第22話

えっ何?

チフン・・・私は、どうすればいいの・・・?

チフンは再びさっきより早い動作で、ベッドを2度たたき、おいでおいでをした。

心は戸惑っているのに、体が勝手に動いていた。

まるでトカゲのように、這うようにしてベッドによじ上り、チフンのとなりに向かい合って横たわる。

チフンは、私を見つめる。

「なんか、ドキドキする。」

「そうでしゅか。」

チフンは私の両手を引き寄せ、すっぽり包み込む。

「ミッちゃん、僕は今日、最高の日になりました。ミッちゃんに会えて、しあわせでしゅ。」

チフンは、包み込んだ手に力を入れる。

「うん。」

とりあえず笑顔で答える。

そしてチフンは手の力をゆるめ、目を閉じた。

えっ、お昼寝?

あんだけ食べたあと寝たら、太るし・・・。

「ねえチフン、この部屋の家具や荷物はどうするの?」

チフンは目をあけ、悲しそうな表情をする。

「ベッドやテレビを欲しいという友達がいるのでしゅが、僕が一生懸命働いて揃えたものなので、手放したくないでしゅ。でも、オーストラリアに持って行くには、運賃が船で23万円かかるので、頭がいたいでしゅ。」

「そんなにかかるの?」

「はい。」

チフンは、包み込んだ手に力を入れる。

「どうするの?」

「親に連絡して日本に来てもらうか、お金を送ってもらおうと思っていましゅ。」

「そっか、心配かけちゃうね。」

「はい、両親に心配かけるのとてもつらいでしゅ。頭が いたいでしゅ。」

「貸そうか?」

「本当でしゅか?いいんでしゅか?」

「うん、困ってるんだから助けたいし。」

チフンは笑顔になる。

「ミッちゃん、ホント、ありがとごじゃいましゅ。」

チフンは両手を解き、片方の手につなぎかえ、指を絡ませ仰向けになる。

「はぁー、良かった、良かった。ミッちゃんありがとう。」

絡めた指にギュッと力を入れたあと、チフンは目を閉じる。

エアコンの音が部屋に響く。

しばらくすると、チフンの寝息が聞こえてきた。

・・・寝ちゃったよ。

私も目を閉じる。

いびきかいたら恥ずかしいな・・・。

浅い眠りを繰り返す。

いつの間にか、つないだ手は放れていた。

チフンは、時おりスマホを操作しては、また深い眠りに入っていく。


午後5時。

チフンは、目を閉じている。

「そろそろ帰ろうかな。」

ベッドから起き上がる。

チフンは、すぐに目をあけ、起き上がる。

「6時まで。もう少しお話ししていたいから。」

私は、足を床に下ろし、ベッドに腰かける。

チフンはベッドから出て、机の下から椅子を引きずり出し、腰かける。

「ねえミッちゃん、僕は何をしてあげればいい?」

チフンは、すがるようなまなざしをする。

「別に・・・一生友達でいて。」

「それはもちろん。」

「チフン、兄弟いる?」

「お姉さんがいましゅよ。」

チフンは、スマホを操作し、写真を見せる。

両親と姉が写っている。

平凡で、穏やかそうな家族だ。

3人とも優しそうな笑顔をしているが、ここにチフンが加わったら、違和感がある。

美形過ぎて。

「みんな優しそうな顔してるね。」

「はい、両親は早く結婚しろと、うるさいでしゅよ。僕も40才までにはしたいでしゅね。」

「そっか、40か。チフン何かスポーツやってたの?」

「バスケと水泳でしゅね。」

「あー、その肩幅、そうだ、水泳の肩だよね。」

「はい。」

「ねえ、来年?・・・今度会うときは、韓国語で喋ろうか?私、韓国語習おうかな?」

「英語で話しましょう。」

「英語か・・・ハードル高いな。わかったよ。ところで荷物はいつ送るの?」

「まだわからないでしゅけど、この部屋は、16日まででしゅ。」

「そのあと、どうするの?」

「同じ会社のソンドルの店長の家に行きましゅ。」

「ああ、職安通りに面した店ね。家はどこなの?」

「中井でしゅよ。奥さんもいるから、断ったですけど、どうしてもと言われて、行きましゅよ。」

「そっか、何か手伝えることあったら言ってね。」

「ありがとごじゃいましゅ。」

「そろそろ行くよ。」

ベッドから立ち上がる。

チフンも立ち上がり、近づいてくる。

ハグ・・・のような気がした。

チフンは、すっぽりと私に手を回し、抱きしめる。

私は、チフンの脇から両腕を入れ、チフンの広い肩にしがみついた。

チフンの胸に耳をあて、鼓動を数えた。


「駅まで送りましゅね。」

「うん、じゃあ帰りは要町で。」

チフンは、ごみ袋を持って、先に外へ出てドアを押さえる。

「お邪魔しました。」

「また来てくだしゃい。」

チフンは、ドアを閉め、鍵をかける。

1階に降り、チフンはごみ袋を出しに行く。

角のごみ置き場では、40代くらいの主婦が2人、立ち話をしている。

チフンの姿を見ると、2人は会話をやめ、チフンと後方にいる私を交互に見る。

「さあ、行きましょ。」

戻ってきたチフンは、少し小さな声で私を促し、私達は歩き始める。

主婦が再び話し始めたようだ。

先程とは別の話題で、盛り上がることだろう。

マッチや息子達と何度も来た私立中学の前を通り、要町駅に到着する。

改札口手前で、急にチフンは私の前でかがみこみ、バッグと反対側、ダラリと下げていた私の左手を、両手で握った。

そして、私の顔を見上げながら言った。

「今日は、ありがとうごじゃいましゅ。」

「ううん、チフン、またね。」

改札に入り、振り返る。

手を振るチフンに振り返し、ホームへの階段を降りた。


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