第3話 僕の会社
「そうなんですか…良かったですね。」
と言うと、急に心が冷めたのを感じた。そして、同時に自分の顔が暗くなるのがはっきりとわかる。自分でもどうしたのか分からない。老人も恐らく自分の顔の変化に気づいて、心配そうな顔つきになっていた。
「なにか、お気に障るようなことをいってしまいましたか…?そうなら、すみません。そんなつもりはありませんでした。」
そう言って老人は深く頭を下げた。その態度にとても申し訳なく思い、
「いえ、すみません。あなたは何も悪くありません。…ただ、その、あなたが羨ましくなってしまったのかもしれません…。」
話を聞いていると、急に仕事のことを思い出してしまったのだ。老人はしたいことを途中からの参加ではあるが自分の力で成し遂げ、自分といえば何も変えられない。
未だに1年と半年も前の会社で起こった問題について気に病んでいるくらいだから老人のことを羨ましいと思い、嫉妬するのは当然のことかもしれない。
新しく顧客を増やしたいから、案をくれと言われ、どうせならすごい企画を作ってやろう、と意気込んで挑戦した。まだ、みんなが自分というチームリーダーに慣れてないのでは、とギリギリ思えていた頃だったし、企画というのは好きなことだったので、夢中だった。
会議までにきっちり練り込んで、お偉方の目の前で発表し、大成功で会議を終えた。しかし、今にもその企画が実行されようとした時に、急に待ったがかかった。
企画書で必要な予算なども明記していたが、何かとケチがついて企画自体が没になったのである。
詳しく聞いていけば、なんと自分のチームから上がった声もあった。みんなは自分にこの企画は良い案だと言っていたのに…。
本当は誰もそんなこと思っていなかったのか、口ではいいように言っても人の心は分からない。寂しく、そして悲しい思いに心がざわめいた。孤独に苛まれ囚われたのであった。
自分はうまくいかず、毎日朝から苦しく時に食べたものを戻すことさえあった。
それなのに、目の前の老人は自分の想いを叶えてしまっている。何か負けてしまった気持ちになったのだった。
「すみません、急に……。」
そう言ってうつむくのが自分に出来る精一杯で、負の感情をしまい込むように、小さく小さくなっていった。心には激しい動揺を抱えて……。
「何か……通りすがりの老人で良ければお話を聞かせてもらえますか?せっかくなにかの縁でお会いして、こんなにもこの老人を喜ばせてくれたのですから、あなたの力になりたいのです。」
微笑みをたやすことのない老人がだんだんと真剣な表情になり、なんとなく胸が熱くなり、涙さえ出そうになった。誰かに聞いて欲しいとずっと思っていた。ありがたい一言であった。
意を決して、
「実は……」
そう話し始めて、少しずつ言葉にしながら、不甲斐ない自分の話を今日初めて会った老人にしたのである。不思議と何でも話せる気になった。どこかであったことのあるようなそういう雰囲気を醸し出す老人であった。
「……僕はどうやら普通の人間で、3年前の自分に合わす顔がありません。会社もとてもいいところだと聞いていましたが、よくわからなくなりました。やっぱり人生は思い通りに行く人とそうじゃない人とはっきり分かれるのかな……。そんなことを考えてると悲しくなってしまいました」
時折の相槌で話やすかった。真剣な面持ちで一切を聞き終えた老人は静かに語り始めた。
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