§5 舞踏会と点滴
§5ー1 バレバレだよお姫様
メールの着信音が鳴り続けている。
いつの間にかクラス全員に知れ渡ってしまったあたしのメアド。いったい何処から流出したのだろう。
その源は推理するまでもないけど。
『若月さん、長崎くんマジ怒ってるから早く謝ったほうがいいよ……(˘ω˘)』
『長崎はオマエを心配して根回ししてやったのに恩を仇で返したな』
『マジキチわろた。さすが森高のトモダチ、草はえるわ』
『あーやっちゃったね。素直に長崎の彼女にしてもらえばよかったのにザマァ』
『斜め上の展開やべえ!』
『無免許運転のニートとつきあってるんだって?』
えいっ。
あたしは指先をケータイに向けて「バァン」と撃つ真似をする。すると画面はいつものブラックアウト、完全破壊。
「イェス! ナイッショッ」
「壊したのか。買って貰ったばかりなのに」
真南の声が呆れている。
「もうどうでもいいよケータイなんて。真南のパソコンは?」
「昨日父さんが修理に出してくれたよ。保証期間内だったのが不幸中の幸いだ」
卓袱台の上は化粧道具で散らかっている。
その中心に据えた卓上鏡には化粧中のあたしが映っていた。
「あや、目玉だけ上みて。上向け上」
アイライナー片手に真南が天井を差す。素直に応じて目玉だけで天井を仰ぐと、真南が下瞼にもアイラインを引いてくれた。化粧道具は100円ショップで揃えた物ばかりだ。
「んー? やっぱギャル雑誌のお手本みたいにはいかないなあ。素材がジブリ顔の幼女すぎる」
「ジブリ顔いうな」
真南が面白がってあたしに化粧をしてくれる。髪も結ってくれた。
「もうそろそろ出なきゃ遅刻だよ、真南」
「いいよ、パーティーっていうのは基本出入り自由なんだから遅刻なんて概念はないし」
「そういうもんなの?」
「ぼくが今決めた。それにシンデレラは遅れて到着するんもんだ」
日曜の午後三時。
中途半端な時間だけれど、もうすぐ真南が待ちに待った『舞踏会』に出掛けなければならない。
あたしに何が起こったのか、真南は知っている。でも今度は長崎くんを殴りに行くこともなく状況を見守ってくれていた。
真南に責任を押しつけたくなかったし、彼に罪悪感を覚えてほしくなかった。だってすでに問題はスライドしている。真南と小春の問題ではなく、騒動の中心は長崎くんとあたしの関係だ。
長崎のクソが。
あんなに狭量で、短気で、陰険なヤツだとは思わなかった。
ひとの騒動を面白がって、小さな火種を煽って、炎上させて、関係者を追い詰めて、善意の傍観者のふりをする。他の子たちの心は自分が握ってるんだとでも言いたげに、じわじわと正義の名において責めてくる。
嘘、偽り、デマ、誹謗中傷、罵詈雑言。
あたしではないあたしの噂が駆け巡っている。
「完成だ。どう?」
真南が鏡と雑誌の写真を突きつける。
雑記の中できらきら笑っているギャルとあたしの顔は似ても似つかない。それはたぶん真南のメイクの腕ではなく、あたしの顔がこの化粧にあっていないせいだ。
「ぼくは悪くないからな? ちゃんと本に書いてあるとおりにシンデレラ風メイクでキメてやったからな?」
「なんだか女としての自分の限界を知った気分」
顔もそうだけど、中身もそうだ。
あたしは首を左右に振って、息を吐いた。長崎くんに甘えて小春を徹底的に痛めつけて、長崎くんありがとうーって彼に抱きついて彼女になればよかったのだろうか。女という生物はそうやって、スクールカースト上位の男に見そめられることを目指して生きるべきなのだろうか。
「……だってあたしはシンデレラじゃないからね」
でも月曜日からあたし、どうしようかなあ。
また不登校児童に逆戻りかあ。
「こんなこと言っても無理かもしれないけどさ、少しの間、厭なことは忘れてみたら?」
真南があたしにコートを着せながら、小さく言う。
「これから夢の舞踏会だし。田端兄先輩の顔を見たら少しは元気になれるだろ?」
「関係ないもん」
「好きなくせに。バレバレだよ、お姫様」
あたしは視線を逸らした。
燎平からのメールを無視したきりだから、こっちも気まずい。
あたし最悪だな。
最悪だ。
どうしようもない。
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