第6話

11月10日

今日もあの男は、店の前に立っていた。

遠目に確認してから、目をそらして歩く。

5m程手前で視線を戻すと、あの男は首を左右にゆっくりと動かしている。

右を見る時は、完全に私を視界から外す。

あの男に視線を合わせたまま、前を通り過ぎる。

男と視線が合うことは、なかった。


11月11日

定休日の昼過ぎ、マキからメールが来る。

『夜、肉でも食らおう。こないだ入れなかった店行こうよ。』

マキの家は、高田馬場駅戸山口から5分程の高台にある。

大きな3階建ての1階には、ダンナの両親、2階には妹夫婦、3階にマキ達が住む。

暖炉が備え付けられ、グランドピアノが置いてあり、家中が品の良い小物で飾られている。

子どもはいない。


午後7時、新大久保駅でマキと待ち合わせる。

改札口に向かって待っていると、後ろから肩をたたかれた。

「えっ、どうして?」

「歩いてきた。だって、ひと駅もないよ。お腹すかせなきゃ。さー、がっつり食べるよ。」

店の手前まで来たとき、マキがタバコを買いたいと言った。

「どこか買える所ある?」

「大通り出たとこのディスカウントショップか、コンビニだね。」

「先、入ってていいよ。」

「ううん、一緒に行く。」

店の前を通り過ぎる。レジに立つ、あの男の後ろ姿が見えた。

マキの後ろから店に入った。

レジにいたあの男が気付く。

マキの後ろにいる私を見ると、一瞬顔をこわばらせたように見えたが、すぐに柔らかな無表情をつくった。

「2名しゃまでしゅか?どうじょ。」

店の中程の席に案内される。

「生2つ。」

マキが注文する。

男の顔を見上げる。視線が合う。先に男が視線を反らした。

男が生ビールを運んで来る。生ビールをテーブルに置く。

男の手は、細くて長く真っ白だが、少し荒れていた。

とりあえず、サムギョプサルを2人前注文する。

マキは、とにかくよく飲み、よく食べる。

生ビールを2杯ずつ飲んだ後、マッコリのボトルを頼む。

男はマッコリのボトルを逆さまにして、よく振ったあと、小ぶりなアルミのやかんに入れて持ってきた。

肉とキムチ、チャンジャ、ケランチムをつまみに、3本目のマッコリのおかわりを注文する。

マキはまだ食べ足りない。

「チヂミ食べようよ。」

「海鮮?」

「ニラでいいよ。海鮮なんて、高い割りにシーフードミックスが、ちょびっと入ってるだけじゃん。」

「確かに。」

あの男は何度も傍らを通り過ぎ、何度も注文品をテーブルに運んできた。

私はあの男の手だけを見つめ、傍らを通り過ぎる男に顔を向けることは、なかった。

まっすぐに前を向き、マキだけに、とびきりの笑顔を見せていた。


11月28日

あの男の姿を確認した。

今日も店の前に立っている。

近づくにつれ、私は、化粧品屋のショーウインドウを見るふりをしたり、伏し目がちになったりしてしまう。

あの男は、顔をやや上に向けていた。

はるか遠くの空を凝視しながら、「いらっしゃいましぇぇー。いらっしゃいましぇぇー。」と、何度も、まるで叫んでいるような、大きな声だ。

男の前を通り過ぎた。

男の声は、ピタッと止んだ。

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