魔法使いの侵攻 2

 単なる文章創作物を芸術作品たる『物語』と呼びかえるためには、いくつかの定義を満たすことが必要だ。不特定多数の目に触れることを定義の一つとするなら、今やそのための壁はなくなったに等しいといえるだろう。

 ここ数年のインターネットの普及により、創作活動へのハードルが著しく低くなったからだ。創作物を世に送り出すために狭い狭い門をくぐりぬけなければならなかったのは、今はもう昔の話。

 

 一方で、この数年でどんどんと数を増やしたものがある。中断されたり満足な終わり方を迎えない『物語』がそれだ。

 そうした『物語』の『登場人物』たちは、広大な電子の海に取り残された。『物語』の中で果たさなければならなかった想いや夢、目的を、強く燻らせながら。

 諦めない『登場人物』たちもいた。彼らの繋がるブロードバンドは、世界の全てに繋がっていた。途絶えた『物語』の続きを求める願いは、世界中を光の速さで駆け巡った。


 その結果、どういったことが起こったか。


 世界の裏の裏側で、ついに『登場人物』たちの願いは聞き届けられた。

 『物語』の続きをはじめる機会を与えられた。そのための新しい舞台を与えられた。

 インターネットから、『物語』から、『登場人物』たちは飛び出すことに成功した。今我々のいるこの世界――現実世界に『登場』しはじめたのである。

 

 厄介なことに、『登場人物』たちは『物語』で持っていた『設定』を引き継いで『登場』する。『物語』だから許される、『物語』でしかありえない、非常識な身体能力、知能、技能、持ち物、その全てを。


 日本語に訳すと『文芸作品による侵攻』と名付けられたこの現象は、『世界設定改変』というさらに非常に大きな問題を伴った。


 あろうことか、非常識な『設定』を持つ『登場人物』の存在が引き起こす矛盾を許さない。『登場人物』こそが優先され、周囲の法則は徐々に書き換えられていく。物理法則から自然法則まで、書き換えられた世界の広さを徐々に拡大しながら。

 世界を元の状態に戻すためには、『登場人物』を特定し、世界から排除するか、その願いを叶えてやるしかない。そうすることによってのみ、『世界設定改変』による世界の変容が元に戻ることが確認されたのである。


 現実世界への影響、特に意図的に『登場人物』を生み出したり、利用したりされることを考えれば、『登場人物』に関わる事柄が隠蔽されることが決定されたのは当然といえる。

 一方で、『世界設定改変』が起こったことを感じ取る力は、世界でもごく少数の人員のみにしか備わっていなかった。そして、彼らは『登場人物』に対処しうる唯一の存在でもあった。

 彼らは庇護されると同時に、監視を受ける身となった。

 同時に、それに応じた責任を与えられたのは、ごくごく自然な流れによるものである。

 彼らは『登場人物』たちと、その現実世界にもたらした影響を排除する任務を負うこととなった。


 一般人では太刀打ちの出来ない力、『登場人物』の持つ『設定』に、任務は過酷を極めた。

 しかし、彼らはついに有効な対抗手段を得るに至る。

 『登場人物』により世界に持ち込まれた様々な持ち物がそれだった。

 『登場人物』から回収されて『機密道具』と名付けられたそれらは、非常識な『設定』を残していた。

 世界をあるべき姿に戻すため、彼らは日夜、秘密裏に活動を続ける。

 日本においては、文部科学省所管の独立行政法人の職員がその任を担っている。

 独立行政法人は、その正式名称を文部科学省所管日本文芸振興対策センターといった。

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