病み

1

 約二ヵ月間の入院生活を終え晴れて自由の身になった。

 退院後に俺が住む家はレイが用意してくれているらしい。家まで与えてくれると言う事はかなり俺のおかげで儲かったのだろう。

 しかし、それよりも気がかりがあった。リンデの俺に対する態度だ。リンデは冷たかった。別に知らんぷりをされた訳ではないのだがいつもと変わらぬ対応しかしてくれない。もう少し寂しそうな顔をしてくれても良いと思うが、笑顔で見送られただけだった。

 実を言うと、数日前から、退院したらデートしようとしきりにリンデを誘っていたが一向に良い返事が帰って来ない。

 思い余った俺は、夕べ、病室で二人っきりになった時に、抱きしめてキスをしようとしたが、リンデは驚くでもなく、いつもの爽やかな笑顔で、『駄目ですよ。規則で禁止されていますから』とすかされて、俺もそれ以上、何もする気にならなかった。

 そんな事があったにもかかわらず、退院の時、リンデは何事もなかった様な態度で俺に手を振っていた。

 彼女も俺に気があると思っていたが、そうではないらしい。勝手に思い込んでいただけだった。しかしまだ諦めない。これからもたまに、検査のために病院に通わなければならないので、そのうちに落としてみせる積もりだ。

 そう決意して、レイの運転する車に乗り込んだ。湖に行った時より小さな車だ。乗用車と言った感じだ。

 初めて街の中を走った。奇麗に整備された静かな街だった。

 静かと言う表現は、的確ではないかも知れない。言い換えれば、人の気配のしない街。活気のない街なのだ。

 石とも金属ともつかない材質で出来た、立派な建物が並んでいる。形も曲線を多用した、俺からすれば、超未来的な建物が並ぶ美しい街並で、ゴミ一つ落ちていない。

 人も歩いている。しかし、何故か生活の匂いが伝わって来ない。

 病院で出会った人達もそうだったが、どことなく虚ろな生気のない人々だ。

 勿論、病院で元気な人はいないだろうが、元気に歩き回っている人達でさえこんな調子だ。昔もこんな兆候はあったが更に進んでいる様だ。

 ぼやっと、街を見つめていると、突然、車が止まった。家に着いたのだろう。

 しかし、俺の目に飛び込んで来たのは、全くの更地だった。所々に一抱えもあるブロックが置いてあった。それ以外には何も無い。

 まさか、ここでテントでも張って寝ろと言うのだろうか。

 唖然としている俺のおでこに、レイが手のひら大の金属片を張りつけた。

「正夢の住みたい家を想像してみて」

 訳が分からなかったが、レイの言葉に反射的に応じて家を想像していた。

 それは、漠然としたものだった。外見は周りの住宅と合わせた作りだが、中は畳の部屋とフローリングの部屋で、ソファーなどが置いてある。

 すると、更地に置いてあったブロックが一斉に変形を始め、見る見る家の形になって行った。

 呆気に取られていると、10分程で立派な家が立った。俺の家だ。

「心象立体工法よ。嵌雲物質に刺激を与えて、正夢の思い描く家と、あらかじめプログラムされている基本的な家を組み合わせて、想像に近い家を建設するの」

見惚れている俺に、言葉を続けた。

「さあ、入りなさいよ。遠慮しなくても良いのよ、貴方の家なんだから」

 背中を押されて、歩きだす。

 中に入ると、土間になっていた。俺は靴を脱いだ。

「いやだ裸足になるの。足が汚れちゃうし、ヒールを脱ぐとスタイルがくずれるわ」

 と、のたまい、レイは土足のままで廊下に玉歩を運ばされた。

 各部屋には、家具などもそろっていて、直ぐにでも生活出来そうだ。この家具類も不定金属とやらが変形したのだろう。

 一通り、家の中を二人で見て回ったが、そのために、レイの靴で家の中が早速汚れてしまった。これからは、レイのために家の中で履く靴を用意しなくてはいけない。

「それじゃ、私、忙しいから変えるわね。早速だけど、明日から働いてもらうから。詳しい事はこの子に聞いて」

 気がつくと、レイの隣に丸い物体が浮かんでいた。

 直径、30センチくらいで目が二つ、耳なのか、太いアンテナなのかが、両側面に生えている。時折、目がぱちくりする。

「正夢の相棒よ、可愛がってあげてね。また明日」

 唖然としている俺と丸い物体を残し、言うだけ言うとレイは帰って行った。

 暫し俺達は見つめ合う。可愛い女の子ならともかく、こんな不格好な奴とでは、全然嬉しくない。

「あの、何か言ってくれませんか」

 始めに喋ったのは、丸い奴だ。

「何だ、お前は」

「はい、私はアドニスb-NK、万能型電子頭脳です。旦那様の助手を仰せつかりました。以後よろしくお願いいたします」

 俺はため息をついて、ソファーに座り込んだ。こんな、ちんちくりんに面倒を見てもらわねばならない自分が情けなかった。

「この時代の、ロボットってお前みたいなのばっかりなのか」

 上目使いにロボットを見て言った。どうせなら、人間の女の子型のロボットにして欲しかった。

「ロボットではなく、電子頭脳です。あんな低級な連中とは、一緒にしないで下さい」

 俺の目の前まで降りて来て、苦情を言いやがった、生意気な奴だ。大体どう違うのか俺には分からない。

「まあ、いろんな型がありますが、例えば、ハイドロフ先生の病院にいる看護婦さんの様なのがロボットですね」

「おい、ちょっと待て。看護士全員か。リンデもか」

 俺の中に衝撃が走る。

「名前までは知りませんが、全員ですよ。今の時代、看護婦さんになる様な殊勝な人はいませんよ。ロボットと私の違いは、ロボットは決められたプログラムに従ってしか活動出来ません」

 丸い物体の声を聞きながら、俺は落ち込んでいた。まさか、ロボットを口説いていたとは。自己嫌悪に苛まれて頭を抱え込んだ。

 通りで、リンデが俺に対して、冷たかったはずだ。

「おや、どうしました。まさか、看護士に何かしたんじゃないでしょうね。駄目ですよ。彼女達に旦那様の期待される様な機能はありませんから。そこへ行くと、私なんかは、炊事、洗たくは勿論、ボディーガード、旦那様が商売をなさるのなら、秘書、会計士、はては弁護士まで、何でもやってのけます。残念ながら、旦那様がリンデとか言う看護士に求めた機能はありませんけどね。もっともそんな趣味があるんでしたら、そう言うロボットをご紹介しますけど、どうせなら、人間の女の子とお付き合いなさった方が、健康的だと思いますけど」

 一人でべらべら、際限なく喋り続ける物体を両手でつかみ、床に思い切り叩きつけ足で踏みつけた。

「言いたい事は、それだけか。お前にそこまで言われる筋合いはないんだよ。えー」

 言いながら、踏みつけた足に更に力を込めて、かかとでぐりぐりと床に押しつけた。

「わー、何するんですか、やめて下さい」

 丸い奴は、足の下でもがいていた。

 取り合えず、俺は恥ずかしさと、不満を丸い奴にぶつける事にした。

「お前、まだ名前がなかったな」

「だから、私は、アドニスb-NK」

「そんな長ったらしい名前で呼べるか。そうだな、べらべら良く喋るから、『伝助』ってのはどうだ」

「嫌ですよ、そんな変な名前」

「そうか、嫌か。なら伝助に決定だ」

「そんなぁ」

「早速、お前に仕事をやる。さっさと廊下を掃除してこい」

そう言うと、俺は伝助を思い切り蹴飛ばした。足の方が痛かったが、気にならない。

 伝助が壁にぶつかりながら、出て行った後、再び自己嫌悪に陥り、ソファーに突っ伏した。


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