第29話

8月17日。

昨夜は、目覚ましをセットしないで眠ってしまった。

もう午前10時を過ぎている。

枕元のスマホに手を伸ばす。

朝7時にチフンからLINEが来ていた。

『ミッちゃん、今日の待ち合わせ、中井じゃなくて高田馬場にしてくれませんか?』

すぐに返信する。

『うん、いいよ。馬場7時ね。』

何でだろ?中井じゃまずいのかな?

馬場か・・・。店、どうしようかな・・・。

ベッドに横たわったまま、スマホで店を探す。

ロータリーに近いビルにある、個室居酒屋を予約した。


午後6時40分。

家を出る。

時間をかけて、丁寧に念入りに化粧を仕上げた。

たぶん、この10年間で1番キレイだ。自画自賛・・・。

チフンは中井から来るから、早稲田口の西武線改札口の前で待つ。

6時58分着の各駅停車の乗客が、改札を通りすぎていく。

乗客の流れが途絶えた。

次の各停か・・・。

ため息をつき、何気に外のロータリーの方を見る。

すると、横断歩道を渡って歩いて来るチフンが見えた。

あれっ、何で・・・?

チフンは私に気付き、右手をあげる。

私も右手をあげて答える。

今日のチフンは、白いキャップに白いTシャツ。黒のハーフパンツに白のソックス、白のスニーカー。

そして黒いリュックを体の前側に掛けている。

ふーん、イケメンでもリュックを前に掛けるんだ・・・。

チフンは笑顔で近づいて来る。

「ミッちゃん、どこ行きましゅか?」

「チフン、明日、最後の1日は、何するの?」

「友達に会いましゅ。」

「じゃ、ちょっとこっち、付き合って。」

早稲田通り沿いにある銀行へ向かう。

気持ちはもう決まっていた。

「どこの店行きましゅか?」

チフンがキョロキョロしながらたずねる。

銀行の前に到着する。

「やっぱ、あと20万どうにかするよ。」

チフンの腕をつかみ、銀行へ入ろうとする。

チフンはあわてて私の手をとり、歩道へ連れ戻す。

そして正面から私に顔を近づける。

「ダメでしゅ。大丈夫でしゅから。親とか友達に借りましゅから。本当にダメでしゅよ。ミッちゃん。」

真剣な顔をしている。

「うん、わかった。じゃ、ゴハン行こうか。」

店に向かって歩き始める。

「でも、何で今日、馬場なの?」

「今、ミンの家にいましゅ。西早稲田でしゅ。やっぱり夫婦の家はいじゅらいでしゅ。気つかいましゅよ。」

「そっか、だから馬場にしたのね。馬場、詳しいの?」

「高田馬場の日本語学校行きました。その時は、下落合に住んでましたよ。」

「そうなの。」

「お金無くて、毎日100円のハンバーガー食べてましたよ。」

チフンは、通りの向かいにあるハンバーガーショップを指さした。

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