第11話

5月30日

午前11時。

新大久保駅で、マユミさん、エイコさんと待ち合わせる。

2人は、昔勤めていた銀行の先輩で、辞めてからも、1年に1度くらい、こうして会っている。

マユミさんは、ここ数年韓流ドラマにはまっており、1日3時間くらいは観ていて、とにかく韓国の俳優にやたらと詳しい。

エイコさんは韓国好きで、実際韓国には、かれこれ20回程行った事があり、とにかく買い物好きだ。

東大門市場で、個性的な服を買って来てくれたりするのだが、毎回欠かさずおみやげでくれるのは、化粧ポーチなどに使えるチュモニ。

家に何個あるだろう。

でも、毎回「これ、便利なのよー。1度使ってみて。」と言って渡すということは、前回もあげたことを忘れているのであろうか。

たぶん今から1時間もすると、エイコさんは今年も、胆石の治療の時の話を始めるだろう。

昔話に病気の話、そしてこの先孫の話・・・・今日は、年に1度の忍耐の日だ。


マユミさんは、駅近くのグッズの店で、お気に入りの韓流スターのマグカップを買う。

出口付近のワゴンに、卓上カレンダーがギッシリと並べられている。

もうすぐ、1年も半分終わってしまう。

去年の年末には、1200円で売られていた物が、どれも100円になっている。

マユミさんは、ワゴンに頭を突っ込むようにして、お気に入りを探す。

「見つけた!」

うれしそうに、戦利品をギュッと胸に抱え込んだ。

食品スーパーの店で、早くもエイコさんは、牛肉ダシ、レトルトのユッケジャンを買い込み、重そうに持ち歩く。

「ミッちゃん、後で職安通りの店で、キムチ買いたいから。」

「あ、いいですよ、エイコさん。」


イケメン通りを一通り見て通り抜け、職安通りに出てから、チフンの店へ行こうと思っていた。

3人でダラダラ歩き、あと10m程で大通りへ出ようというその時、突然目の前にチフンが現れた。

白いシャツに細身のデニム、青いリュックを背負ったチフンが、職安通りを歩いている。

こちらを見る。

「あっ。」という表情をして、こちらへ方向を変える。

小さく手を振ってみる。

しかし、その視線は少しズレている。

チフンの視線は、私達のすぐ後ろを歩いていた、韓国人の男に向けられていた。

しかし、チフンはすぐに私に気づき、「おー。」と声をあげ、ニッコリした。

私もニッコリ頷き、チフンとすれ違う。

チフンは男と話している。

職安通りに出た時、チフンが追いついて来た。

先輩2人の存在は忘れ、チフンと並んで歩く。

「もしかして、今出勤?」

「そうでしゅ。12時からでしゅ。」

「はい、じゃ、私の名前は?」

「えっと・・・忘れました。しゅみましぇん。」

「ミツコだよ。」

「ミチコ?」

「ミツコ。」

「日本の名前、難しいでしゅね。」

K-POPライブハウスの前には、若い子から中年まで、10人くらいの女達が並んでいた。

そして、全員が驚きと羨望の表情で、こちらを見ていた。


次の角に差し掛かって、立ち止まる。

「この通りを入りましゅ。」

再び歩き始める。

「ここでしゅ。」

窓が一面ガラス張りになった、こじんまりとした店だ。

店の中程、壁際の席へ案内される。

「いらっしゃいませ。」

真っ白なキレイな肌の女の子が、おしぼりを持ってくる。

名札には、 パク・ヘジン と記されている。

すぐに、前掛けをしめたチフンが現れる。

「飲み物、1杯ずゅちゅサービスしましゅよ。何がいいでしゅか?」

「生ビール。」

マユミさんとエイコさんは、チフンを上目遣いに見ながら、ウーロン茶を頼んだ。

「何で仲いいの?」

マユミさんが聞いてくる。

「なんか、ここんとこ急に、偶然が重なって・・・。今日もびっくりですよ。でも、相当店来てますよ。」

マユミさんは、チフンを目で追いながら、「ヘタな韓流スターより、イケてる。」

「何食べますか?」

「ミッちゃんに、お任せするわ。」エイコさんが答える。

ヘジンを呼ぶ。

「あ、ヘジンちゃん、このサムギョプサルのセットね。」

「あ、名前覚えてくれて、ありがとございます。」

ヘジンが顔をほころばす。

チフンがナムルを持ってくる。

「これもサービスでしゅ。いっぱい食べてくだしゃい。」

「ありがと。」

「この店、どうでしゅか?」

「こじんまりしてて、いいね。」

「ありがとごじゃいましゅ。2階もありましゅよ。」

「そうなんだ。2階は何人くらい入れるの?」

「30人くらいでしゅ。」

「じゃ、けっこう大きい店だね。」

「はい、そうでしゅね。」

「もう、ここの店しか、来ないよ。」

「はい。」

「他の店、行かない。」

「はい。」

チフンは、うれしそうに何度も頷いた。

「お友だちでしゅか?」

チフンは、マユミさんとエイコさんに

手のひらを向ける。

「会社に勤めてた時の、お局様。」

2人は、慌てた表情をする。

「オツボ・・・?」

「先輩。」

「あー、そうでしゅか。先輩でしゅか。」


ヘジンが、鉄板でセットのキムチチャーハンを作る。

最後にヘジンは、出来上がったチャーハンを、ハートの形に整えた。

「どうぞ。」

「あっ、ハート。かわいい。食べるのもったいない。」

ヘジンは、うれしそうに笑った。

レジでお会計をする。

「あ、新しい名刺だ。ちょうだいね。」

「はい、どうじょ。」

「チフン、私の名前は?」

「ミチコさん。」

「さんはいらないよ。」

一緒に表へ出る。

「なぜ?年上でしょ?」

「私、33才だよ。」

「あー、そうでしたね・・。」

チフンは、声を出して笑う。

「じゃ、またね。」

私は、手を振りながら一歩後ずさり、くるりと背を向けた。

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