第12話

6月5日

昼過ぎ、改札近くの売店の前で、マッチは待っていた。

マッチことマチヤマユカリとは、ここへ越してくる前に20年住んでいた、練馬にあるスポーツクラブで、知り合った。

週2回、クラブのプールに通っていた時に意気投合し、クラブ以外でも、一緒にランチや買い物に出歩くようになった。

マッチには、とにかく大きな影響を受けている。

マッチと会わなかったら、2人の息子は、中学受験をしていなかったであろう。

マッチにも2人の息子がおり、見事2人とも、医学部合格を達成させ、今では2人、別々の大学病院に勤務している。

とにかくマッチは、面倒みが良かった。

男子校の学校説明会に一緒に行ってくれたり、長男の模試にまで付いてきてくれたりした。

マッチに会わなかったら、長男は、DNAを大きく超えるレベルの大学に合格という快挙は、成し遂げられなかったであろう。

マッチ自身は、薬剤師の資格を持ち、週3日、1日3時間だけ、練馬駅前のドラッグストアーで働く。

「マッチ、お疲れー。3時間の労働、ごくろうさま。」

「お腹すいた。早く塩あじの豚肉食べたいよ。」

「うん、行こ。でもさ、日数とか時間増やさないの?」

「うん、増やしたら、103万超える。」

「羨ましいね。」


ガラスのドアを引いて、店に入る。

レジには、ミンソがいた。

「あー、ミンソ、なんで・・・?」

「あー、いらっしゃい、どうぞどうぞ。」

店の中央の席に案内される。

おしぼりを渡しながら、ミンソが話す。

「実はねー、チョン店長と一緒に、この店に移りました。この店の売上、ちょっと悪かったから、私と店長で頑張るように、社長に言われました。」

ミンソの名札が目についた。

「あー、ミンソ、副店長じゃない。すごい。」

ミンソは、うれしそうに頷いた。

店内を見回す。チフンの姿は見えなかった。

平日のランチタイムに、店長、副店長の両方はいらないか・・・。

ちょっとガッカリした。胸が少し苦しかった。

「ミンソ、生、2つね。あと、ランチはサムギョプサル1人前から、頼めるんでしょ?」

「はい、大丈夫ですよ。」

「じゃ、1人前と、サムゲタンハーフと、チャプチェ。」

「はい。」

「いらっしゃいませ。」

ヘジンが、3種類のおかずを、テーブルに置く。

「ヘジンちゃん、こんにちは。」

「私、今月いっぱいで、韓国帰ることになりました。」

「えっ、そうなの?なんで?」

「両親が帰るようにと。両親の言うことは、きかないとダメです。」

「そうなの。日本にはどのくらいいたの?」

「2年です。」

「2年で日本語パーフェクトにマスターしちゃうなんて、すごいよ。」

「そんなことないです。」

ヘジンは、うれしそうな顔で、ペコリとおじぎをした。

ミンソが、生ビールをテーブルに置きながら、「これ、サービスします。飲んでください。」

「えー、ありがとう。」

「これもサービスです。」

カボチャサラダをテーブルに置く。

「ありがとう。」


店内には、ミンソとヘジン、そして、初めて見る男の子が働いていた。

男の子が肉を焼き始める。

名札には、イ・ミン と記されている。

「ねえ、イ・ミンホ じゃないの?」

男の子は、笑顔で答える。

「はい、ホ がないです。ミン です。」

「この店はいつからいるの?」

「今週からです。」

「日本には、いつ来たの?」

「1ヶ月前です。」

「日本語学校行ってるの?」

「いいえ、大学に入りました。」

ミンは、池袋にある、有名な大学の名をあげた。

「そうだよねー。こんなに日本語上手だもんね。日本語学校行く必要ないよね。何学部?」

「経済学部です。」

「韓国の大学も行ってたの?」

「いいえ、私は、軍隊に先に行きました。除隊して、まだ2ヶ月です。」

ミンは、喋りながらもしっかりと手を動かし、肉を焼きあげる。

「どうぞ、お召し上がりください。」

「ありがと。それからミンくん、えごまの葉とニンニクください。」

「はい。」

しばらくしてミンは、2つの小皿に、山盛りのニンニクと、高く積まれたえごまの葉を持ってきて、テーブルに置いた。

マッチがつぶやく。

「いいねー。優秀だねー。娘がいたら、ムコにしたいねー。」

「ホント。でも、長男かな?しっかりしてるから、長男ぽくない?」

「あー、韓国の長男は、大変らしいよね。」

「まあ、私達、娘いないから、とりあえず肉、食べましよ。」

「はーい、塩豚ちゃんだ。」

「マッチ、マッコリ1杯飲もうよ。」

「いいね。」

ミンソを呼ぶ。

「あんまり甘くないマッコリは、どれ?」

メニューをひろげ、ミンソに聞く。

「これですね。」

メニューを指差す。

「じゃ、グラスで2つ。」

「はい、わかりました。」

ミンソがグラスに並々と注がれたマッコリを、テーブルに置く。

「はい、サービスします。」

「えっ、いいよ、ミンソ。サービスし過ぎだよ。」

「大丈夫、大丈夫。今日は、嬉しいですから。」

「ありがと。また、ミンソの顔、見に来るよ。」

「はい、ありがとうございます。」

ミンソは、うれしそうに笑った。


ミンが、空いた器を下げに来る。

「どうでしたか?」

「うん、おいしい。ミンくん、肉焼くの上手だね。」

「ありがとうございます。」

「ミンくんは、どこで日本語習ったの?」

「韓国で小学生の時に、日本語教室行きました。あと、英語とパソコンと、ピアノと・・・」

「小学生の時?」

「はい。」

ミンは、鉄板に残ったキムチとモヤシを、丁寧に中央に集めている。

「韓国人は、キムチが無いと、ゴハン食べられないって?」

「それは、年輩の人です。最近の若者は、ファーストフードよく食べます。キムチがキライな子供、たくさんいます。」

「そうなの。ミンくんは?」

「私は、そこそこ食べます。」

「そこそこ?」

3人で、顔を見合わせて笑った。

マッチが再びつぶやく。

「やっぱ、いいねー。加えてあの子、いいとこのボンボンだよ。」

レジでミンソにお会計をして、3人で一緒に外へ出る。

「ミンソ、ごちそうさま。」

「はい、また来てくださいね。」

ミンソが小さく両手を振る。

バイバイをして、背を向ける。

4〜5歩程進んで、振り返る。

ミンソは、両腕を大きく広げて、手を振っている。

曲がり角まで来た時、もう一度振り返る。

ミンソは、跳び跳ねながら、大きく手を振っている。

手を振り返し、角を曲がり、横断歩道を渡った。

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