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 皿の上には、角砂糖みたいなのが、三つ並んでいる。色がそれぞれ違い、白、黄、緑だ。一応、味が付いていているが、味わっている間もなく、喉を過ぎてしまう。

 これだけで、必要な栄養は全てまかなわれていて、満腹感もある。

 始めは、病院食だからだと、思っていたが、一般の人も同じ物を食べている。しかしながら、何とも味気ない食事だ。

 わずか数十秒の昼食が終わり、お茶をすすった。お茶は当然、ウーロン茶だ。

「もうちょっと、食い応えのある食事がしたいね。肉か何かないのか」

「ない事もないんですけど。この時代、家畜は完全無菌の純粋培養で育てられていて、数が少ないんですよ。貴族や特権階級に最優先に回されて、市場には希にしか入って来ないですから、高い金出して、何ヵ月も前から予約しておかないと無理ですね」

 食事も楽しめないとは、不幸な世界だ。

 お茶を飲み干すと、俺はおもむろに立ち上がった。

「腹ごなしに散歩に行く。案内しろ。何処か、面白い所は無いのか」

「歩いて、30分程の所に、歴史資料館がありますが。旦那様のが亡くなられてからの出来事も分かりますよ」

「新聞なんかも、見られるのか」

「ええ、勿論」

 俺達は早速、家を出た。

 家の前には、男が二人立っていた。

「護衛ロボットですよ。気にしないで下さい」

 伝助はそう言うが、監視されいる様で、気持ちの良いものではない。

 歩き出した俺達の後を少し離れて護衛ロボットが付いてくる。伝助の様に喋り過ぎるのも考えものだが、こいつ等みたいに無口、無表情なのも不気味だ。やはり、あの娘みたいに………、いやいや、考えるのはやめよう。

 落ち込んだ気分を変えるため、改めて街の様子を観察する。

 レイの車から見た、大通りとは違い、ここは住宅地。人通りは少ない。たまにすれ違う人もいるが、俺を横目で見ながら通り過ぎるだけだ。

 向こうは俺を知っているみたいだ。

 通りは、樹脂の様な物で固められている。アスファルトよりも、きめが細かく、歩いていても足に負担がかからない。この樹脂の下には、タクラマカン砂漠の砂礫が覆い隠されているのだろう。

 何度目かの角を曲がった時、目指す建物が見えて来た。

 歴史資料館と言うだけあって、古風な造りになっている。どことなく、故宮を感じさせる建物だ。柱や壁に彫り物何かがしてある。

 伝助の案内で中に入る。護衛ロボットは表に待たせた。

 中も外観のそれと同じだが、たくさんある個室の扉を開けると、そこは、外装とは反対に、装飾があまり無い、椅子が一つだけ置いてある、質素な部屋だった。

 柔らかい弾力のある椅子に腰を下ろした。背もたれが頭の所まであり、後方に30度ぐらい倒れている。

 椅子の前には、細い金属で出来たヘアバンド状の物がスタンドに引っかけてあった。

 前方は壁だが、目の前の二メートル四方だけが、回りの壁と材質が違う。

「これを着けて下さい」

 伝助がヘアバンドを俺のおでこに装着した。すると、前方の壁が光り、『ようこそ、楼欄歴史資料館へ』の文字が映し出された。

「調べたい時代と、キーになる言葉を言って下さい。音楽とか飛行機とか日本とか何でも、複数でも結構です」

 伝助の説明に従う。

「時代は、1980年代。南極、ウイルス、テロリスト」

「何か、物騒ですね」

「黙ってろ」

 10秒程で検索内容が出て来た。

 かなりの量だが、俺は丹念に調べる。まさかとは思うが、俺の事が書いてあるかも知れない。

 奴等もあれは公には出来ないので、心配の必要はないが、不測の事態でばれている可能性もある。

 全てを調べ終わるまでに、たっぷりと夕方までかかった。俺の不安は取り合えず、解消された。

 退屈して、部屋の隅で休んでいる伝助を叩き起こして、資料館を出た。


 日は既に沈みかけていた。それにしても、ぼやけた夕日だ。昼間はそれ程、気にならないが、暗くなると、太陽光線の弱いのがよくわかる。温暖化が進んでいるとレイが言っていたが、かなり大気が汚れているのだろう。

 家路に就こうと歩き出した俺を伝助が引き止めた。

「そうだ、旦那様。資料館の裏に、皇家の墓地があるんですけど、寄っていきませんか。一般にも開放されていて、誰でも入れますし。墓地のある丘から見る夕日は、とても奇麗だって評判ですよ」

 しかし、こんな夕暮れに墓地だなんて気味が悪い。俺は結構、幽霊だとかそう言う類いのものには弱いのだ。

「俺は帰る。行きたきゃ、お前一人で行け」

「そんな事言わずに行きましょうよ。素敵な場所なんですよ。後悔させませんから」

 伝助が俺の襟を引っ張る。やけにしつこい奴だ。しょうがないので、ちょっとだけ付き合ってやる。

 小高い丘を登る。道らしい物が無いので、自然の斜面を登るはめになった。まだ病み上がりの俺に、こんな運動をさせるなんてひどい奴だ。

「リハビリになって、丁度良いじゃないですか」

 勝手な事を言うな、馬鹿。

 何とか頂上まで登り切った。丘の上は広く平らになっていて、大きな墓石が一つ立っているだけだった。皇家の墓ならさぞ立派な墓なのだろうと思っていたのに、拍子抜けだ。それとも古墳のようにこの丘全体が墓なのだろうか。

 伝助が墓石に向かって飛んで行く。墓石以外にめぼしい物が見当たらないので、俺もそちらの方に歩いて行く。しかし、赤の他人の墓を参ってどうするんだ。花も線香も持って来てないぞ。

 俺がいるのは、墓石の裏側だ。何やら、文字が彫ってあった。皇家の墓とあって、漢字で彫ってある。意味こそわからないが、『始聖王』の文字が読み取れたので、恐らくこの楼欄が出来てから立てられた墓なのだろう。

 それから、ゆっくりと墓の前に回ったが、驚いた事に、そこには人がいたのだ。その人は墓の前で、正座して目を閉じて拝んでいた。

 頭は禿げているのか、剃っているのかは知らないが、髪の毛が全く無かった。しかし、まだそれ程の年ではない。いいとこ、四十くらいだろう。金や銀の飾りがついた着物を着ている。坊さんなのかも知れない。

 俺の気配に気付いたのか、坊さんは目を開けて、俺の方を見た。

「こ、こんばんは」

 邪魔をしないで立ち去ろうと思っていただけに、目が会った瞬間、つい、どぎまぎして、間抜けな挨拶をしてしまった。

「こんばんは、白河正夢さん」

 坊さんは、にっこりと笑った。笑ってはいるが、やけに威圧的な坊さんだ。それに、俺の名前も知ってやがった。俺は坊さんの中でも有名なのだろうか。

 しかし、俺が会った人間で、好意的に接して来たのは、レイとフィブリスのおっさんと、この坊さんくらいだ。それ以外の人間は、どことなく、無関心というか排他的というか、、形式的な挨拶しかされた事が無かった。まあ、俺が今までに会った人といえば、入院患者だけだし、そっちの方が、特殊なんだろう。

「皇家の方ですか」

 皇家の人間は、この楼欄では貴族以上の位らしいので、一人で護衛も付けずに墓参りなどするはずもないが、話しの切っ掛けが欲しかったので言ってみた。

「いえ、私はただの坊主。今日は、始聖王様のご命日ですので、参っているのです」

「あなた、一人でですか」

 普通、始聖王の命日などとなれば、国をあげての、参拝になるはずじゃないのか。ニュースでも、その事には振れていなかった。

「ええ、この世界の人々は死んだ人間には、あまり興味が無いのです」

「それじゃ、死んだ人はどんな扱いを受けるんです」

「昔ながらの葬儀が執り行われるのは希で、殆どの場合、死亡が確認され時点で、焼却処分に回されます。土葬なんてもってのほかで、そんな事をすれば病原菌の温床になりますからね」

 科学が進むとこんなものか。まったくドライな時代だ。俺も人の事を言えた義理じゃ無いが、もう少し死者に対する畏怖の念というのを持っても良いと思う。医者も仕事が無くなっているが、坊さんなどはさらに仕事が無いのだろう。

「あなたは、どうして拝むのです」

「それが、私に与えられた使命だから。始聖王様を始め、歴代の聖王様の墓碑をお守りするのが私の一族の仕事なのです」

「こう言っては失礼ですが、こんな時代に、先祖代々、仕事を受け継いで行くなんて変わっていますね」

 怒るかなと思ったが、坊さんは薄く笑って首を横に振った。

「そうですね。こんな事をしているのは、楼欄でも私だけでしょう。しかし、これも私の代で終わるかも知れません。この時代の人々は死者どころか、生きている人間にも恐れを感じていない。特に支配者階級にはそんな人間が多い。この国がいつまで持つかわからないですから」

「何故、変えようとしないのです。何もしなければ衰退する一方じゃないですか」

「あなたなら、やりますか」

 返答に困った。昔の俺はそれで、大失敗をしてしまったのだから。それに、今の俺はこの世界に紛れ込んだ、ただの客人だ、おとなしく生活して行く以外ないのだから。

「俺には、そんな力も武器もありませんよ」

「もし、私が武器と、力と、切っ掛けを与えたらどうです」

 坊さんの、目が光った。なんか、やばそうだ。

「荒唐無稽な話しだ。やめましょう空しくなるだけですよ」

「そうですか」言いながら坊さんは立ち上がった。「でも、結構私は、あなたに期待しているんですがね」

 過度な期待は迷惑だ。異世界から来た人間に、希望を託す気持ちは、わからないでもないが、それは無理というものだ。所詮俺は見世物なのだから。

 坊さんの動きに合わしたかのように、丘のかげから、黒い車が姿を現した。車は俺達の前に降りた。

 中から屈強な男が出て来て、車のドアを開けると、坊さんは、その車に乗り込んだ。男がドアを閉める寸前に坊さんが俺に向かった。

「それでは、いずれまた、お会いしましょう」

 一方的に言うと、ドアを閉め、車は飛び去った。

 結局、あの坊さんも、特権階級なんだ。いろいろ言っても、世の中を変えてしまっては、自分の首を絞めるようなもんじゃないか。所詮、本音じゃ無いって事だ。

 馬鹿らしくなって、すっかり、日が落ちて暗くなった丘を、伝助の照らすライトをたよりに、下って行った。


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