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 目覚めたのは次の日の午後だった。後で聞いた話だが、昨日睡魔に襲われたのも、同じくらいの時間だったらしい。およそ24時間眠っていた。

 そのせいか昨日よりは頭がはっきりする。

 体も上半身だけベッドに起こせる様になり、看護士さんが車椅子で外に連れて行ってくれる事になった。

 ただし、車椅子と言っても俺が知っているような物ではなかった。今まで俺がベッドと思っていた物が、看護婦さんの操作で俺が寝転んだままで椅子に変形を始めた。それだけなら大して驚きもしないが、変形をした椅子には車がなかったのだ。空中に浮いている。仕組みを聞いたが良く分からなかった。ただ重力制御で浮いていると言う事だけが分かった。

 そのまま病室を出て人気の無い通路を通って広い庭に出た。ちょっとした野外センターのような広さだ。

 庭には数名の患者がまばらに点在していた。俺の様に椅子に座って看護士さんに付き添われている人もいるが自分で歩いている人もいる。でも歩くのが辛そうだ。リハビリでもしているのだろうか。

 俺の感覚ではほんの数日前の事なのだが、何故か1000年振りの暖かな日ざしが気持ち良いと感じた。

「この病院の施設は、楼欄一なんですよ」

 看護士さんが教えてくれた。俺がいる所は楼欄と呼ばれているらしい。それがどれ程の規模の国かは今のところ分からない。俺の時代には無かった国だから1000年の間に出来た国なのだろう。

 ところで、この看護士さん、名前をリンデちゃんと言う。大変可愛らしい名前だ。どことなく幼さが残っていて愛らしい。それに優しくて、良く気が利き、甲斐甲斐しく世話をしてくれるし俺は大変気に入っている。

 木陰に入ってこの病院やレイの事をリンデに聞いた。

「レイはここの責任者って言ってたけど。あんなに若いのに」

「ハイドロフ先生は代々医者の家系で、この病院も何百年も続く由緒ある病院です。先生は数年前に先代の院長からここを譲り受けました。今はまだ、25歳の若さなんですよ」

「へー、この時代の人って、頭が良いんだ」

「先生は特別です。何しろ、10歳の時からメスを握っていましたから。今や、この楼欄の医学界の中心人物。楼欄医師会会長を勤められています」

 あの、性格の悪そうなお姉ちゃんが、そんなに偉い人だったとは。人は見かけによらないものだ。

「ここは、患者が少ないようだけど」

「はい、大抵の怪我はその日のうちに治りますから。ここに入院しているのは、ほとんどが脳や内蔵、または、肢体の移植手術をされた方ばかりです」

 なるほど、それでは医者は儲からないはずだ。手術を見世物にでもしないと、生き残れない。医学が進み過ぎて自分の首を絞めてしまったのだろう。

 しかし、人を切り刻むのを見世物にするなんて、良い趣味とは思えない。それに、俺の手術の時は、たしか食べ物を食べていたように思うがそんな状況で良く食べられるものだ。

 俺達が話をしている所へ、一人のオヤジが近付いて来た。恐らくここの入院患者と思われる。太った巨体が、一歩踏み出す度に、大きく弾む。その揺れがここまで伝わって来そうだ。

「やあ、始めまして。確か、白河正夢さんでしたね」

 何故だか、オヤジは俺の名前を知っていた。

「ええ、そうですけど」

 きょとんとしている俺に構わずに、オヤジは大きな身振り手振りで、話を続けた。

「夕べの報道特番で見ましたよ。いやー、私も貴方の蘇生手術を拝見したかったなぁ。知っていれば入院を遅らせたのに。まったく残念です」

「すいません。正夢さんは、目覚めたばかりなので、あまりお相手が出来ないのです。元気になったら仲良くしてあげて下さい」

 返答に困っていると、リンデが助けてくれた。

「おお、そうでしたな。これは失礼。私もまだ、ここに当分入院していますので、元気になられたら、昔の話を聞かせて下さい。私もこの世界の面白い話しをお聞かせしますよ。それではまた」

 オヤジは俺と握手をして、風船が弾む様に病院の中に消えて行った。

 暫くオヤジの背中を茫然と見送った後、リンデを問いただした。

「何で、あのおじさんが俺の事を知ってるの」

「夕べハイドロフ先生が報道番組に出られて、正夢さんの手術の様子と術後経過を発表されましたから。正夢さんの事は全国で知らない人はいないと思います。多分、今楼欄で一番有名なんじゃないですか」

 眠っている間に、そんな事になっているとは。助けてもらったのは、有難いが、これではプライバシーも何もあったものじゃない。

「これは、今まで蘇生手術を受けた人達も同じです。皆さん自分の体験談や、昔の様子を書いたりして、収入を得たりしていらっしゃいます。正夢さんも多少の事は我慢して下さい」

 俺の心の中を察したのか、リンデがレイをかばうような発言をした。

 確かに、それも一理ある。辛抱するしかないのかも知れない。ほとぼりが冷めるのを待っているしかないのだろう。

 しかし、リンデは俺の他にも蘇生手術をした人がいると言った。

「その人達って、俺のいた時代の人達なの」

「はい、20世紀の人達です。ただ、正夢さんと違うのは、その人達は自分から冷凍睡眠に入った人達です」

 そう言えば一時期、そんなのが流行った時期があった。現代の医学では治せない病気を何十年、何百年先の未来で治すために、体を冷凍保存すると言うやつだ。俺は現実的じゃないと思っていたが、本当にする奴がいたなんて驚きだ。

「正夢さんとの大きな違いは、その人達は始めから蘇生を目的に冷凍していますから、遺体の処理も万全を期しています。それでも大変難しい手術なのに、夢さんは自然冷凍なので更に蘇生が難しく、それだけに注目を浴びているのです。何しろ、不可能と言われていましたから」

 いよいよ、珍獣扱いを受けている気分になって来た。その内、動物園にでも入れられるのではないだろうか。

「その人達は今、何処にいるの」

「各地で、蘇生した各先生の庇護のもと、幸せに暮らしていらっしゃいます。法律によって、蘇生させた医師が、その後の面倒を見る事になっていますから」

 なるほど。名誉を得た分、術後の処理もしろと言う事か。

「それじゃ、俺の面倒はレイが見てくれるの」

「そうです。だから安心して、しっかり療養して下さい」

 しかし、レイは医学界の大物で、金持ちかも知れないが、あのお姉ちゃんは、性格に少々難がある様に思うので、手放しで喜んでいる訳にもいかない。以外とこき使われるのではないかと心配だ。

 俺には、まだまだ聞きたい事があったのだが、検査の時間なので、残念ながら病室に戻らなければならなかった。

「検査ってどんな事をするの」

「脳滋波を計ったり、内蔵各部の機能を調べたり。あとは薬の投与なんかです」

「注射なんかしないよね。俺、注射苦手なんだ。でも、この時代の注射って、昔の針を使ったやつじゃないでしょ。もっと進化してるんだろ。塗るだけで浸透するとか、レーザーで照射するだけとか」

 子供の頃の予防接種の時、俺を刺した針が注射器から抜けて、腕に針だけが残ってしまった。子供の俺にはそれがかなりの恐怖としてトラウマになっている。

「残念ながらそれだけは、昔から少しも変わっていません」

 リンデは、血の気が引いて気を失いかけているいる俺の心境をよそに、あどけない笑顔で答えた。

 逃げる事の出来ない俺は、無言のままリンデに車椅子を押されて拷問部屋へと連行されて行った。


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