第30話

その店は、ビルの7階にあった。

20歳前後の甚平姿の女の子が出迎え、窓際の個室に案内する。

店はそこそこ高級っぽく造ってあるのに、安っぽい甚平が、それをすべて台無しにしている。

私が窓を背にし、向かい合って座る。

女の子がおしぼりを置く。

盗み見るように、チラチラとチフンを見ている。

「チフン、何飲む?」

「コーラ。」

「じゃ、とりあえず生ビールとコーラね。」

「はい、かしこまりました。」

女の子が下がり、ふすまを閉める。

閉め終わる直前にチフンを見る。

「チフン、何食べる?」

「たこわさ。」

「たこわさ?」

「はい、たこわさ大好きでしゅよ。」

女の子が飲み物を運んで来る。

「えっと、たこわさと刺盛りと焼き鳥盛り合わせ、あと揚げ春巻きね。」

「はい。」


「ミンの家は広いの?」

「広いでしゅよ。家賃20万円でしゅよ。親が払ってましゅよ。」

「そうなんだ。」

そういえば、マッチが言ってたっけ。

あの子、いいとこのボンボンだよって。

「ミンは、初めて彼女が出来ました。今日はデートで、僕が鍵を持ってるので、9時に帰らないとダメでしゅ。」

「わかったよ。」

この子、酒飲めないから、2時間で充分。

料理が運ばれて来た。

生ビールとコーラのおかわりを注文する。

チフンは、たこわさを一気に食べる。

「本当に好きなのね。」

「はい。」

「他のも食べて。」

「もう少ししてから。僕はいつも、今自分が食べたい物だけを食べましゅ。」

そんな感じだね・・・。


「チフンは、何歳で軍隊に行ったの?」

「21歳から23歳まで。」

「うわー、いちばん遊びたい時なのに。」

「芸能人やお金持ちは、お金渡して楽な所に行きましゅよ。僕は大変でした。毎日、山の中を1日中歩きましたよ。」

「そうだったんだ。」

「僕のお父さんは、個人タクシーの運転手だから、普通の家の子でしゅ。お母さんは、ちょっと足が悪くて・・・。」

「心配だね。」

「はい、とても心配でしゅ。」

でも、オーストラリア行っちゃうんだ・・・。

「チフン、日本には、いつ来たの?」

「4年前。学校に行ってる時は、お金ないから、いつもさっきの100円バーガー。お金ないから1日1個で。いつもいつもお腹がすいてましたよ。ものすごく痩せてしまいました。ホント、お金なかったでしゅ。毎日大変でした。やっとトンフーに仕事決まって、嬉しかったでしゅよ。店でゴハンがいっぱい食べられるから。それなのに・・・。」

・・・なんだか、ものすごく自分を惨めに見せている気がした。

チフン、大丈夫だよ、私の覚悟は決まってるから。

「チフン、やっぱ貸すよ、20万。」

チフンの表情が輝く。

「はい、ミッちゃん、ありがとうございましゅ。」

そしてチフンは、焼き鳥に手を伸ばし、1本を一気に食べた後、揚げ春巻きも頬張っている。

なんだか無理して食べてるみたいだ。


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