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 ちょっとだけ、立ち直った頃、伝助が戻って来た。

「どうです、見て下さいよ。ぴかぴかでしょ。なめたって平気ですよ。リンデちゃん呼んだって嫌われませんよ」

 今度は壁に押しつけて、ぐりぐりしてやった。

「わざと言ってんのか、ああー」

「わー、ゴメンナサイ。以後気をつけますぅ」

 聞きたい事があるので、取り合えず許してやった。

「それで、レイが言ってた仕事って」

 ソファーに座って、足を組んだ。

「そうですねぇ。簡単に言うと、タレントになってもらいます」

「何だって」

「何しろ、旦那様は世界中の注目の的ですから。不可能と言われたのが、復活したのですよ、他の冷凍睡眠から目覚めた方達とは訳が違います。そこで、各方面でハイドロフ先生がいかに素晴らしい人かを証明してもらいたいのです。医学的にも人間的にも」

 医学的にはともかく、人間的には証明する自信がない。

「そこで、指し当たっての仕事としては、テレビ出演と雑誌のインタビューに答えてもらいます。いずれは講演会や自伝の出版も予定しています」

「本なんて、書けないぞ」

「それは大丈夫です。私が適当に書きますから」

 昔からこう言うのは変わっていない。よくある話だ。

「明日はまず、テレビの仕事が3本と、取材が4誌入っています」

「殺す気か。俺は病み上がりだぞ」

「いやいや、ご主人様の原生動物なみの生命力を持ってすれば、なんて事ないでしょう。なんせ、自然冷凍で生き返るなんて、ゾウリムシぐらいのものですから」

 伝助の耳を両手で引っ張り、捻りあげた。まだ分かってない様だ。

「伝助くーん。君、なんなら喋れない様にしてあげようか」

「わー、それだけはやめて下さい。二度と言いません」

 いずれ、ぶち壊してやる。

「あと、楼欄聖王の、皇誅柩様とのご拝謁があります」

「中国人みたいな名前だな」

「皇一族は中国出身で、今、私達がいるここも、かつて中国のタクラマカン砂漠と呼ばれていた場所です。楼欄と言う名前も、遥か昔にタクラマカンに栄えた王国から付けられました」

「どうして、砂漠なんかに、都市を建造したんだ」

「文明が進むにつれて、土壌汚染が広がりまして、昔の都市として機能していた場所には人が住めなくなってしまったのです。ちょうど、旦那様のいた時代かぐらいから始まったんですよ。まったくもって、迷惑な話で」

 俺が睨むと、素早く逃げた。テーブルの下に隠れている。

「そ、それでですね。汚染されていない土地と言うと、砂漠か高山の山頂かジャングルぐらいなもので。山の上は不便だし、ジャングルなんて、病原体の巣に入り込む様なものですから」

 そうすると、楼欄の規模は思っていたより、かなり小さいみたいだ。

「それで、中国人が支配しているのに、どうして皆、日本語を喋っているんだ」

「いえ、皆さん先祖代々受け継がれて来た言葉を喋っていらっしゃいます。一時期は共通語なんて流行った時代もあったんですが、活動電位通話装置ってのが開発されたんです。簡単に言えば、翻訳機をあちこちに設置して、脳に直接翻訳内容を一ピコ秒で伝えるのです。同時通訳みたいなものですよ」

 言葉については、何となく理解出来たが、活字については、どう言う仕組みになっているのだろう。俺は病院で何冊も本を読んでいた。

「いわゆる、活字印刷をしていないのです。人間の目は網膜に映った映像を一旦、電気信号に変換して脳に伝えています。本には、電荷印刷と言うのが施されていて、本の側が読者の使用言語の違いを脳波から検索して、電気信号として、網膜に送り込みます。だから本をカメラなんかで写すと、ただのきらきらした紙に写ってしまいます」

 俺が見ているのは、まやかしの活字なのか。それどころか、今、見ている世界全てが、まやかしなのかも知れない。

 一つ疑問が湧いて来たので、伝助に聞いてみる。

「お前は、何語で喋っているんだ」

「私は旦那様に合わせて、日本語で話しています。何しろ私はかつて存在した全ての言語が話せますから。世界最高の電子頭脳なんですよ。はっはっはっ」

 いつの間にか、体から生え出した腕みたいな物を、何処が腰だか分からないが、腰に手を当てる様にして、威張っていやがる。

 どうも、こいつと話していると疲れる。ただでさえ、今日はいろいろあったので、まいっているのだ。

 いっそ眠ってしまいたかったが、まだ昼を回ったばかりだ。昼食も取っていない。そう思うと、急な空腹感に襲われた。

「腹が減った。めし」

「食料がありません」

 いくら不定金属でも、食料に変形するのは無理な様だ。

「金は」

「カードをハイドロフ先生から預かっています」

「なら、買って来い」

「えー、夜まで我慢しませんか。私、掃除なんかしたものだから疲れちゃって。ここらで、ちょっと一服させてもらいたいんですが」

「さっさと、行って来い。このボケ」

 俺は立ち上がり、伝助の片耳をつかんで、窓から放り出した。


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