ミラクル・マジック(上)


【奇跡の呪文を】


 マユミはユシトとジンに再会し、この後の計画を進めるために、まずはしばらく休養を取ろうということになった。マユミはユシトの小屋のヘッドに倒れる。すぐにやわらかい眠気に包まれた。……



 ……手洗いに起きた後、マユミは思い出したように、脇机に置いてある重厚な本を開いた。これはハヤテが地球へ持ち寄っていたものだ。



「『封印魔鏡』、

 歴史上最悪とされる、鏡の精霊『エヴィル=ミラ』が住んでいる、万物を封印する鏡」


「鏡に封印された者をとり戻す方法は、現在も確定されていない。魔導師の最上級呪文によって、封印を一時的に弱めたという噂が、語り継がれているのみである」



 これは魔法の百科辞典、現存する255冊からジンが写本したものだということは、魔法使いの修行中に教えてもらった。原本はこの小屋や魔天王の城の図書館、あるいは魔王城のホウ、ホウ=オウル=ヴォルトの書斎にあるとされる。


 魔法使いは語彙を増やし多彩な魔法を身に付けるために、写本も行う。ハヤテにはとにかく時間が無く、わずかな写本の紙束は本に綴じられるほどの量にならず、代わりにあの本を持たせた、とジンにきいた。それはマユミも同じで。





 魔界での数日後。


 ユシトは当時の状況を知るパンドラを呼び、マユミふくめユシト、ジンの四人で小屋のテーブルを囲んだ。

 マユミが次に戻るのは、満月の夜の次の日、つまりハヤテ、ショウ、ダイチが闘いのあと鏡にとらわれた2日ほど後になる。


「まず、ハヤテたちがやっていたように、魔神を探す術で、いないか調べるんだよ」

「はい」


「焦るとかえって良いことにならない。朝を待つんだ。あの手の奴は、光を忌み嫌う」

 しかしそれも「そのまま」鏡があれば、の話である。魔神が持ち去っている可能性もあり……四人は綿密に話し合った。





 * * *





 再びマユミは地球に戻った。朝日がみえる頃には三人を奪還する、そう誓って。


 マユミとパンドラは大きなクレーン車を横目に、禍々しい力のかかった隠し扉……鉄骨が積まれているようにみえる…を開ける、風の呪文を重ねがけして。これが一番マユミにとってコストのかからない扉の開きかただった。丸く開いた空間にふたりは侵入する。


 わずかな光で足元が青く光った。誰かが何か小さなものを埋めた盛り土に、魔法石がひとつおいてあった。


(これは、きっとハヤテ君が)


 扉を通ってからパンドラは、自分のスタッフを水平に掲げ、ユシトから預かっていた羊皮紙をひらく。彼も1格の魔法は普通に扱えるので、ユシトの能力を一時的に借りる。


「ティライトよ、魔導師ユシトの名において命ずる! この暗闇を光で抗え! ルイーディーライト!」


 ふっと手をあげると紙は舞い上がり消滅すると同時に、まばゆい光が杖からひろがる。数秒後には内部の全容が照らされた。中央を進んだところに、もうひとつの真っ黒な扉がある。


 社会見学で冷凍食品の倉庫を見に行ったことがあるが、ここはそれよりも冷たい冷たい気で満ちていた。ブーツをはいているのに、裸足で氷の上を歩いているようだった。


 こんなに冷たいところの奥底で、みんなは。

 マユミは涙を浮かべながら震えた。




 重厚な方の扉は、ジンからの羊皮紙を開き、それに風の呪文をプラスする。その扉も溶けるように中央から丸形に開いた。後ろを確認したが、予想よりはじめの扉はしっかりと開いていた。

 マユミはひとつ深呼吸をして、前を見る。

 ルイーディーライトによって反射する、鏡があった。


「……っ、」

 一気に駆け寄りたかったが、ひとつずつ着実に目的を遂行しなければならない、そう魔導師マユミは肩を軽くならした。


 マユミは腰ひもにつないだままで紅玉の杖を床に置いた。ハヤテは水晶玉で探索サーチを行ったが、持ち物を限りなく減らすことと、紅玉でも効果は変わらないので、探索は杖で行う段取りとしていた。


 ここはユシトやジンの羊皮紙チートは使えないので、わずかに魔力を消費してマユミは探索を行う。


 紅玉は内部でくるりと光を一巡させ、消える……目的魔神が術を唱えた者の届く範囲……今回はこの空間周辺……にいない、という結果だった。


 マユミはパンドラと目を合わせうなづく。次の段階へ進むことを決めた。一歩一歩、鏡に向かう。普通なら目の前の者を写すはずが、真っ黒に輝くだけで、なにも写さない、これだけで鏡が普通ではないことがわかる。

 単眼鏡で冷たい表面に触れる。カツリ、と音がしたが……人の影が3つ、見える。マユミの鼓動が早くなる。まだだ、あとすこし……。三人が本当にここにいるかも、まだわからないのだから、あのときの瞑想の世界で見たように。


 鏡から一メートルほど離れ、マユミは杖を石床に立てる(魔力をもって)。腕を広げ、紅玉の輝きをたしかめる。


 パンドラは後ろから朝日が差し込み始めていると気づいた。二枚の扉はまだもちそうで、このままいけば朝日の加護も得られるかもしれない。きっと成功すると強く手を握った。



 マユミは詠唱を開始した。--それは、初めてぶ名前。パンドラにはそれはリグ古代語だから、古い古い子供の歌のように聞こえる。




 --ゆめをゆめと みとめたときから はじまる--

 --そらをそらと みとめたときから はばたく--




 マユミの周囲に、マユミを慕うように地球の粒子スピリチュアルズがとりまき、それらも朝日をうけて輝く。


 --きせきをきせきと みとめたときから うまれるもの--



「魔法のすべてを 守り慈しんだ貴方は今、どこにいますか?

 もし、私の声が届くのならば……どうかその、奇跡の力を、私に貸して下さい、


 奇跡の精霊『クイーン』」




 魔法百科辞典、255冊目にほんのすこしだけ載っている……、その精霊の名前は--奇跡をつかさどる『クイーン』という。


 マユミを中心として、まるで4格の風の呪文が発動しているほどのうねりと、同じく4格の光の呪文が今はじけようとするほどの輝きが鏡に向かおうとしている。どんな術式でを呼んでいたかという記録も、ちぎれ飛んでいた。かといって、儀式をする必要もないのではないか、と言ったのは辞典を貸してくれたホウである。


「短き命の人間のお嬢さん。きみの世界では、トラジショナルなんて言葉があるね。ホールド・トラジショナル。もちろん大事だ。でも。フェスティバルだって、お嬢さんのご先祖様から、一挙一動、なんてのはあるのかい?」



 この呼び方が、この詠唱の方法が、正しいかどうかではなく。



「クイーン、私は。貴方に会って、叶えてほしい夢があります!」



 マユミは全身で、自分が今一番会いたい精霊に願いをぶつける。




「この鏡の中から、私の大事な人たちを救い出したい!


 ---この思い、奇跡に変えて!


 ---巻き起これ、最大の奇跡!



 ---『ミラクル!』」















『バンッ、』


 周囲の光源が一気に消えた。--いや、一瞬だけこの空間とどこかがねじれて戻った、と視力を戻しながらパンドラは体勢を立て直す。静かな明け方……目の前の鏡の奥で、赤い光が点々とみえる。マユミは(腰ひもをつけていた)紅玉の杖とともに、消えていた。


「マユミ!」

 パンドラの叫びで、


「マユミ!!」


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