第15話

7月12日

午後3時。新大久保駅。

マリエとカヨコが改札を出てきた。

「2人ともお久しぶり。」

「暑いねー。」カヨコは、扇子で顔をあおぐ。

マリエは、私をまじまじと見る。

「ミッちゃん、何かあった?何か変わった。一皮剥けたっていうか、何かキレイ。」

「そういえば・・・」カヨコもまじまじと見る。

「ないよ、何も。とにかく行きましょ。」

マリエとカヨコは、次男が中学、高校時代所属していた、テニス部の同級生の母親だ。

同期は20人程いるのだが、酒が強いという共通点から、自然と意気投合し、こうして時々会っている。

今日は、卒業式以来、4ヶ月ぶりになる。

「先に、ちょっと食料品見たいな。」カヨコは、相変わらず扇子で顔をあおいでいる。

「新しい店できた?」マリエがハンカチを額にあてながら聞く。

「うん、あるよ。じゃ、そこの信号渡っちゃおう。」

最近できたそのビルは、1階が食料品店、2階が化粧品店になっている。

1階の食料品のフロアを、ゆっくり見てまわる。

2人は、インスタントラーメンの種類の多さに感動して、1つ1つ丁寧に見ている。

2人から少し離れて、チフンに電話をする。

チフンは、コールなしで、いきなり電話に出た。

「ミツコさん?」

「うん、チフン、今日いる?」

「はい、いましゅよ。」

「今、買い物してるから、もう少ししたら行くね。3人。」

「はい、待ってましゅね。」


午後3時半過ぎ。

土曜日だからか、店は半分程うまっていた。

チフンの姿は見えない。

ミンが出迎え、奥の壁際の席へ案内する。

「ミンくん、生ビール3つね。」

「はい。」

ミンが去ってから、マリエが口を開く。

「今の子?今の子がキレイの原因?」

「違うってば。」

チフンが店に入ってくる。

真っ白なシャツが、店の中でひときわ際立つ。

チフンは、隣のテーブルに座る、2人の女性と挨拶をかわす。

やはり常連なのであろう。

年代は、私達と同じくらいか。

2人共示し合わせたように、茶髪のセミロング、黒っぽいチュニック。

そして2人共、ややふくよかな体型をしている。

チフンが私に気づき、こちらへやってくる。

「チフン、友達だよ。こちらは店長のチョン・チフンさん。」

「いらっしゃいましぇ。」

チフンは、2人に深く頭を下げる。

「仕事のお友達でしゅか?」

「ううん、次男の学校の友達。」

「息子さんは、大学生でしゅか?」

「次男は大学生。長男は社会人。今度、2人連れてゴハン食べにくるよ。」

すると、チフンは口を閉じたまま、空間を見上げる。

何を考えているのか。

前にも、こんな表情をしていた。

「どーしちゃったの?」

カヨコが小声で私に聞く。

私は手のひらを上に向け、わからないポーズをとる。

「チフン、どしたの?」

チフンは、ビクッとして我にかえる。

「あー、韓国では、息子は母親と外で食事するのは、恥ずかしいでしゅ。」

「えー?韓国は、両親を大事にする国なのに?」

マリエが不思議そうな顔をする。

チフンの後ろで、黒い2人の女が、私を見ながらヒソヒソと話している。


マリエが私を斜め下から見上げる。

「これがキレイの原因なワケねー。」

「そうかな・・・かもね。」

カヨコがスマホを取り出す。

「ここの店の名前は?」

「ハヌガ。」

カヨコが検索をする。

「ほら、彼が出てきた。ファンがいっぱい呟きまくってる。」

画面には、肉を焼いているのであろうか、視線を下に落とした、チフンの横顔の写真がアップになっていた。

「それ、何見てるの?」

「ツイッター。」

カヨコが、指を動かしながら続ける。

「航空会社で働くために、日本に来たんだって。」

思わずマリエと目を合わせる。

「航空会社?」

「日本人だって難しいよね。まあ、職種にもよるだろうけど。彼、いくつ?」

「33才だって。」

マリエが、唇をへの字に曲げ、首を横に振る。

カヨコはスマホをテーブルに置き、「彼は、大きな夢を持つ、頑張り屋さんなんだよね、たぶん。」

マリエもスマホを取り出し、チフンをチェックし始める。

カヨコが、「ミッちゃんもスマホ?」

「ううん、ガラケーだよ。だって、通話とメールしか用ないし。」

「そうなんだ。」

「あと1年、支払い残ってるし。」

「じゃ、来年はスマホだね。」

「かなー。でも、ガラケーも毎年新機種が出てて、進化してるって、携帯会社の子が言ってたよ。どっちでもいいや。」

マリエがスマホをバッグにしまいながら、「私なんか、スマホに変えた時、3日ぐらいウツになってたよ。説明書ってものがないし、携帯会社の人、とにかくいろいろいじって、操作してみて下さいって言うし。」

「えー、マリエちゃんが3日なら、私なんか3ヶ月くらいウツになっちゃうよ、きっと。」

生ビールを注文するために、チフンをさがして、振り返る。

レジにいたチフンと目が合う。

左手の指を丸めて、おいでおいでをする。

チフンが近づいてくる。

私はそのまま、おいでおいでを続ける。

チフンも私のマネをして、指を丸める。

私とチフンの手が近づき、そしてくっつき、ハートの形になる。

チフンの後ろで、2人の黒い女が、驚いた表情をしている。

手を元に戻す。

「えっと、生ビールとね・・・」

メニューを指さす。メニューが逆さまだった。

チフンは、大笑いをする。

カヨコは、「あれー?ワザとじゃないの?」

「ちがうよ。あと、キンパね。」

「はい、のり巻きでしゅね。」

マリエが笑う。

「パは、ごはん。クッパのクは・・・」

チフンは突然、マリエに向かって、説明を始めた。


隣の席の2人が、会計を済ませ、外に出た。

チフンが見送りに出る。

チフンと2人の女が話している。

「ミッちゃんのこと、指さしてるよ。」

マリエに言われて、振り向く。

黒い2人と目が合う。

「いいよ、何でも。」

「余裕だねー。」カヨコが手をたたく。

マリエが、「そろそろマッコリいきますか?」

「賛成!」

見送りを終えたチフンが戻って来た。

「ねえ、チフン、このマッコリ、ボトルで。」

「はい、サービスしましゅよ。」

「わーい、ありがとございまーす。」

カヨコが再び手をたたく。


お会計を済ませ、外に出る。

チフンが、見送りに出る。

「ありがとね。」

「また来てくだしゃいね。」

チフンが手を振る。

大久保通り方面に向かって、歩き始める。

カヨコは、再び扇子で、顔をあおぎ始め、「ミッちゃん、目の保養、させてもらったわ。」

「かなりのイケメンだね。タイプではないけど。」マリエがハンカチを取り出す。

向こうから、黒い2人の女が歩いてくる。

「あっ、さっきの・・・また会いに行くんじゃないの?」

カヨコのあおぎが早くなる。

距離が近づき、2人の女と目が合う。

お互い視線をそらさない。

すれ違いざま、ニッコリと顔を傾ける。

2人は、戸惑った表情をしたが、慌てて笑顔を作って、上目づかいに、頭を少し下げた。



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