第25話
ドアの鍵をあけ、チフンは先に入っていく。
後から入った私は、玄関の鍵をしめる。
部屋は、先週と何も変わりない。
「チフン、ねまきに着替えるから、外でタバコ吸ってきて。」
「うん。」
チフンは、部屋を出ていく。
私は、着ていたワンピースを脱ぎ、ウェットシートで体を拭いてから、持参した部屋着に着替えた。
タバコを吸い、歯を磨き終わったチフンが、声をかける。
「入っていい?」
「うん、いいよ。私、うがいする。」
チフンと入れ替わり、トイレに入る。
相変わらずの2本の歯ブラシと、ストック類。
手を洗ってうがいをしてから戻ると、チフンはベッドに座り、スマホをいじっている。
バッグから、20万円が入った封筒を取りだし、チフンに差し出す。
「はい、20万。ちゃんとあるか、確認して。」
何度も数えたから、間違っているはずはないが、お金を数えるチフンが見たかった。
チフンは無表情でうなずき、封筒から札を取りだし、不器用な手つきで1枚ずつ数える。
「大丈夫だよ。」
チフンは、数え終わった札を封筒に戻すと、それを姿見の横に落とし、灯りを消した。
部屋は、先週よりも暗かった。
チフンは窓際に横になる。
仰向けになり、スマホをいじる。
私もとなりに横になり、チフンの横顔を見る。
チフンがカメラのシャッターをタッチした。
自分の顔を撮っている。
「ねえチフン、お客さんとLINEする?」
「全然ないよ。」
絶対ウソだ。
自分の顔写真を送信してる。
お客さんに送った?
やっぱ、イケメンて自覚あるよね。
年上のお客さんにコンタクトとって、困った顔するんじゃないの?
「おやすみ。」
チフンの方に顔を向けたまま、目を閉じる。
「おやすみ。」
たぶん、スマホを見たまま答えてる。
よほど疲れていたのだろう。
すぐに眠りに入った。
しかし、緊張もしているので、浅い眠りが続いている。
また、カメラのシャッターの音が聞こえた。
しばらくして目を開けると、チフンは眠っていた。
チフンの寝顔を、しばらく見ていた。
手を伸ばし、顎に触れてみる。
反応は、なし。熟睡してるのかな。
再び目を閉じる。
スマホをいじっている気配を感じる。
浅い眠りに落ちていく。
目を開ける。
チフンは眠っている。
もう一度手を伸ばし、顎に触れてみる。
チフンが目を開ける。
「チフン、寝顔もカッコいいよ。」
「そんなことないよ。」
腕時計を見ると、5時30分。
「じゃ、そろそろ行くね。」
チフンが、リモコンで灯りをつける。
体をひねり、不自然な姿勢で起き上がってしまった。
ふくらはぎの外側がつって、激しい痛みに襲われた。
「痛っ・・・」
あわててベッドから降り、外側を伸ばすように、足を引っ張る。
「どうした?大丈夫?」
チフンが心配そうな顔で聞く。
「うん、慣れないヨットで、今まで使ったことのない所に、力入れちゃったから・・・。」
みっともないよ。
すごい年寄みたいだ。
痛みが和らぐまで、ずっとチフンは心配そうに見ていた。
恥ずかしい。
こんな時こそ、スマホ見ててよ・・・。
「チフン、忙しいから、旅行は無理だね。」
「そうだね。今、ビザやお金で、頭いたいから。」
その場でキャンセルの電話をした。
列車を先にキャンセルしなくてはならないので、来店してくださいとのこと。
キャンセル料は、31500円。
私が電話してる間、チフンはずっと無表情でスマホをいじっていた。
ふいにチフンが顔をあげる。
「韓国は、Wi-Fiが使える場所があまりないから、あまり連絡できないかもしれないよ。」
「そうなの?オーストラリアは?」
「たぶん大丈夫・・・。」
連絡とる気あんの?
IT先進国じゃん。
スマホ率80%の国が・・・な訳ないじゃん。
パイプハンガーに掛けられた、大量の服に目がいく。
「ねえ、なんか洋服ちょうだい。」
チフンは、冷蔵庫から水を1本出し、一気に半分飲み干す。
「考えとく。」
「いつ、くれるの?」
「来週かな?」
来週まで会わないってことね。
「じゃ、もう行くね。」
「うん。」
チフンも立ち上がり、ドライシャツの上に、白いTシャツを着る。
何かが、こみ上げてきている。
チフンが先に部屋を出ていく。
姿見の横に落ちている封筒が目に入った。
これ持ってっちゃったら、慌てるだろうな。
早くひとりになりたかった。
私が先に階段を降りる。
チフンが後ろからついてくる。
外に出て、私は振り向く。
「あっ、ここでいいよ。じゃ、またね。」
「そう、気を付けて。」
チフンが手を振る。
チフンを見ながら手を振り、角を曲がる。
前を向くと、涙がどっと溢れてきた。
手つなぎハグは、30万円。
妄想旅行は、31500円也。
チフン出国まで、あと2週間・・・。
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