第8話 遭遇

【親方、ある程度絵のことについて分かりましたよ】

「おお、そうか。で、どうだったんだ?」

【結論から言いますと、ここにある絵は我々人の歴史を描いています。昔は地上というものがありました。森や山、川や草原。今俺たちがいる壁というものは無く。あったとしてもものすごく小さな崖といわれるものしかなかったようです。】


 親方は、しばらく呆然としている。5秒も経っていないころに動き始めた。


「話のスケールがでかすぎないか?森は聞いたことがあるが川ってのは何だ?」

「それに、草原というのも知りたいです」


 二人の疑問はとても答えにくいものばかりだ。俺もあまり知らないんだから。しかし、簡単に説明するならば。


【川は水が地面を奔っているもので、草原は草と言われるものがあたり一面に広がっている場所ですね】

「説明されても想像がつかねえ」

「ですねえ」


 当然だろう。ここにいる人間はここ以外を知らないのだから。

 とりあえず、ここは昔にいた人が描いた絵である。つまり、昔は絵に描いてあるものがあったということだ。


「そういうことか。ここは昔に作られたはいいけれど、作られた以降誰も来なかったのか」

【たぶんですけど、そうですね】

「それを今回私たちが偶然見つけたということですか」

「奥の部屋には何も無かったけどな。椅子みたいなものがあったから、人が集まる場所ではあったみたいだな」


 俺は奥のほうを見ていないからわからないが、そのようなものがあったらしい。昔の人はここまで掘ってきて、絵を描き埋め立てたか。それとも地上というものが無くなった様に、ここも人が来れなくなってしまったか。このどちらかだろう。

 ここでの調査はあらかた終わったため、次は俺も奥のほうに移ろうと思う。


「奥に行くのか?あっちのほうもある程度見終わったけど、人の目は多いほうが何か見つかるかもしれないからな。明日にでも行くか。ノアも行くよな」

「はい、私はリラン君と同じ組ですから一緒に行きます」

【じゃあ、明日にでも行こうか】


 今日の調査はこれで終わりだ。絵の間は上の方を見ていないけれど、人の歴史に変わりは無いだろう。なので、奥を見てからにでも遅くは無いだろう。


***


 今日は奥の調査をする予定だ。すでに親方たちが見ているため、特に何も無いだろうが一応ということで。

 持って行くものは特に無いため今すぐ行くことも可能だ。しかし、前回の石版と同様何があるか分からないためいろいろ持っていこうと思う。


【保存食、石筆、明かりのための光石と寒かったときの毛布。他に持っていくものあるかな?】

「う~ん、他にとくにはないと思いますよ?」

【じゃあ、親方たちも先に行ってるし、行こうか】


 今回は準備万端で行きたいため遅れてでも確認をしたかったのだ。それに、奥の調査はほぼ終わっているため遅れてもいいのだ。

 奥の広間に行く道の右側を初めて通るわけだが、特に何も無い。隅のほうまで見ているのだがただの道にしか見えない。それに越したことは無いのだが。この後左側の道を見ても何も変わったところは無いだろう。


「親方さ~ん、来ましたよ~」


 親方は広間の教壇らしき場所の前にいる為、そこそこ距離がある。なので少し声を張って呼ぶ必要があるのだ。

 ノアが叫んだ声に気づいたらしく、話を中断しこちらにやってきた。


「やっとこっち側に来てくれたか。ここは何も無くて少し詰まらんからな、退屈する」

【まだ一週間しか経っていないですし、いままでもこれからも何も無いほうがいいですよ】

「そうですよ親方さん、何も無いってことは無いことが分かったんですから」


 ノアが少し哲学っぽいことをしゃべっている間に俺は広間の様子を見ていた。

 建材を見るからに絵の間と同じ時期に作られたと見える。このぐらいは親方も分かるだろう。他に見てわかることといえば家具の配置から何をする場所なのかを推測することぐらいか。三人用の椅子が一歩方向を向いて横に四列、縦に六列ある。椅子の前には教壇らしきものがあり、その後ろには大きな台があり、その上には大きなものを置いていただろうことが周りに散らばっている大きめの石から見て取れる。


【たぶんですけど、ここも大昔の人が作ったんでしょうね。私たちに大きな石造を作る技術はありません。今も昔も】

「そうだな、しかしここは何で作られたんだ?リランが絵の間と呼んでいる場所は俺たちに歴史を教えるための場所だろ。ここの必要性が見られねえな」

「ほんとに荷物置き場として使っていたかもしれませんよ?」

【それは無いと思う。荷物置き場として使っていたなら、多少なりとも荷物の残骸がここにあるはずだから】

「そっか」


 しかし、ここにあるものは石で出来た椅子だけだ。他にこれといったものは無く、いったい何のために作られたのか検討もつかない。小さくても多少なりの情報がほしいものだ。


「親方、見つけました!椅子に何か書いてあります!」

「なに!わかった、今からそっちに行く」


 広間の調査をしていた一人が何か見つけたようだ。


【どんなものが書いてあるんでしょうね】

「一回見てみなければ分からん」


 何かが書いてある場所は入り口から見て一番左前側だ。こんなところに書くのだから人に隠したいことでもあったのだろう、それが何なのかは今の俺たちで分かるかどうか。


【文字ですね】

「しかし、何て書いてあるかがわからねえ。今の俺たちが使っている文字ではないな」

【時間が経つにつれて文字が変形でもしたんでしょうか?】

「かもしれんなあ。今までが全部絵だけだったのが痛いな、解読するのが難しいぞ」

【文字が変形していったのなら、俺たちがこの椅子に書いてある文字を変えて、今ある文字に似せて行ったらどうですか?】

「だが、それは恐ろしく時間がかかるものだぞ?大丈夫なのか」

【やってみなければわかりませんよ。もしかしたらこれが最短距離での解決なのかもしれませんし】


 たしかに時間はかかるかもしれないが、やってみないことには始まらない。問題は発想が出てくるかどうかだ。

 俺がまずやったことは、文字を写すことだ。いつまでもここに居座るわけにもいかないからな。写しているときに何か思い浮かぶかもしれない。写す石版はいつも使っているものとは別のものに書いている。準備しておいてよかった。


「さっそく使っているんですね。持ってきておいてよかったです」

【そうだね、使うかどうか不安だったけど】


 そのとき、どこからかお腹が鳴る音が。


【誰かお腹がすいているのかな、もうすぐ昼の時間だし】

「そ、そうだね!お昼の時間だし、お腹がすいていてもしょうがないよ!」

「そんな、顔を真っ赤にさせても説得力がねえよ」

【ライラ、その手に持っているのは何?】

「飯、リランは手が離せないだろうからって親方が」

【ありがとう】

「ノアも、そこまで落ち込む必要は無いだろう」


 ノアは少し離れていじけていた。ライラが茶化したからだろうか。それとも何か気に障ることでもしたのだろうか。それはともかく、今はご飯にしよう。


【今日の昼は何?】

「魚のムニエル」

「お魚ばっかりですね、お肉も少し食べたいです」

「しょうがないだろ、牛とかの全体数が少ないんだから。乳が出なくなるまで待ってろよ」


 二人は食べながらしゃべっているが、俺は石版に書き込めないため二人と会話することが無い。しかし、二人はそんなことを気にしないでいてくれるので、こちらも気にせず食べることが出来る。

 そのとき、広間全体が揺れた。


「なんだ!」

「きゃあ!」


 二人が騒いでいる、今ここにいるのは俺たち三人だ。他の皆は拠点にいる。今ここで騒いでいても届きはしないだろう。あちらもこちらと同様に揺れていなければ。

 揺れが収まるまで近くにある椅子にしがみ付いているときに気がついた。椅子にさっきまで無かったひびが入っていることに。周りを見渡してみると、椅子だけではなく部屋全体に入っている。


「リラン!ノア!今すぐここから離れるぞ!」

「分かった!」


 俺も頷き移動を始めようとするとき、

 俺達は盛り上がった拍子に地面の裂け目に落ちていった。落ちていく途中、赤い目をした蟲と目があった気がした。

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