魔界大戦-ストラ・グル-
上弦の蒼月、漆黒の時。忘れ去られようとする魔術の伝承をわずかに繋ぎ止める、
遠くの魔界の果てと呼ばれる、荒涼とした平地、遥か遠くに魔界の城下の明かりがともる。大戦のために集結した
「とどめを刺す必要は無いよ」
両方の腰脇に、細身の鉄の杖を装備し、深緑色にえんじ色の差し色が鮮やかな法衣に実を包んだユシト=レディエルはつぶやく。何度も紅玉の杖の持ち手に布を巻き直していたマユミの手に、また汗がにじむ。自分の白地の法衣も、初めて袖を通すが……見た目よりもずっと軽く驚いた。同じ布地で黒に近い紺色をまとうジン=ジモフ、この3名が、今回の魔界大戦における魔天王勢の魔導師である。魔王勢に魔導師はいない。しかしながら、魔剣士デイストを筆頭に、騎士軍団の実力に毎回、魔天王勢は苦戦を強いられる。
3人の魔導師は、魔天王の衛兵や使いたちとともに、はるか遠くに魔王城が見える道程に並んだ。同様に魔王の軍勢、幻獣も含めたメンバーも、ほぼ一直線に魔天王陣と向かい合う位置に配していた。
「魔界空天王ギルファー・レビンが第一使、ルー=パンドラが、我が王に代わり大戦の布告を諾したことを宣言致す!」
先頭に立っていたパンドラも、薄緑色の帯をしっかり肩に巻き、腰に銀の杖やダガーを備え、魔天王から預かった刻印入りの巻物を読み上げる。その声が嵐の向こうにはねゆく頃、地鳴りに近い返答が弾き返ってきた。
「魔王サタンが第一使、デイストだっ! しっかり聞いたぞ! かかってこい!!」
すべてをはらい、デイストは磨き上げられた巨大な剣を振り下ろした。
”ガゥウン!”
その地響きが、魔界の歴史上四度目の、『魔界大戦』の嚆矢を呼んだ。
魔天王勢の騎馬隊、および弓兵が500ほど、魔王勢に雄たけびをあげ、先行をかける。魔王勢の騎馬、魔剣士、先頭のデイストを含め200ほどか、それらを後方の魔法使いや妖術師200ほどが援護する。
運動会、などという言葉では比較にならない。友達に引き連れられて行った、夏の野外イベントよりも人や生き物が多い。
「マユミ行くよ、まずはあのあたりの弓兵に祝福をかけてやって、それから前に出ようか」
ユシトはさっと両手をたくしあげて、「ホーリィ」を呼ぶ。
「ユシト様、今回もよろしくお願いいたします」
すぐに、丁寧な口調の女性のような、精霊ホーリィが出現した。純白の衣にエメラルド色の宝石を飾った鏡を携えている。聖なる力をつかさどる白魔法最強の精霊が目の前にいることに驚くマユミに、ホーリィは優しい笑顔を向ける。
「マユミさん。あなたのうわさは、わたしたちも聞いていますよ。よろしくね」
「は、……はいっ!」
ユシトは聖魔法3格のホーリィ・オブ・ライトを、マユミは2格のホーリィ・オブ・ブルームを、体力温存のために杖を経由して周囲にかけた。これでしばらくは皆が祝福された力をまとい、混沌寄りの間接魔法や妖術にかかりにくくなる。
熱い。真夏でもないのに、緊張でにじんだ汗は止まることなく頬を伝う。風が前方から、さらに熱気と、ことばにするなら、「狂気」、そういう重さを帯びてくる。魔界の風の精霊たち以外の、つまり風を興すほどの威力を持つ魔法や妖術が--発動しているのだ。
その発端は、マユミの杖に輝く紅玉よりも、血に染めたような情熱的な赤色にきらめいている。かつて、マユミは『まぼろしの』炎に苦戦した。「あれは、赤色だったか?」と問われたら、違うと応えるほどの。本当の炎の色。
中心に在るのは、炎の第一精霊、ファバーン。
(ファバーンは黒魔法における炎を司る精霊だ。あまたの魔法使い--マユミもそう、--たちが最初に呼ぶ黒魔法『炎』の1格の呪文『ファイア』は、彼女にとって瞬き以前のコストで発動される。--彼女にとってはさまつなもので。
この数百年は、黒魔法の王、
「あの娘なの?」
「そう、あいつが友達のマユミ」
「じゃあ、ご挨拶しなきゃ、ね?」
大量の石つぶてや矢を軽々と焼き払いながら雑談のようにデイストはマユミを紹介する。その呟きこそ聞こえはしなかったが、
「……えっ、」
「マユミ、
『グリーン・ファイア』
「マユミ避けろ!」
視線が遠く合わさると同時に、緑の光が髪の毛をかすめ飛んで行った。ほどなく蒸発する。
「
ユシトとジンはその色に驚きを見せなかった。絵を描くときに手に取らない絵の具の色。……想像しているものと違うことが折り重なる魔界、ああそして私は。
『前進! 前進!』
ここでは、魔導師だ。--魔天王陣営の進軍の合図とともに、魔王軍への攻勢に加わる。
「
とユシトに云われたものの、これまでのわずかな経験で、マユミは黒魔法を発動させることが苦手だと気づいていた。そしてそれは、完璧な魔導師にはそぐわないことも理解している。事前の会議で、「もちろん大目標も大事だが、おまえはおまえの目標に近づけ」と念押しされていた。つまり、この場でさらに力をつけ、あの時声をあげて泣いた絶望から、大事な人達を救いだす、マユミはあらためて夢に向かう。
「はい!」
「お前を呼んだ覚えはないがな」
この喧騒のなかでもよゆうのある声で、ジンは風の精霊につぶやく。
「戦果をあげてもそうでなくとも、魔界の歴史に残る大戦に、基本エレメントが居なきゃ変じゃないですか! それに、この大戦、魔天王様が--」
シルフは言葉を飲み込む。ユシトのにらみが、速攻の魔法よりも速く効いた。
「その話は無しだ」
「……」
マユミも、シルフの姿をみとめた。「よろしくね」という声が偶然に重なる。それはマユミが『風』を極めたからか、優しく見守るジンには決めることはできなかった。
両軍は押し引きを繰り返すものの、少しずつ魔天王軍が進んでいた。おそらく魔天王が先頭に立っていたら、圧勝ではなかっただろうかとまたシルフはちらりと考えたが、マユミのサポートに集中しようと今度はユシトの機嫌を見ることはなかった。
『ウィン・ウォール!』『ウィンド・スピア!』
連呼に近いマユミの風魔法は、ひとつひとつ丁寧に完成されていた。シルフに寵愛されていることを差し引いても、ユシトとジンは、マユミの魔法の質が高いことをみとめた。
魔天王軍の後方、妖術師たちが、土と石の力を借りて、投てき隊の守りをかためたと伝令が駆けてきた。さきの大戦では、素早く後方に攻められたこともあり、慎重に失敗を繰り返さないように策を案じてきた、とパンドラも会議で言っていた。
「前のほうはどうなんだい?」
現場をまわるパンドラの報告をユシトは聞いた。
「やはり、いつも通りですね」
「そうか……」
ちらとマユミの様子をうかがう。
「マユミ、基本と応用の話は覚えているね」
それはより深い穴を掘る様に。
それはより遠くに矢を放つ様に。
「穴を掘る」やりかたは誰でも学べばできる。しかし「より深い穴」はどうか? 異様な力で一点をつき掘るか、あるいはまず横に広く土を削るか。着実に実力をつけるのは後者だ。そして、
「はい。……基本は応用を支え、応用は常識を超える」
「前へ出て行きな」
「……えっ?」
「おっとあんたの
ユシトは
白魔法の精霊たちの祝福を受けた騎馬隊は、向かう風を察知して、怪我無く避ける。その空間に、小さな竜巻が起こり、マユミとシルフは着地した。
「マユミ、大丈夫?」
「ええ……うん……」
驚いているうちに、シルフが着地点目前で、風魔法を繰り出してくれていた。ざっと土ぼこりも落ちたころ、少し距離をおいた騎馬隊は後方に、そして、さっきまで槍兵や、
「あーっ! マユミ!」
デイストとファバーンは目の前にいた。
「やっと来たな! 待ってたぜ!」
デイストは再会の態度を見せたが、一般の歩兵は、奇襲と判断する。「マユミに油断した」デイストよりも速くうごき、手柄をあげたいと焦った者が応じてきた。
一撃目の握られたままの手斧は、シルフの力もあって鋭利な風と相打つ。二撃目、アサシンダガーは接近戦では有利だ。これはマユミを退かせる。
歩兵の見誤りは、マユミの姿から「魔法使い」と信じたことだ。杖の動きに気をとられ、素手から繰り出された水の呪文に、半身をすくわれる。
『ウェイブ!』
1格でありながら、波は連続して押し寄せようとした歩兵もすべてなぎ倒した。
「こいつ魔導師だ!」「こんな子供が、か?!」
魔天王軍より統制がさほどとれていない様子の歩兵たちは、後方の魔剣士からの声にびくりとする。
「マユミはおれの、友達なんだ。勝手に」
大剣を鞘から外す音。
「勝手に先に、相手するな!」
一気に刀身をみせた、デイストのために誂われた『ギーガ=バロアルト』。両手剣が小振りのものに見劣りするほどだ。しかも、岩や氷を削り出したように武骨でもなく、魔界随一の職人が叩き上げたそれは(デイストには興味がないが)美しくもある。
「ひえええ、すみませんっ!」
鉄の装備も含まれるのに、歩兵たちは埃のようにいっぺんに散り、別の交戦の加勢にむかう。かくして、あちこちで闘いの騒音がひびくなか、マユミとデイスト、シルフとファバーン、かれらの周りだけ、キャッチボールでもできるような空間となった。
* * *
何かが違う。
サラは本来の姿--地球では伝承のものとされる、グリフォンの姿--で、動きにもたつきが無く、体重は変わらないのに軽い、と感じていた。
「リュート……」
魔界に戻り、まずリュートと向き合った。この先、本当に魔法を極めるのであれば、ずっと幻の魔法を使うままでは成長はない。それはリュートとの蜜月(親密な日々)に別れをもたらすと思う、と。
「そうかな?」
サラを腕のなかに愛でる幻影を司る精霊、リュート=リラ=リーオードは、彼女の髪をすくい撫でる。
「精霊はすべてに、喚ばれたら応える。ぼくは幻の第一精霊だ。僕が気に入ったものの側にいる、ファバーンみたいな命令じゃなくね」
サラはリュートの腕をつかみ、
……ここまでの回想を止め、翼をひとふりした。魔界の月や、陣営が灯す明かりがつくる彼女の影は巨大だ。
「来たぞ!
魔天王の軍勢は、サラに新たなる力が付与されたことをまだ知らない。彼女が向かった後衛から弓と石が飛ぶ。
「……『ブルー=ファイア』!」
「何?!」
青い炎は、グリフォンの口から吐き出された。
「
「土壁が完成してる! 慌てるな!」
隊を突き抜けた炎は、後衛の砦に組み込まれた土壁、妖術と相殺された。地面が揺れる。
「まさか?!」
「あれは本当の炎の2格じゃないか!?」
(いまの
サラは慣れない詠唱を続ける。リュートと違う名前、違う呪文。でもそれはあなたを捨てた訳じゃない、と。
「ドラゴニット=ファイア!」
* * *
ファバーンの髪が揺れた。……彼女にとってはそれは3格程度の呪文が生まれたことを意味する。
「それじゃ、遠慮なくいくぞ!」
大剣を、ひとふり。ファバーンはデイストに着き、手のひらから炎をともす。
「サタンクイック!」
速い。マユミはすぐに、踏み込んでくるデイストに向かって、まずは正面から勝負した。
「ウインド!」
基本中の基本であり、いまのマユミが投げつけられる最強の属性。剣と風は、弾けあった。
「おっと」
もちろんデイストがそのくらいでよろめくはずもなく、しかしマユミの一手に驚きを見せる。
「まだまだ!」
デイストの連撃がはじまる。
豪快に速くふり下ろされるが、見えないわけではない。マユミはひとつずつ風の力で対した。それは周りから見ると、大剣の戦士と、駆け出しの
「おいおい、あの女の子」
「デイスト様に稽古をつけてもらっているみたいだ」
歩兵や
しかしこのままでは、デイストの体力が勝っているのは明らかだ。マユミは剣を少しずつかわしはじめ、そこで生まれた隙をため込んで、
「ウェイブ!」
別の呪文を使った。これはすこし、デイストの意表をついたが、マユミはすぐに距離を取った--ファバーンの力の前では、一格の水の呪文など一瞬で蒸発する。--デイストの次の一撃は赤い光を伴って、マユミが立っていたところを焼ききった。
「む」
鼻先に風がかすった気がして、デイストはギーガ=バロアルトを惜しみ無く地面に突き立て、盾を構える。ひとつめの『ウインドスピア』はガントレットを削り、あとはすべて盾で払いおとした。
戦士は防御をすると隙ができる。歩兵は素早さと引き換えに、厚く重い盾は装備しない。その基本にしたがって、マユミは次の攻撃を仕掛けた。
『リング=オブ=ライト!』
地球で言うとフラフープの直径ほどのある、光の輪を2つ、3つ、4つと--デイストにめがけて放つ。この闘いのなかではじめて、手応えを感じた。契機をつかみ、無駄なく呪文を完成させ、当てるまでのルーティングが、想像できるようになった。
デイストは避けない。正確には、ファバーンの炎の壁により最初に到達した光の輪は砕け、剣を持ち直したデイストが残りをはじきとばした。
「痛ってぇ」
そのときの衝撃が巻き上がった小石程度に、鎧をたたく。それが落ちる前にマユミに反撃をかけようと身体を反ったとき、ファバーンは冷静に「デイスト」と制止させた。
「もう一発来るわ」
ひとつひとつの呪文の威力は並みであっても、魔導師のマユミは誰よりも早く、詠唱を重ねられるようになっていた。つまりさきの
『アスセノ=セフィア!』
「な、」
デイストにとって、久しぶりに聞く強力な呪文。また、物知りの兵士たちを真っ青にするには十分だった。地震のように地面が揺れることなく、地中から雷が射抜かれるような衝撃が襲う。--さすがにデイストはバランスを崩して倒れた。そこに、懐に--マユミが飛び込む、デイストに杖で一撃をつけようと。
「させないっ!」
ファバーンの援護は炎となり、さきの
「マゼン=ディ=ファイア!」
「マユミ! 危ない!!」
シルフの警告のさなか、炎が巻きあがる。マユミとデイストは至近距離で視線をあわせた。
「--マユミ」
デイストはこれまでにない小さな声でマユミをみとめ呼んだ。
「えっ……」
「マユミ!」
シルフはマユミをデイストの
「
「
「そんなこと、考えてなかったわ、ただ……」
少し飛び出しすぎたか、マユミはふりかえった。目前にいたデイストの存在が、強く目を閉じるとまだ見えるようだ。
優しくて真面目だったハヤテ、優しくてしっかりと見守ってくれたダイチ、優しくて面白いこともたくさん言ったショウ。優しくて(犬の時も)いまでもじっと見つめてくれるパンドラ、優しくて力になって、ちょっと大人びたシルフ。その誰でもない、デイストの--存在。
「なんだかよくわかんねぇけど」
デイストは盾を投げ捨てる。
「マユミと闘ってると楽しいな」
デイストの『変化』にまず気づいたのは、ファバーンだった。
「ふふ」
ファバーンの周りで、火花が散る。
* * *
魔王軍は、これまでにない攻撃に苦戦し始めていた。幻影魔法ならばリュートは確実に此方側にあり、そして黒魔法の基本、炎も自軍にある。偏った考えをする歩兵ならば、魔天王は白魔法こそ持っているものの、火力に乏しく、ほかの戦力も寄せ集め、などと夜営の話の種にしたくらいだ。
「ゴブリン勢が? ほとんど?!」
戦略本部、魔王城に、伝令が息を切らして持ち帰ったのは、妖術に長けた亜人たちの組み上げた「人形」およそ300が、さきの大戦では重要な戦果をあげたのに、全滅に近いという知らせだった。
「ほうー、ほう。サプライジン。わしらは、特別契約まかせだったツケを払っておるね、ほう」
異国のことばを混ぜてゆっくりと息を吐くのは、魔王第三使のホウ=オウル=ヴォルト。外套をかぶると腰の曲がった老夫にも見える。大鷲の剥製を顔に覆い、羽作りの衣装は床を擦る。
「しかしサラは完全に別れた訳ではないだろう? ファバーンも、告知もなく命令を止めるなどと、計略無き行動をするまい」
玉座に着く魔王は、ホウほどの理力は持っていない。素直に疑問を呈した。
「サラはね、今後もっとストロング、強くなるよ、リュートが今度は彼女を追うからね。今回の大戦では間に合わないけれど」
「では、炎が?」
「炎は、計略無き行動をするまいて?」
魔王はしかめ面をホウに向ける。
「どういうことだ?」
「デイストも、いつまでも子供じゃあない」
「……んあ?」
「ほぉっ、ふぉ、ふぉ……インタレスティン」
ホウにとっては、何百年も、ファバーンとデイスト、あるいはリュートとサラの「特別契約」が続くことはないと理解していた。その日がいつ訪れるかは、予想できなかったが。ただ、魔天王は謎の病にとらわれていたり、異世界から捕まえてきたヒトを育てたりといった奇怪な行動を噂に聞きはじめ、「やがて来るだろう」と確信していた。
--魔王たちが魔天空神の存在を知るのは、この大戦の後である。--
「ところでデイストには加勢せんのかね?」
「わしが?」
さらに魔王は眉(の位置の筋肉)を動かす。
「喚ばれたら向かうだけだが」
「ほ、ホウ様! ご伝令です!」
上等な鎧の斥候魔剣士が駆け込んでくる。
「魔王軍、およそ右肺の勢力が魔天王軍--魔導師ふたり率いる魔法剣士に圧されました!」
「な?!」
「左半分は?」
ホウは驚き玉座から転げかける魔王の代わりに戦局を訊く。
「デイスト様が、--謎の魔導師と対峙しております!」
「ほう、ほう。--これはアウェイサム、見に行ってみようかね?」
* * *
魔天王軍の伝令が遠く、魔法剣士隊の圧勝を告げている。たしか、ユシトとジンと自分が属するところだった。自分はそこから外されてしまったが。
そちらに力を貸していた精霊たちの、白魔法の威力がさらに増すだろう。
マユミはデイストと向き合っていた。シルフの追い風が頼もしく感じる。そして、もうひとつ、あたたかな力が近づく。
「マユミ、さあ私の力をお使いなさいね」
ホーリィが合流した。
「いくぜマユミ!」
サタン=クイックで駆けるかれを、風ですれ違い後ろから撃とうとした。先程より疾い。黒魔法の精霊たちも、闘いおえた場所からここへ戻ってきているのか。
「ディ=ホーリィ!」
通常は周囲に祝福を与える聖なる二格、それをふたりの闘いの場にひろげて--
「スプリング=バブルウェイブ!」
水の2格、さらに、
「トルネイド!」
マユミは風の3格を重ねがけした。
もちろんデイストもただ受けるだけではない。
白く輝く周囲を炎で覆い、
高熱で水しぶきを焼ききり、
「サタン=ファイアスコール!」
通常なら相殺される炎の3格に魔王の冠詞を加えて放った。このような魔法は、デイストとファバーンならではの技だ。
『サンドストーム!』
ユシトとジンは駆けつけながら、土の3格で周囲のダメージの緩和を狙う。「まったく、あのぼうやは、火が着くとこうだ、まあ……」
そしてマユミの姿をみとめ、想像よりもしっかり立ち、相手を見据えている教え子に嬉しく思った。
「なかなか力をつけたね」
「紅玉の杖も持ちこたえてくれているな」
「おっと、検証はこれからだろう?」
ユシトはさらに自信を持ってマユミに『課題』をぶつける。
「マユミ! 杖を手放すんだ」
「?!」
デイストからの連撃を、水の力を載せた杖で受け流し始めたときの声に、マユミは隙を作ってしまった。
戦闘に目覚めたデイストはそれを逃がさない。これまでにない鋭い目で、さらに一撃を重ねる。
(強い!)
呪文効果の継ぎ目に受けてしまったそれは、腕に相当の
「ああ--!」
握力が抜けて、杖は宙に浮いた。完成していた水の呪文は、杖とマユミの手のひらからはじける。
「これは……」
ジンは想像以上の展開に感嘆の声を出す。
「マユミ! あんたの力は、今までの修行と、満月の儀式で格段に上がったんだ! 杖が実力を塞いでるんだ!」
マユミは杖を拾うかためらった。杖があれば低コストで呪文を放てるが……?
「実力を塞いでいる……?」
デイストは次の一撃のために距離を取っていた。マユミが手のひらを見つめ震えているように見えた。勘で、あのくらいの魔力なら、風やら出されても蹴散らせると、敢然と走りだす。
(
デイストは臆せず鎧に風の1格をはじかせて攻撃のために詰めていくが、周囲は騒然とした。
「おい、いまの!」
「詠唱をしたか?!」
「上出来だ」
ユシトは含み笑う。
(
水よりも冷たい風が重なる。これも深い黒の鎧にはかする程度だが、ファバーンは相当ぶりに焦りをおぼえた。たかが、氷の2格であっても。
「黒魔法すらも
デイストもマユミも、闘いに高揚し、互いに叫び打ち合った。デイストの剣はマユミの発した氷の盾にはじかれ、それでも倒れないデイストは左の拳で穿った。派手な音で氷が砕ける。
(
魔天王勢には不利な炎の呪文でさえ、マユミは自然に唱え完成させる。炎1格でも十分に、デイストをふたたび剣の振れる範囲から引きはがせた。
「はははっ! 楽しいな! このままずっと、マユミと遊んでたいな!」
マユミにはデイストのいう『遊び』は理解できない。地球だと、スポーツや格闘技はあっても、負ければ大ケガをすることが遊びとは言わない。
「遊んでるって、軽く、言わないで!」
素手の魔導師は、ホーリィを呼ぶ。
「マユミさん……」
ホーリィも、かなり久しぶりに魔力の高い存在に遭ったことから、感嘆よりは不安の吐息をもらした。
「無理をしないで……あなたの身体が、さきに壊れてしまいます!」
「んでも、」
デイストはギーガ=バロアルトを携えなおす。
「これで決着をつける!」
「……」
魔剣士の意気込みに、ファバーンは肯定も否定もせず、魔王の命令にしたがい、かれに炎の力を与える。灯された赤と緑の炎、そしてデイストの詠唱から、周囲はおののく。
「魔王炎演舞だ……」
野次馬もろとも広範囲に打撃を与える、魔界でいまのところ魔王とデイストしか放つことのできない伝説の技に、弱い兵士たちのなかには逃げ出す者が出た。
(遠くだと有利だけど、威力は低い。でも近くだとデイストのほうが有利)
マユミは基本を思い直す。ほどなく相手はとどめをつけに踏み込んでくるだろう。
(避けるときは回避するか、受容するか、転嫁するか)
「燃えろ緑色の炎! ほえろギーガ!
魔王炎演舞!」
炎が燃えさかる。緑、青、そして赤から黒へ。マユミは腕を構えたまま、その時を待った。
……デイストの獲物を狙う目が、マユミの瞳に写った瞬間。
「
マユミは聖なる四格に、風の力を
渾身の厳撃が風を斬る。マユミはデイストの攻撃を回避したのだと、瞬間を見た者は思った--デイストが素早く回転して同じ威力の2撃目を打つまでは。
『魔王炎演舞を二度も!!』
「うおおおおっ!」
「-----っ!」
黒の力と白の力、炎と風、魔剣士と魔導師の力がぶつかり--
爆音とともに、周囲は破壊された。
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