最後の伝言

 夕暮れの道を、パンドラは全力で走っていた。既に脚は泥だらけで、何か破片を踏んで傷ついている。

 ただ一つの使命の為に走らなければならないことが、とても彼には辛いものだった。自分の一番思った通りに行動できなかったことが、例えると死よりも辛いかもしれなかった。


『すみません! 私に、何もできることがなくて!

 今の私では、どうにもならないんです!

 許して下さい!』


『ありがとう、パンドラ。

……魔神を倒せなかったことが、悔しいんだ……』




 最後に交わした会話が、何度も彼の脳裏に浮かんでは消えてゆく。そのあと自分は、閉ざされた大広間の入り口で泣き叫び、向こうから何も聞こえなくなったことを何度も確認して、小さな盛り土のあるところとすれ違い、自分の使命を遂行する為、そこを離れ、……もう振り返らずに……、夕暮れの道を全力で走り始めたのだ。

 アパートに戻って来ると、マユミが三人のいた部屋の前で待っていた。見上げるパンドラ。


「パンドラ、……何か、あったのね」


 彼女はパンドラが飛び出して行ったことに気付いていた。


(この人には、嘘をつけない。……全てを、見てもらうしかない……)

 パンドラはドアを開けてくれ、と一声吠えた。マユミが開けると、さっと彼は中に入り、一番奥の部屋に進んだ。マユミもすぐあとから来た。

 パンドラは首に付けてあった小さな水晶球を床に落とした。それはひとすじの光を発し、壁にあたり、まるで映画のように画像を映し始めた。



『魔天王様……僕達は……魔神を倒すことができませんでした……』


 ひびの入った大理石の床が映り、か細いハヤテの声が聞こえる。床の汚れ……罅以外に鉄の破片や煤のような黒ずみ、散らばった魔法石、服の切れ端……血のり……鮮烈な戦いが繰り広げられていたことが、マユミにはわかった。


 映像は奥にある鏡をとらえた。

『み、みなさん!』

 誰か若者の声が響く。マユミも自分の目を疑った。三人が、鏡の中に閉じ込められている。まるで水中にいるように、ゆっくりもがいている。

「どうして? どうして、こんな所に?!」

マユミは半泣きで叫ぶ。映像は続く。

『パンドラ、来てくれて、ありがとう。魔天王様に、伝言を頼むよ』

『あの入り口、生きてるみたいだから、早くしないとな』

 ハヤテとダイチの声が弱く聞こえてくる。三人の姿は、見るに耐えられない程無残に傷ついていた。でも、マユミは目を背けることなく、しっかりと見つめ続けた。

『それと、マユミちゃんに……

 マユミに……

「ありがとう」って、言っておいて』

『俺の分も、ショウの分もな』

 ハヤテとダイチが付け加える。ショウはもう話す力もなくうつむいていたが、左手を上げて、まるで『じゃあな、』とでも言うかのように小さく振った。

『さあ、早く逃げて! パンドラには、を魔天王様に渡す使命があるんだから!』

 映像が少し遠くなった。鏡から離れたのだろう。

『すみません! 私に、何もできることがなくて!

 今の私では、どうにもならないんです!

 許して下さい!』

『ありがとう、パンドラ。……魔神を倒せなかったことが、悔しいんだ……』



 ハヤテの言葉を最後に、映像は真っ暗になった。

 静寂が流れ、壁が元の色に戻った。

 マユミは肩を落とし、うなだれ、声をあげて泣いた。




(第一部 完)


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