第3話

7月4日

スペイン人のアリシアは、気の合う飲み友達だ。

19歳で来日して30年になる。

沼津に住む日本人のダンナとは別居中で、ダンナが買った中野の一軒家に、一人で住んでいるのだが、それ以上のことは、詳しく聞かないことにしている。

彼女のライフスタイルは、とにかく質素なのだが目的があり、何年かに一度、貯めたお金で、半年ほどヨーロッパを廻ってくる。

荷物はノートパソコンひとつ。

そのために働く。

質素とはいっても、欧米人だから、何を着ていても、様になる。

アリシアは、初めてこの街に降り立ち、とても興奮している。

改札を出てから、ずっと喋りっぱなしだ。

「日本じゃないよ、ここ。」

「アリちゃん、気に入った?」

親指を立てて、嬉しそうに頷くアリシアの向こうに、レジに立つあの男の後ろ姿が見えた。


7月7日

朝、家を出る。高田馬場方面に向かう。

住宅街を抜けて坂を下ると、JRの線路沿いの道に出る。左に曲がる。

週3日、早稲田通り沿いの雑貨店で働く。

オーナーである、一つ年下のマキと一緒に働いて、一年になる。

マキは、とても行動力に溢れている。

何にでも興味を持ち、人見知りをせず、まるで昔からの友達のように、初めてのお客とでも気軽に話す。うらやましい限りだ。

午後4時。勤務を終える。

JRに乗り、新大久保で降りる。

職安通りに向かう。

あの男は店の中にいた。横顔が見えた。

韓国食材店に寄り、漬け物と調味料を購入する。

帰り道、通りすがり何気に店を覗くと、窓際に立ち、外を見るあの男と目が合った。

お互い無表情で視線を戻した。


7月14日

今日もこの通りは混んでいる。

2歳年上のアヤコは、買い物が長い。

どこも同じような品揃えの化粧品店を、一軒一軒丁寧に見て廻る。

アヤコは専業主婦だが、神楽坂に貸し店舗兼自宅のビルを所有していて、早くも悠々自適の生活をしている。

何件目かの化粧品店を出ると、店の前で、3人の若い女性客と話している、あの男の横顔があった。

客引き中か?かたわらを通り過ぎ、次の化粧品店に入る。

「アヤコ、どこも売ってるの同じじゃない。」

「うーん、でも、ビミョーに違うんだってば。」

「はいはい。でも、何か食べようよ。お腹すいて死にそう。」

あの男の店は、満員らしい。

店の外に椅子が置かれ、待っている客が二人いた。待ってまで入る気はない。

斜め向かいに、小さな料理店が4軒並んでいる。

外から覗いて、空席のある店のドアをあけた。

「はい、いらっしゃいましぇぇー。」

肉が焼ける匂いと、チゲの熱気が、爆風のように襲ってきた。

小一時間ほどしてその店を出ると、あの男はレジにいた。

入ってきた客を迎える横顔が見えた。

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