第26話
8月11日
午後4時30分。
これからどうしたらいいのか、出口が見つからない。
もやもやした気持ちを抱えつつ、脱け殻のように、1週間を過ごした。
テーブルに置いたスマホを手に取る。
急いでスマホに変える必要もなかったな・・・。
無意識に画面をタッチしていく。
チフンのFacebookだ。
確か、この1年くらい何も更新されてなかったはず・・・。
えっ?写真が・・・。
8月8日 20:46 チョン・チフンさんは キム・ヨンスさんと一緒です。 東京・中野
8月6日 18:32 ハン・ミクさんは チョン・チフンさんと一緒です。 新宿・コリアタウン
チフンと2人の女の子の写真があった。
女の子は2人とも、まだ20代前半くらいであろう。
2人とも長い黒髪で、チフンのとなりにいる女の子は、真っ赤な口紅を塗り、どの写真も、ゆるく口を開いて写っている。
この子がミクちゃんかな。
韓国料理屋のようだ。
コリアタウンって、新大久保だよね?
もう2度と行かないって言ってたよね。
ホント、全くいい加減な男だ。
でも、ものすごくいい笑顔をしている。
悩み事のかけらも感じられない。
韓国は年上がおごるから、当然ごちそうしてあげたんだよね。
あのお金で・・・。
ふーん、男友達に会いに、中野にも行ったんだ。
おいしいもの食べたんだね・・・。
おごってあげてるよね、きっと・・・。
頭の中はからっぽなのに、指が勝手にチフンの電話番号をタッチしていた。
焦って切ろうかと思ったのに、脳がその指令を出さなかった。
留守電になっちゃうかな?
「ミッちゃん!」
ものすごく大きなチフンの声にビックリした。
「チフン?」
「もしもし、ミッちゃん。」
「チフン、えーっと、あのさー。」
言葉をさがす。
「チフン、晩ごはん食べようよ。」
思ってもいない言葉が、スラッと出てきた。
「いいでしゅよ。何時でしゅか?」
「えっと、これから顔にいっぱい塗らなきゃならないから・・・。」
「アハハ、そうでしゅか。」
「7時。」
「どっちの駅?」
「椎名町。」
「はい、わかりましたよ。」
電話を切る。
自分でも信じられなかった。
この1週間、チフンは何をしていたのかな?
聞きたくて、ワクワクしてきた。
椎名町には、7時5分前に着いた。
真夏だというのに、辺りはすっかり暗くなっている。
確か、チフンの部屋に行く途中に、寿司屋があったはず。
確認しておきたかった。
駅前を歩いていると、見覚えのある、長身の男とすれ違った。
「あれ、チフン。」
チフンは振り返り、ビックリしている。
「あ、早かったでしゅね。」
「チフンも早いじゃない。」
「どこ行きましゅか?」
「こっち。」
チフンと並んで歩く。
予定していた寿司屋は、閉まっていた。
定休日であろうか。
近くの焼肉屋も閉まっている。
11・12・13日休みの貼り紙。
「そうか、もうすぐお盆だから・・・。チフン、駅前に戻ろう。」
「はい。」
駅前に戻り、小さなアーケードの商店街に入ってみる。
中程の所に、こじんまりとした寿司屋があった。営業している。
「ここにしよ。」
「はい。」
曇りガラスの戸を開けて、中に入る。
満席のカウンターが8席と、空席のテーブル席が2つ。
老夫婦2人で切り盛りしているらしい。
ホールにいた女将が、私とチフンを見る。
「お2人様?こちらへどうぞ。」
奥のテーブルに案内される。
「お飲み物は?」
「生ビールあります?」
「ごめんなさい。ビンしかないのよ。」
「じゃ、ビール1本と、チフンは?」
「お茶がいいでしゅ。」
「じゃ、お茶と、とりあえず刺盛り2人前お願いします。」
ビールとお茶、お通しの小鉢が2つ運ばれてくる。
チフンは、ビールを私のグラスに注ぐ。
小鉢には、根菜の炊き合わせが盛られている。
「チフン、これもダメなの?」
「ダメでしゅ。」
チフンは、割りばしを取り、割ってから私に渡す。
「はい、じゃ、私が食べましゅ。」
「アハハ。」
チフンがスマホを取りだし、操作しはじめる。
「またスマホ?」
「はい、まだいろいろとあって、頭いたいでしゅよ。」
「チフン、この1週間何してたの?」
「部屋の片付けとかしてたよ。」
「友達に会ったりとかは?だって、オーストラリア行ったら、しばらく会えないじゃない。」
「会いたいけど、お金無いし、クビになったから、みっともないでしゅよ。」
「そうか、そうだよね。オーストラリアで頑張って、成功してから会えばいいね。」
「そうでしゅ。」
「出発の前日は、たぶん忙しいよね。その前の日の17日、日曜日は空いてる?」
「大丈夫。」
「じゃ、晩ごはん食べよ。中井に韓国料理屋さんあるから、行こ。」
「でも、今日と日曜日のお金ないでしゅよ。今、1万3000円でしゅ。」
「いいよ。」
「明日、大家さんの点検ありましゅ。壁が汚れている所があって、心配でしゅ。友達に聞いたら、3万くらいかかるらしくて。」
「チフンが汚したの?」
「ちがう。」
「じゃ、大丈夫だよ。」
「そうかな・・・。」
「家具の引っ越しはいつ?」
「あさってでしゅ。僕もあさってから、ソンドルの店長の家に行きましゅ。」
「店長の奥さんも知り合いなの?」
「うん、友達だよ。」
「働いてるの?」
「大久保通りで、スマホのケース売ってるよ。」
「そうなんだ。今度買いに行こ。ねえ、チフンは血液型何型?」
「B型。」
そうか・・・。
そういうことか。
今までの人生、騙されたり、うそつかれたの、全部B型の男だ・・・。
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