第27話

「羽田から行くの?」

「ううん、成田。羽田から乗って、韓国はキンポ空港がソウルに近いんだけど、お金ないから、成田からインチョン空港。」

「インチョンからソウルまでは、どのくらい?」

「リムジンバスで、1時間ちょっと。」

「ふーん、早く両親に会いたいね。」

「うん、きのうお母さんに電話しましたよ。」

「そう。19日の晩ごはんは何かな?」

「うーん、もやしスープかな。」

「いいね。時差は1時間?」

「ないでしゅよ。」

「えっ、時差ないの?」

「日本と韓国、時間同じ。」

「そうなんだ。成田へは、1人で行くの?」

「友達と、スカイライナーで行きましゅよ。」

「そっか。じゃ私は見送り遠慮しとくね。17日が、とりあえず最後。」

「そうでしゅね。」

刺盛が運ばれてきた。

今度は私が割りばしを割って、チフンに渡す。

「ありがとう。いただきましゅ。」

「チフン、ニギリも頼もう。女将さん、とりあえず特上1人前と・・・」

「あ、僕、銀色の・・・食べられない。」

「ああ、光り物。」

「そう。」

女将が会話に入ってくる。

「大丈夫よー。食べられないネタは、ママが食べてくれるから。」

「・・・。」ママ・・・?

「・・・そうですよね。じゃ、とりあえず1人前お願いします。」

・・・ママ?

チフンと顔を見合わせる。

複雑な顔をしている私を見て、チフンは笑いをこらえる。

チフンは、刺身もニギリもよく食べた。

「チフン、なまもの大丈夫なんだ。」

「大好きでしゅね。」

追加で、貝や光り物のニギリを8貫頼む。

「チフン、アジは私ね。」

「もちろんでしゅよ。」

チフンは、眉を寄せながら答えた。


8千円ほどの勘定を終えて、店を出る。

アルコールがないと、何と食事代が安くあがることか・・・。

でも、ビール1本じゃ物足りない。

「チフンの部屋で、缶チューハイ飲んでから帰る。」

「いいでしゅよ。その前に僕、夜食買ってきましゅね。」

「夜食?」

「ハンバーガー屋、行ってきましゅ。」

「じゃ、私はコンビニ行ってくる。」

コンビニで、缶チューハイと水を2本ずつ買い、チフンのいるハンバーガー屋へ向かう。

チフンはまだ、イスに座って待っていた。

私は、外で待つことにした。

袋を下げたチフンが出てくる。

部屋へ向かう。

「ねえチフン、寿司屋の女将、私のことママって言ったよね。」

「ああ・・・」

「どっち?オモニ?スナックのママ?」

「僕、外人だから、お母さんの意味じゃないと思うよ。」

「じゃ、スナックのママ?」

「たぶん・・・」

チフンはにやける。

「もー。」

「アハハ。」


チフンは部屋のドアをあけ、私を促す。

部屋の右側には、荷造りされた段ボールの箱が、20箱ほど積み上げられてあった。

チフンは、整理ダンスの上に財布を置く。

たくさんあったフィギュアも、全部なくなっていた。

それよりも、ビックリしたのがチフンの財布は、ピカピカの茶色い新品の財布に変わっていた。

「チフン、フィギュアどうしたの?」

「友達の子供にあげたよ。」

「そうか。」

私はベッドに腰をおろし、缶チューハイを開けた。

「ごめんね。僕、テレビの荷造りするね。」

チフンは、テレビを器用に段ボールに梱包していく。

「あっ、チフン、洋服。全部しまっちゃったの?」

「あー、いけない。ごめんなしゃい。」

「もー。じゃ、これ。」

私は、窓際にかかっている、薄紫の布を指さす。

「わかった。日曜日に持ってくね。」

「今、外してよ。」

「うーん、いちばん最後に外したいよ。」

「わかった。忘れないでよ。」

「うん、忘れない。」

テレビの梱包が終わったチフンは、ベッドにもたれかかり座る。

私もベッドから降り、チフンと並んで座る。

「ねえ、チフン、写真撮ろうよ。」

チフンは、上目づかいに、一瞬考える素振りをする。

「えーと、今、僕、とっても疲れた顔しているので、日曜日に撮りましょう。」

「何で?この部屋に来たのがバレたら、まずいの?」

「そうじゃなくて。」

「私、言わないよ。」

「違います。すごく疲れてるから、日曜日に撮りましょう。」

「わかったよ。」

納得できないけど・・・。


9時になったので、帰ることにする。

「チフン、点検で3万かかるんでしょ。」

私は財布から3万円を取りだし、チフンに差し出す。

チフンは、うろたえる。

「ダメでしゅ。いいでしゅよ。」

「だって、チフン困るじゃん。」

「大丈夫でしゅよ。」

チフンは、手を横に振り、かたくなに拒否をする。

私は立ち上がり、ピカピカのチフンの財布の下に、3万円をはさむ。

「どうして?僕が可哀想だから?」

「違うよ。チフンが大事な友達だから。大好きだから。恋愛はいつか終わるから、一生友達でいて。」

「ミッちゃん、ありがとう。」

「ううん、あ、トイレ入るね。」

ユニットバスは水浸しで、少し熱気が残っていた。

出かける直前に、シャワーを浴びたのだろう。

トイレも少し汚れていた。

突然来ちゃって、失礼だよね、私。

玄関の鍵を閉め、階段を降りる。

「チフン、手、つないで。」

チフンは、素早く私の手をとる。

冷たいチフンの手。

でも、ものすごく気を使ってくれているのを感じる。

階段を降り、外へ出る。

「いいよチフン、ここで。」

「いいの?」

「うん。じゃ、日曜日ね。7時に中井駅。」

「わかった、おやすみ。」

「うん、おやすみ。」

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