第5話
9月21日
週末は学生が少ないから、店は比較的すいている。
マキはレジでパソコンを見ている。
「ねえミッちゃん、もう閉めようか?」
「うん、暇だね。」
「今日、店開けないで、うちでパーティーすれば良かったよ。」
「マキ、お誕生日おめでとー。働き者だねー。」
「どーも。」
「マキ、私がお誕生会やってあげるよ。ガツンと肉でも食べに行こ。」
「やった、ゴチになりまーす。」
店じまいをし、外へ出る。
駅へ向かう道も平日よりは空いているのだが、高田馬場駅は、相変わらず人で溢れている。
ロータリーも、待ち合わせをする学生の団体でいっぱいだ。
土曜日の夜だから、新大久保駅と大久保通りも、さぞかし混んでいるであろう。しかも、3連休初日だ。
JRには乗らず、西武新宿線に乗り、新宿駅で降りる。
職安通りからその通りへ入ると、いつものごとく人で溢れかえっている。
「相変わらず、すごいね。まだブームなの?」
マキが呆れた顔で言う。
「でも、一時期よりは減ったよ。閉めた店もけっこうあるし。」
「理解できないよ、私には。」
あの男の店は、満員だ。外で2人、女性客が待っている。
「マキ、ここの店にしようと思ってたんだけど。」
「どのくらい待つか聞いてみるよ。」
マキが店のドアを開けると、あの男が近づいてきた。
マキは、二言三言会話をした後、こちらへ顔を向ける。
「20分くらいだって言うから、他にする?」
話すマキの後ろで、あの男がこちらを見ている。
「うん、そうしようか。じゃ、また。」
男に軽く会釈をし、男も頷く。
私達は、他の店を探すために歩き始めた。
「いい加減な男だね。20分なんて絶対ウソだね。ミッちゃん、20分以上もビールお預けなんて、地獄だよね。」
「言えてる。」
9月23日
3連休最後の日も、この街は人で溢れかえっている。
通りの右はじを、人の流れに合わせ歩いていた。
はるか向こう左手に、店の前に立つあの男の姿が見えた。
男は、道行く人々を冷静に観察しているかのように、無表情で一人一人、次々と目線を移していく。
店の前に差しかかった時、あの男と視線が合った。
男は、「あっ、」という表情をして、身を乗り出しかけた。
私に?自信がなかった。
口角を少しだけ上げた後、視線を正面に戻し、歩き続けた。
男は、作りかけた笑顔を消して、また無表情に戻った。
9月26日
不思議なくらい、人通りがなかった。
前を歩く人影は、はるか先だ。
私とあの男の間には、誰もいない。
男は微動だもせず、まっすぐ前を見ている。
だんだん男に近づく。
男は、ひたすら前を見続ける。
男の1m前を、男の視線の下をくぐり抜け、通り過ぎた。
10月3日
とにかく、ずっと前を見て、歩き続けた。
店から出てきて一瞬動きが止まり、すぐ店の中へ引き返す男の姿を横目で見た。
10月20日
小雨が降る大久保通りを3人で歩く。
アヤコから電話があったのは、3日前だ。
「カズミと3人で飲んだんだって?何で声かけてくれなかったのよ。」
「ごめん、ごめん。たまたまなんか偶然タイミングが合っちゃって・・・」
「次はいつ?」
「えーっと・・・」
「月曜か火曜どお?」
「うん・・・」
「アリちゃんに都合聞いてみてよ。」
「わかった、連絡するね。」
とにかく気が進まなかった。
ここ数日の男の態度を思い出すたび、憂鬱になる。
何も知らないアリシアは、楽しそうに話しかける。
「ミッちゃん、ガリガリくんの店に行くだね。」
「他の店でもいいよ。」
「いいだよ、ガリガリくんで。女の子も親切だし。」
店は、半分ほど客が入っていた。
見渡すところ、あの男の姿はない。休憩中か、用事で外へ出ているか。
見覚えのある女の子が出迎える。
「あーっ、いらっしゃいませ。3名様ですね。こちらへどうぞ。」
店の中程の、壁際の席へ通される。
いつものごとく、椅子にかけると同時に、アリシアが注文する。
「生、3つ!」
女の子が笑顔で、おしぼりを持ってくる。
「また来てくれて、ありがとございます。」
女の子の左胸のネームプレートには、キム・ミンソと記されていた。
「ミンソちゃんていうのね。」
「はい、よろしくお願いします。」
あの男より全然日本語が上手そうだ。
1時間程経っても、あの男は現れなかった。
今日は休みなのであろう。
心のどこかで少しホッとしている。
店の中をじっくりと見回す。なかなかの大型店だ。
K-POPが流されるモニターが、店内に4ヵ所設置されている。
奥には小上がりもあるようだ。
天井に近い壁面は、A4程に引き伸ばした写真で、埋め尽くされている。
お客さんとか、有名人が来店した時の写真であろう。
2人で写されているものもあり、7〜8人で写っているものもある。
写真をぐるっと見回す。
店内全ての写真に、あの男が一緒に写っていた。
20分くらいだって言うから、他にする?」
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