第24話

8月5日

午後0時30分。

JRの池袋駅で降りて百貨店に入り、チョコレートの売り場を見て回る。

あえて、聞いた事のない名前の店を選んで、プレゼント用のチョコレートを買う。

2100円。

バッグの中には、20万円が入った封筒。

午後0時55分。

副都心線に乗り、要町駅に着く。

改札を出て、見通しの良い所でチフンを待つ。

午後1時。

チフンが現れないので、外で待ってみようか・・・。

外へ向かう階段を登ろうとしたら、階段の上にチフンの姿が現れた。

今日も白でまとめた服装をしている。

チフンは階段を降りようとして、下にいる私に気づいた。

チフンは、エスカレーターを指さす。

私はエスカレーターに乗り、上に着き、チフンに再会。

チフンは、日焼けした私の顔と、ノースリーブのワンピースの腕を見て、目を見張る。

「さ、行きましょ。こっち。」

チフンは、背を向けて歩き出す。

私は、チフンの背中に声をかける。

「チフン、おなかすいた。何か食べようよ。」

チフンは振り向き、眉をひそめる。

「お金持ってないから・・・」

「いいよ。ごちそうするよ。あそこは?」

通りの向こう側の2階にあるファミレスを指さす。

私が指さした方を見て、チフンは何か考えている。

「こっちにもあるよ。こっちにしよう。」

チフンは、池袋方向に向かって歩き出す。

「ねえ、チフン、これ。」

小さな紙袋を差し出す。

「来年のバレンタインは、チフン日本にいないから。先に渡しとく。」

「ありがとう。」

チフンは、笑顔で受けとる。

30mほど歩くと、チェーン店の定食屋があった。

「ここ、いつも来ましゅよ。ここでいい?」

「うん。」

店に入る。

「ここで券を買いましゅ。」

入口近くに設置されたタッチパネルを指さす。

「チフンは何?先に選んで。」

チフンは、とんかつ定食を選ぶ。

私は、チーズインハンバーグ定食を選び、千円札を2枚投入する。

店員に席に案内され、座る。

「今日は混んでるな。」

チフンがスマホを見ながら、つぶやく。

「この時間帯には、あまり来ないの?」

「うん。」

チフンは、スマホを見たまま答える。

チフンは、ずっとスマホをいじっている。

会話が続かない。

私は黙って、スマホをいじるチフンの顔を見ている。

チフンがスマホから視線を外し、こちらを見る。

「あ、ゴメンね。ちょっとオーストラリアのビザがうまくいってなくて。友達に頼んでるんだけど。」

再びチフンは、スマホをいじる。

「そうなんだ。大変だね。」

「うん。」

会話が途切れる。

話しかけて、邪魔しても悪いし。

チフンの顔を見つめる。

チフンは、スマホから目をそらさずに、口を開く。

「大島どうだった?」

「うん、夜は涼しくて気持ち良かったけど、昼間の日射しと、往復のヨットが大変だったよ。」

「そう。」

「日焼けし過ぎちゃって、合うファンデーションがなくて、しょうがないから、今日はほぼスッピンだよ。」

「そうなんだ。」

チフンは、ずっとスマホを見たまま答える。

食事が運ばれてきた。

「いただきましゅ。」

チフンは私に手を合わせる。

左手でスマホを操作しながら、ごはん半分と肉を全部、一気に食べ終える。

「チフン、野菜食べないの?」

「野菜は嫌い。ほとんど食べない。ハンバーグ美味しい?」

「うん、美味しいよ。チフン、野菜ちょうだい。」

「あっ、どうじょ。」

チフンは、千切りキャベツがのった皿を、私の方に寄せる。

「チフン、もうゴハン食べないの?」

「うん、韓国人はキムチがないと、ゴハン食べられないでしゅよ。」

「そうなんだ。」

一瞬、顔がにやけそうになってしまった。

まさか、チフンの口から、このセリフが出てくるとは。

ミンの言葉と、チフンの部屋の冷蔵庫を思い出した。

チフンは年輩の人なんだ・・・。

食事を終え外に出て、チフンの部屋に向かって歩き出す。

相変わらずチフンは、スマホから目を離さない。

「いろいろ大変なんだね。」

「はい。ビザのお金とか飛行機代とかも大変で、頭のいたいことばかりだよ。」

・・・この人、いったい何考えて、オーストラリア決断したわけ・・・?

気持ちが滅入ってくるよ。

途中、コンビニに寄って、水を4本買う。

店員が袋を差し出すと、チフンが素早く横から手を伸ばし、受け取った。

滅入る気持ちが、ほんの少しだけ回復した。

外に出る。

袋を肘にかけ、相変わらずチフンはスマホをいじる。

次の角を右に曲がれば、チフンの部屋のある建物が見える。

何だか、素通りして、椎名町駅に走って逃げたい衝動にかられた。

だが、チフンの背中に吸い寄せられるようにして、建物に入って行った。


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