魔界大戦-ストラ・グル-後夜(青い月夜~黄金の河~青い月夜)
【青い月夜】
「大戦は、魔天王軍の勝利」と伝令が歩き回る。負傷した兵士はぞろぞろとそれぞれの営舎に引き揚げる。ただ、伝令はあの場所には近づかなかった。
強い魔力が発動された場所は、暗闇に明かりが流れたときの残像のように、時間をかけて減衰するものの、(魔力を扱うことに)慣れていない者が誤って踏み込めば、行き場を失い漂うそれにダメージをくらう。
「これは無理だね」
ユシトは
「……」
ジンは紅玉の杖を探し当てた。ほのかに輝いていて、まだ「持ち主が生きている」ことは解る。どういう状態か、は除いて。
なのでふたりの魔導師はできるだけはやくマユミを救出して、回復の魔法なり薬をつけるなりしたかったのだが……、
「信じよう、マユミを。おまえも、いつまでも突っ立って待ちぼうけるようなこと、」
「無理だと言ったろう?」
傷を負った他の魔天王軍の仲間の救出に、向かった。
激闘の中心地、パキリと周囲の石礫を鳴らしてデイストはようやく身を起こした。どうやら、マユミを手加減なしで攻撃したつもりだが、相討ちになったようだ。ごろんと仰向けになり、あははと笑った。
「すげー、おもしろかった! あっはは」
「軍として負けていれば意味が無いわ!」
覗きこむ、魔王。
「おやじ」「親になった覚えはない」「え、負けたの?」
ふん、とそっぽをむいて、魔王は機嫌が悪そうにガンガンと小さな岩を踏み砕きながら、さきの衝撃で崩れた魔王城壁のほうへ消える。つづいてデイストを見たのはホウだ。
「ほっほ、なかなか、インタレスティンだったね」
「インタなんとかはよくわかんねぇけど、じいさん、見てくれたか? マユミの魔法!」
「もちろん。ユシトの若い頃も、あんなだったか……」
「あんなばあさんと比べんの? マユミ、ホウじいさん、あんなこと言ってるぜ……」
と、起き上がってマユミに笑いかけるつもりだったが、マユミはいなかった。
「? え? マユミ? 帰ったの?」
「無理をしすぎて、死に瀕するところも、ユシトに似ておるね……」
妖術『千里眼』を完成させて、ホウはさらに小さな術で小石を投げるように飛ばす。「そこにいる」
デイストは猛然と飛びつき、大きな岩をはがした。
「マユミ!」
四肢に大きな傷は無いが、マユミは問いかけに応えなかった。
「ホーリィ?」
ホウがそう呼ぶと、聖霊ホーリィはすぐに姿を見せた。痛々しい表情だ。
「相当な力をかけてしまいました。引き戻そうとしたんですが、間に合わなかった」
「それもデスティニー、運命だろうね? 魔法使いが魔力に負けて
「ですがマユミは--」
「おや? その娘っ子は、訳ありかね? インタレスティン」
ホウの丸い目が、くるくるとめぐる。
魔王城の損害は、窓枠がいくつか衝撃で砕けたと、側近が告げてきた。こんな
「……
その隙をうかがっていたのか、現れたのはファバーンだった。闘いの疲れと、不安を表情に出していることは、ほかの部下たちにも鈍感だといわれる魔王にも見てとれた。
「まあ、あんな魔導師を持っていたら、さすがになあ……」
「専属契約を、ほどいていただけませんか」
「……んあ?」
「マユミ! 起きてくれよ!」
デイストはもう一度呼び掛けた。たかだか百年生きられないヒトのこと、これまでも戦いで幾度と倒れるところを見ていた。
「えっと……」
バキバキと装備を解いて、綿をすくうくらいのちからでマユミにそっとふれる。温もりはあった。
「こういうとき、どうしたらいいんだ? ファバーン?」
居るはずだが、こちらも返事がない。エネルギーを与えるような炎の呪文はあったと思うが、使ったことがないのでやり方を忘れていた。手持ちの魔術ではたぶん、マユミを焦がしてしまいそうだ。--そういう用途ではないから。
物心ついてからはじめて、デイストは、白魔法のひとつでも手に入れておくべきだったと思った。
「おい、
専属契約ではないと言っていたが、かれなら彼女の気付けをできるのではと呼んだが、シルフは現れるなり猛然とつっこんできて、デイストは条件反射で受け身をとって殴り返した。
「何しやがる!?」
「マユミになんてことをしたんだ!」
「シルフ、落ち着きなさい!」
もちろん精霊本体には打撃は効かない。ホーリィは、激昂するシルフを止める。
「あなたにもわかるでしょう? マユミの身体には傷がついていない」
ホーリィやシルフ、さまざまな味方が呈した魔法はすべて成功し、マユミを護ったのだ。さらに、デイストの技をも抑え込んだ。しかし、魔導師といえど、力を使いつくし、生きる力まで削りすぎた。--マユミは起きない。
「……っ、」
デイストはそっとそっと、マユミを抱き起こす。たしか、サラとリュートがこんな感じで、肌を寄せていた。どういう気持ちかなど、これまで全く知らなかった。
「さっきからずっと命の風をかけているんだ、それでも……」
シルフは呟く。……マユミの髪は、やわらかく揺れていた。
【黄金の河】
遠くに、寂しげな
さきの戦場ではなかった。魔法で転移した記憶はない。これまでのダメージを感じず、一歩踏み出すと、身体はふわりとした。
琴は単調に『魔導師の詩』の旋律を繰り返す。風の音はしない。
黙想の修行の時よりも、体重を感じない。そういうところとも違う世界に居ることは理解した。ここは行き着くところか、帰りつくところか? マユミは
夕暮れか朝焼けか判断のつかない、オレンジ、紫、赤、黄色。やがてたどり着いた川のほとりで、向こう岸のさらに向こう側に太陽のような丸い光を見た。その陽は沈むでも、昇るでもなく、じっとしていた。
一羽の鳥、鳩よりは大きな--動物園で見た鶴よりは小さな--白い鳥がさっと向こう岸から飛んできて、ふわっとまた帰ってゆく。
(追いかけたほうが、いいのかな?)
流れる川の水は、音なく金色にきらめいていた。
しばらくマユミは着かず離れず、鳥の行方を目で追いながら川岸を歩いた。家の側の川よりは向こう岸は近く、石を投げて二度三度跳ねさせれば向こうに届きそうだ。……あの川で、石を投げて遊んだ時を思い出した。……そのあと、三人がそっと手のひらにのせた石のぬくもりも。
『隠さないで!』『行くんだ……魔神のところへ』
あのときはあのときでとても驚いた。しかし、あのときは……手のひらからつながる腕、肩口にかけて、半袖のTシャツを着ていたか。今は袖口にいくつかの腕輪、織物の衣。こんな時が来るなど、想像もつかなかった。
--白い鳥は向こう岸に降り立つ。--今ならそっと近づけば、ふわりとした頭を撫でられるのではないだろうか。--マユミは一歩、河に靴を踏み入れた。
やわらかくあたたかい流れだった。ぱしゃりともいわず、足首まで浸からないほどの浅い川。転んでもほとんど濡れないだろう。一歩、一歩と鳥のそばに向かおうとした。
向かおうとしたが。
誰かに、止められた。後ろから肩をつかまれ--
誰かに、抱きしめられる。
誰かはわからない。声も、これまでに話した誰かと特定できない。いや--その声はこれまでに出会った人、皆のものが、重なり調和していたのだ。
『行かないで』『ダメだ』『行かないでください』
『今はまだ』『早すぎる』
『マユミ』『君の夢は』
マユミはそのまま、ぼろぼろと涙をこぼした。あの鳥にも触れてみたい。でも本当にそうしたいのか? 君の夢は、と問われて、河を渡ろうとする自分を抱きとめる誰かを振りほどけないのか。
『君の夢は、』
「わたしの、夢、は……」
伸ばしかけた腕、踏み出しかけた4歩目を……マユミは引き戻した。白い鳥は憂いげに、頭をかしげる。
「ううん、あなたが嫌いじゃないの」
ゆっくりマユミは首を振った。
「ごめんね、わたし、大事な夢があるの。まだ、渡れない」
――全身が鼓動した。
「!」
――これ以上、ここに居るべきではないと気づいた。先までの、あたたかな気分が、すっとさめゆく。
はっと後ろを向いても、あの誰かは――どこにもいなかった。
(またね、またいつか)
そのままマユミは、鳥や河から、何も無いほうへと、歩きだした。足音もなく5歩、6歩とゆくうち、琴の音も、聞こえなくなった。
【青い月夜】
「……」
重力を再び感じて瞳を開くと、誰かのしっかりとした身体に、
「……デイスト?」
少し汗のにおいがする黒に近い深緑の髪が、声に反応して頬にかする。
「マユミ……気づいた……!」
さっきまで闘っていた相手に、攻撃の意思は無く、剣を握りしめていた手のひらは、背中に回っている。
「えっ……」
急に意識が冴えて、マユミはこんなに近くに父や親戚以外の異性の顔を見たことがなかったから、緊張して顔を赤くした。
ほどなく、精霊たちが二人の間に割って入る。
「マユミ……マユミ、よかった! よかった!」
「マユミさん!」
シルフとホーリィは、浮遊して取り囲み、ホーリィは早速
「なるほど、アンダスティン、これはこれは強い魔力! ユシトお嬢さんにも、伝えてやろうかね? まあジン=ジモフ君ももう、杖の輝きでわかっているだろうけどね」
ホウは
「さてはて、すこし、大人になったのかもね?」
自由風が、吹いた。
今度は音がした。
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