僕の青春をゾンビたちに

@soy-curd

天使と屍体

僕の最高再生数は史上初食人生放送

 自分は屍体ということを売りにして生放送を行っている。皆、そのようなことを言うと嘘だ嘘だとコメントするのだけれど、そうすると自分は、逆上し、自分が屍体だということを示すために指を関節の反対側に曲げてみたりする。そのように、自分の一挙一投足を、貶し囃し立てることで、自分が憤慨し珍妙な応答をするのを、視聴者は楽しんでいる。けれども自分はそれについて、対応する術を持たない。真実には真実で返すことしか出来ないので、自分が屍体だという証拠を、このように並べ立てるしか出来ない。「今から、僕が、死んでいることを証明します」自分は口の中に手を突っ込み、歯を抜いてみせる。「こんなことをしても、決して、血の一滴も出ません」自分はフォークを鼻の右から指し、左側に貫通させて見せる。しかしコメントは、非情で、このようなエキセントリックな嘘をついて視聴者を騙す再生数乞食だとか、このような人間がいるから日本は立ちゆかなくなるのだとか、辛いものばかりだ。自分は怒りでいっぱいになり、その感情を、視聴者にぶつけたくなる。だから自分は毎日ノートパソコンの電源をつけ、画面の上部についた小さな穴の向こうを意識しながら、生放送アプリを起動する。自分は屍体であることを生業にした生放送主だ。再生回数で生きながらえているただの屍体なのだ。


 視聴者には、定期的にチャンネルを見てくれる人もいて、ありていに言えば、それは自分のファンだ。自分はAmazonのidを公開しているので、彼らはたまに、お気に入りリストに入れている品物を買ってくれる。配達はなぜか午前中に来ることが多く、異常に密度の薄い大きいダンボールの中に、よく消えると話題の消しゴムや、アングラなマンガなんかが入っている。蓋とビニールをむしり取って残ったダンボール、これを捨てることは月に一度もないから、自分の部屋の、カメラの映らない所はダンボールが山になっている。気に入った物が送られてきた場合はしっかりと放送中に感謝の言葉を述べ、このようなひとつひとつの贈り物が、いかに自分の心の支えになるか、そして、この放送を続ける糧になるかをしっかりと伝える。自分は自分の本心しか伝えられないからだ。コメント欄は、他人の恵みに頼ることしかできないでくのぼうだという罵りの言葉で溢れ、自分は、それは物を送っていただいた方を非常に嫌な気持ちにさせるものであるから、謝罪するべきだという意見を述べ、お前のようなやつにそんなことを言う権利はないという書き込みがあり、自分はそれに反論し、などとやっていると今日の放送枠の一時間がすぎる。この日の再生回数は六十万回、この再生により生まれた金銭は、この家の家賃や、電気代等に使われ、ちょうどとんとんといったところだ。食事代はかからない。めったの物など口にしないし、だいたい自分は人しか食べない。


 ほとんど腹が減らないのは、やはり外に出ないからだろう。Amazonの品物を配達してくれる若い配達員以外に、この部屋を訪れる人はほぼいない。ゴミはアパートの敷地内のゴミ捨て場に捨てれば良い。近隣の住民の姿を見たことはない。

 屍体で良かったのが、夜、小便に行かなくて良いことで、自分は暗い所をトイレに行くのがものすごく怖かった。トイレの窓、風のある日など外の音が怪物がいるようにしか聞こえなくて、そういう天気の日は絶対にトイレに立たなかった。漏らしはしないのだが、我慢しているから満足に寝ることもできず、朝、日が登ってからようやくトイレに行き、ペットボトル一本分くらいの尿をして、また寝た。だから高校のときはやたら欠席が多かった。高校は出たが、受験はしなかったので、あとはずっと家にいた。配信はこのあたりからずっとやっていて、最初は録画をしていて、眉毛を数える人という動画を延々と上げていた。十分くらい、一本一本まつげを抜き、その数を動画の最後に報告し、終わる。それを二日に一回くらいの頻度でアップロードしていた。だから自分の眉毛は今まばらにしか生えていない。

「そうなんです、そのころは、どんな動画を流したらいいか全然わからなくて、髪の毛はやばいなと思ってたんですよ。父親がはげだったので、これはまずいなって。だから眉毛だったんですが、これも今思うと駄目でしたね。今、このカメラの解像度で伝わるのかはわからないんですけど、毛穴、毛穴しかないんです。怖いです。僕は今屍体だから、もともと怖いものなので、それはいいんですけど、普通の人だったら、眉がないのが際立って、もっと怖いはずです。だからね、真似しないでくださいね。抜くなら人に見えない部位がいいかと思います」

 

 本当に食事をする機会があって、視聴者の中で、ぜひともオフ会をしましょうよと言ってくれる方がいて、自分は承諾した。告知をすると、オフ会には希望者が五十人くらいいて、人数が多くても困るので、言い出した人と、あとはユーザーのIDからコメントを追って好意的な感情を持っている人を三人だけ選別して参加者とした。自宅を開場とした。人が集まってくると、酒でも飲もうという流れになり、「僕は飲めないので」と断ったのだが、「佐藤さんは、屍体ですけど飲めないんですか」と煽られ、この人は若い女の子だったけれど、呼ばなければ良かったと思った。

「ずっと思っていましたけど、やっぱり、腐臭がしますよ。知っていましたよ。でも、佐藤さんが、本当に死んでいるんだとは信じていましたけど、こうして実際に腐臭がしてみると、だめです。お風呂のお湯は止めているというし。せめて消毒ですよ。ウィスキーがあるんです。飲めば少しはましになるでしょう。そう思いませんか」とまくしたててきた。

 自分はべろべろに酔っ払った。若い女の子と、中年の男性二人も、相当酔っ払っていた。男性の内の一人、このオフ会の企画者が、

「自分は信じてるんです。佐藤さん。私は昼間は働いているんですけどね。もういいんです。会社は辞めます。というか、もう、なにひとつしたくないんです。どうかひとつ、私を食べてやってくれませんか。私は佐藤さんの放送をずっと見ていて、その習性、昼間明るいときは外に出れないとか、妹が家を出て行った話とか、この冬面白いドラマとか、母親を食べてしまった話とか、全部見ています。それで思うんです。私は佐藤さんに対する世間のひどい中傷を知っています。いま見返してやるんです。真実を見せるんですよ。カメラを、」彼はろれつの回らない舌で言い、パソコンを勝手に触り始めた。

「今ですか、え、今から」、と自分はうろたえ、もう一人の中年も彼の話に共感したらしく、パソコンを触ろうとするし、女の子はぎゃはははと爆笑していた。

 確かにこのオフ会の様子は放送するつもりでいたので、うっかり彼らに同調して、アプリを起動するのを手伝ってしまった。

「ええと、こんにちは。みなさん。僕です。死んでいる人です。よろしくおねがいします」自分は自分のことを死んでいる人と紹介する。「今日はオフ会を開いていまして、彼、この男の人が、僕のために、ちょっと食べられてくれるということです。あ、コメント、ものすごいですね。ありがとうございます。僕も、人に見られながら、食べるの、初めてなんで、とても緊張しています。そうですね。どうしましょう」

「佐藤さんの好きなようにしちゃってくださいよ!」と女の子が言う。「私達ははじめてなんで、教えてください。見たいです!」

「ですね。とのことなんで、好きなようにやります。まずは、あ、すいません、こっちに寄ってください。ありがとうございます。指、そう、人差し指でいいです。いただきます。あの、こう、立ててください、いきますよ、」と言って第二関節まで齧ると男性が悲鳴をあげた。自分は最後まで遂行するため、顎の力を入れ、がり、とちぎり取る。血が、流れ落ちないように吸い付き、すると、もう一人の中年が暴れないように企画者を抑えてくれた。画面を横目で見ると、がんばれ、がんばれ、と、怒涛のエールが自分たちに向けて降り注いでおり、再生数が跳ね上がっていく。「がんばって!がんばってください!」と女の子も目をきらきらさせ、応援してくれる。この場にいる誰もが祝福されていて、いつものならネットに溢れる憎悪も、今ばかりは影も形もない。血がようやく止まり、指から口を話した頃には、再生数はいつも一ヶ月で稼ぐ値を軽く超えていた。部屋にいる全員が涙を流していた。

「みなさん、僕は、感動しました。アンチの方々も、少しはいるみたいなのですが、応援してくれる方があまりに多いので、コメントは流れてしまい、ほとんどいないのと同じです。この一体感を共有でき、僕はこれまで生きていて良かったと思ったし、これから生きていく気力もみなぎってきています。あ、死んでるだろってコメント、すいません、お決まりのやつありがとうございます。このオフ会に来てくれた三人にも、この場を作ってくれた立役者なので、めちゃめちゃ感謝しています。あ、彼女じゃないですよ。そういうのじゃないです。ええ、たぶん次回オフ会やるときは、もう少し人を多くするかもしれません。今回残念ながらお断りさせていただいた方も、それはたまたまですので、また、連絡おねがいします。明日、明日の放送では、そうですね、虫眼鏡、これを、太陽の光を使って、集めた光を僕の腕に当てて、屍体がどれだけ日の光に弱いのか、すぐ赤くなるのかっていうことを実証してみたいと思います。お時間ですね。ありがとうございました。みなさんお元気で、私まだ、体一個分まるまる食事が残っているので、最後まで感謝して食べさせていただきたいと思います。それでは良い死を。さようなら」








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