコンタクトレンズを着け、瞳を保護する。
食事同様、何とも味気ない。湯にどっぷり浸かりたいものだ。
何故、水を使用しないかと言うと、水は大変貴重な物だそうだ。土壌が汚染されているので、当然、地下水脈も汚染されいて、水を人工的に製造していて、絶対量が少ないらしい。伝助に言わせるとこれも俺の時代のツケだそうだ。
風呂から出ると、廊下がきれいに掃除がされていて、食事も用意してあった。しかし、伝助の姿が見えず、捜してみると、テーブルの下で眠っていた。
起こすと、またうるさいので、そのまま寝かしておく事にした。
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