第一幕 二話 極東からの来訪者

 アイルランド・キングダム。首都ダブリン。

 ここにはある組織の拠点がある。地元の者には有名だ。隠すわけでもなく、ダブリンの街に堂々たる姿をさらしているのだから。

 それがこのスーペリアーズ・マンション。


 二〇三六年の現在、地球全土である変化が起きていた。

 今や〝マティリアライズ・ミィス〟と呼ばれる現象によって、神秘の存在が現実に出現するのだ。

 しかし、神秘の存在と言っても複数いる。

 異能者、異星人に始まり、魔術士、魔法使い、突然変異体、神々や妖といった存在が表舞台に現れるようになっていた。


 また、この現象が最も厄介とされるのは神話や伝承。物語の中で語られていた存在が現実に具現化されてしまうというものだった。

 神話や伝承に記されている者たちは計り知れない力を持つ者が多く、具現化された際は物語の通り、絶大な力を発揮していた。

 どうしてこんなにも無敵のように描くのだと恨む者もいるだろう。

 具現化されるだけならまだしも、人類に善人、悪人がいるように、神秘の存在にも悪しき者がいる。

 そうした悪しき神秘の存在が地球全土で悪事を起こしていた。


〝マティリアライズ・ミィス〟は三年前の二〇三三年、突如全世界が揺らいだことが原因とされていた。

 僅か数秒間だけの出来事であったが、忽ちニュースとして全世界で騒がれた。

 地震のような揺れではない。空間が揺れたような感覚を全世界の人々が確かに体験し、様々な憶測が飛び交った。

 地球が滅亡するだの。次元が上がるだの。

 だが、確かに異質な揺れを感じたにもかかわらず、特に何も起きず、人々の意識から忘れ去られようとしていた時だった。

 世界各地である事が囁かれるようになっていたのだ。


 曰く、〝神秘の存在を見た〟と。


 以降、神秘の存在の出現は爆発的に増えていった。

 この時代では神秘はフィクションではなく、現実になってしまったというわけだ。

 人類はもちろん神秘の存在と共存することを第一とした。

 武力で傷つけあう必要などないと平和的にも聞こえるが、実際は神秘の存在たちに明確な決定打がないため、穏便に済ませようとしていただけだ。

 なぜなら、人間が相手ならば無論人間で対処できる。

 けれど、相手が神秘の存在ならどうだろうか。

 近代兵器として進化した銃や爆弾など彼らには通用しない。中には核ですら無効化する者までいるという噂だ。

 しかし、先ほども述べたように、人類と同様、神秘の存在にも悪しき者がいる。彼らに対して人間は無力だった。

 だが、そんな悪しき人ならざる者たちから世界を守るために、自らの異能や魔術、戦闘技術を行使して戦う存在がいた。


 人々は彼らのことをヒーローと呼んだ。

 まさに、彼らはコミック・ブックに描かれているヒーローそのものだったからだ。


 弱きを救い、邪悪を屠る。


 初めは個々人で戦っていた彼らだが、一部のヒーローがより強大な敵と戦うにはヒーロー同士の協力が必要だと作った組織。


 それが〝スーペリアーズ〟。


 そのスーペリアーズのメンバーが拠点としているのが、ここスーペリアーズ・マンションだった。


 スプレッド・レイザーの口振りから余程重要な任務があるのかと思い、鮮夜は足早に集合場所に到着した。

 既に何人か集まっているようだった。


「おっ、来たな。鮮夜」


 軽く手を振り、爽やかな笑顔で鮮夜に話しかけたこの青年。

 オレンジがかった明るいブラウンの髪と、血のように紅い瞳が印象的な彼の名はセタンタ。

 そう。このアイルランド・キングダムでは知らない者などいないほど有名な存在。

 セタンタではわからないのならば、この名は聞いたことがあるだろう。

 彼のヒーロー・ネイムはクー・フーリンだ。年齢は具現化される際に成長したのか二十四歳。

〝マティリアライズ・ミィス〟の影響で神話の中から彼も具現化された。

 セタンタのように神話や伝承から具現化された者のことを〝神現者〟と呼ぶ。


「ああ、クー。スプレッド・レイザーに言われてな」


 鮮夜もテイブルにつく。

 ここはスーペリアーズ・マンションのブリーフィング・ルーム。

 マンションと言っても一般的に普及している住宅マンションとは違い、スーペリアーズのメンバーが住む居住区と、彼らヒーローたちの活動を全面的にサポートするための施設が一体化している建造物だ。


 ブリーフィング・ルームには鮮夜、セタンタ以外にも鮮夜に連絡した全身白を基調とし、黒のラインが鎖のように縦横無尽に走るコスチュームに身を包んだ人物がいた。

 彼がスプレッド・レイザー。本名はアンドリュー・パーカー。二十二歳。

 ヒーローとして活動している時は陽気で饒舌。冗談もよく話すこのティームのムードメイカーでもある。

 が、コスチュームを脱いで一般人として生活している時は、女性と話すことが少し苦手な青年になる。

 コスチュームを着ることで性格をスイッチしているのだろうか。

 実は十五歳の頃からヒーローとしてヴィランズと戦い続けている。その時はまだヴィジランティだった。


 世界が揺らいだあの日から神秘の存在が表舞台に現れるようになったが、そもそも地球には神秘の存在も人間と同じように生息していたのだ。

 妖や魔術士、異能者などがそれだ。

 今まで一般人には秘匿されていただけで、世界が揺らいだ日を境に秘匿されなくなっただけということだ。


〝マティリアライズ・ミィス〟が強く影響しているのはセタンタのような神現者や、妖といった存在だろう。

 そのセタンタの隣に座っている腰まである赤紫色のロングヘアーが似合う凛とした雰囲気を纏う褐色の肌を持つ女性。

 彼女の名は雪渓桜花。

 ヒーロー・ネイムはミス・ファービュラス。

 鮮夜と同じ倭国日本出身だが、彼女の正体はセタンタことクー・フーリンと同じく、ここヨーロッパでは有名な存在。

 かつてアイルランド・キングダムがエリンと呼ばれていた時代。

 異境である影の国でセタンタと交わり、彼の子を宿した影の国の女戦士オイフェの転生体だ。

 セタンタとは違い、オイフェは死んだあと、現在の雪渓桜花という存在に生まれ変わった形になる。ただ、セタンタと邂逅したことによって記憶が戻っている。

 エリンの時代にはセタンタとオイフェは戦い合う間柄だったが、現在は桜花としての心があるため別段争うことはない。

 しかし、戦闘中などにはオイフェとしての心が勝るのか、どさくさに紛れてセタンタを殺そうとする少々厄介な存在だ。

 本人はいたずらを仕掛けている程度に思っているらしい。

 年齢は十八。


 さて、これでブリーフィング・ルームに集まったメンバーは全員紹介したことになる。

 ここで鮮夜が疑問を投げかけた。


「これで全員か? オレを含めて四人しかいないって。カーネルとかどうしたんだよ」


 鮮夜の疑問に答えたのは桜花。


「彼奴は別の任務でロンドンにいる。恐らく今回の任務には合流しないだろうな」

「マジかよ。リーダー不在で大丈夫なのか?」

「ま、ドクターがいるんだから問題ないだろ」


 セタンタが頭の後ろで手を組みながら答える。退屈なのか欠伸までしていた。


「で、そのドクターはどうしたんだ? オレはてっきりドクターもいると思っていたんだけど?」


 ここにいるのはドクターに呼ばれた者たちだけ。

 しかし、肝心のドクターがどこにも見当たらない。

 各々しゃべっていたその時、ブリーフィング・ルームのドアーが開いた。


「やぁ、みんな! 集まっているね。ブリリアント!」


 まるで今にもミュージカル・ソングを歌いだしそうに、軽快なステップと共に部屋に入って来たのはワックスで髪をビシッと決め、ブラウンのスーツにスニーカーという出で立ちの歳は二十七から三十歳ぐらいの男だった。

 彼こそ、このスーペリアーズのブレインであるドクター・グレゴリー。何故かドクターと呼ぶようにと徹底させている。

 ドクターだが医者ではない。彼はスーペリアーズのメンバーが悪しき神秘の存在と戦うための武具の開発や情報収集、精査などの技術面を一手に引き受けている。

 しかもドクターの技術はこの地球上で彼しか生み出せないもの。

 なぜなら、彼は地球人ではなく、地球から遙か何億光年と離れた星に住んでいた異星人なのだ。


「さて、いきなりだが、みんなに一つ問いたい」


 少し間を取るドクター。

 全員が自分に注目したのを確認すると、ニカッとまるで映画俳優のような白い歯を見せて再び話を続ける。


「王とは如何なるや」


 鮮夜たちスーペリアーズのメンバー全員が黙っている。

 口火を切ったのは鮮夜だった。


「本当にいきなりだな。王とは何か、なんて、ただの人間のオレには答えられないさ」

「鮮夜、そう言わずに。君の思う王とはどんなものか教えてほしい」

「……王か」

「そんなこと簡単だ」


 鮮夜が考えている間に声を上げたのは桜花だ。


「王とは全てを超越した存在。王になった瞬間からその者は人ではなくなる。近いもので言えば神だ。その国における絶対者。全ての決定を下す裁定者だ」

「さすがだな、オイフェ。まだ影の国の女王になろうなんて思ってるのか?」

「クー、私の言葉に茶々を入れるな。まったくお前はいつもそうだな。だが、勘違いしないでほしい。今の私は桜花だ」

「ああ、そうだった。悪い。てめぇは常に警戒しておかないと、いつ寝首を掻かれるかわからねぇからな」


 手を合わせてすまない、というポーズを桜花に向けるセタンタ。

 形だけというのが誰から見てもわかるものだった。

 桜花も別段怒っているわけでない。彼女が思ったことを述べただけだ。


「なるほど。かつて影の国の女王と何度も戦った女戦士直々の言葉は説得力があるね」

「ふん。何を言っているドクター。私がそう答えることぐらい、宇宙一の頭脳を持つ貴様なら予想できたはずだ」

「おいおいドクター。頼むからオイ……じゃねぇ、桜花を怒らせるなよ? なだめるのは俺になるんだからな」


 勘弁してくれという表情のセタンタに対して、桜花が自分はセタンタになだめられたりしないと呟いてそっぽを向く。

 何故か彼女の頬が少し赤く染まっていたが、そこは気にしないでおこう。


「ソーリィ。だけど、こんな質問をした理由はもちろんある。君たち、最近騒がれているニュースは知っているかな?」


 ドクターの言葉に鮮夜が反応する。彼もここのところその内容について調べていたからだ。


「神隠しと食い散らかし、か」


「ザッツイット! ここ最近、首都ダブリンだけでなく、カーディフでも同じインシデントが起きている」

「確か男のガキが神隠しにでもあったように消えて、それ以外の人間がまるで巨大な肉食獣に喰われたかのような死体で見つかるってやつか」


 そうセタンタが続いた。


「これは確実に悪しき神秘の存在によるインシデントだ。僕の方でも連日情報を集めたり、消えた子供たちの行方を追っていたんだが、なかなかヒットしなくてね」

「ドクターでも見つけられないなんて、相当だね」


 スプレッド・レイザーが両手のピースサインを二度折り曲げる仕草をした。

 所謂、エアクオーツというやつだ。


「そうだったんだが、これを見てくれ」


 ドクターがポケットから取り出したのは手のひらサイズのガラス板のようなもの。ちょうどスマートフォンと同じサイズだ。

 だが、これはスマートフォンではない。異星の技術が結集されたドクター専用のデバイス。

 名称は《JASMINE》。

 それを振るとデバイスのヴィジョンがテイブルの中央に展開された。デバイスからテイブルに飛んで行った感じだ。


 ヴィジョンに映っていたのは黒いローブを着てフッドで顔を隠している人物だった。黒ローブは公園や街で親が目を離した子供に音もなく近寄り、右手に分厚い本を持ち、左手を子供たちにかざしていた。

 すると次の瞬間、子供たちは傾いだ空間に飲まれるようにして消えてしまったのだ。


「これってどういうこと?」


 スプレッド・レイザーが何が起こったのかわからないと肩をすくめる。

 その疑問に鮮夜が口を開いた。


「見ての通りだろ。わからないのか? 嗚呼、ドクターもスプレッド・レイザーも苦手だな。この手の類は。アンタたちが苦手な魔術だよ」


 何故かはわからないが、スーペリアーズに所属しているヒーローだけでなく、およそヒーローと呼ばれている者たちは一部を除き、ほとんどが魔術や魔法と言ったものに疎い。

 十トンの物を持ち上げる力や、サイキック能力など強大な力があるにもかかわらず、魔術や魔法に関することには弱いのだ。

 神秘の存在が具現化して(実際メンバーにセタンタと桜花)いるのに、魔法や魔術をそれでも信じていないのだろうか。

 まぁそれでも、魔術や魔法を使うヴィランズ自体も少ないので、大した問題として意識していないのかもしれない。

 ちなみにヴィランズとは神秘の存在だけでなく、悪事を行うあらゆる者の総称だ。


「鮮夜の言う通りね。ドクター、貴方たちはもっと魔術というものに対抗する手段を持つべきだ」

「俺も桜花もルーン・オガムを使うし、鮮夜は元退魔士だからな。今回みたいに魔術を使うヴィランも出てくるのは当然のことだって感じさ」


 鮮夜は元々、倭国日本で退魔士として悪しき妖や異能者、魔術士とも戦っていたのだ。だから、魔術や魔法については熟知している。

 彼自身はただの人間なのでその手の類は一切使えないが。

 セタンタと桜花はそもそも魔術や魔法が日常に息づいていた時代の存在だ。現代に具現化、転生されてもその術を扱うことは得意で知識も持っている。

 ドクターはまさにその通りだ、と自嘲気味に頭を掻く。


「この人物が何者であるのかはまだわかってはいない。けど、出没する範囲はだいたい絞れた」


 魔術や魔法に関してはちゃんと調べておくよ、と言いながらドクターがテイブル中央に投影されているヴィジョンに直接触れて、スライドさせたり、不必要なヴィジョンを掴んで紙をぐしゃぐしゃにするようにして放り投げる。

 すると不要な部分は霧散するように消え去り、新たにヴィジョンに映し出されたのはアイルランド・キングダムの地図。

 ダブリン、カーディフ、ロンドンに赤い点が記されている。


「ここ最近はカーディフでの被害が一番多い」

「つまり、カーディフに現れる可能性が高いわけだ」

「その通りさ、鮮夜。ただ、事が事だけに、こちらも警戒する必要がある。今はメンバーも少なく相手は魔術使い。だから、応援を呼んだんだ」


 応援、と鮮夜たちは首を傾げる。

 入ってきてくれというドクターの合図と共に、ドアーが開かれ二人の人物が部屋に入って来た。


「倭国日本で退魔士として活躍している二人だ。事情を説明して応援として今回の任務に参加してくれる」

「てことは、こいつらは鮮夜の知り合いか?」

「いいや、クー。オレが京都で退魔士をやっていたのは去年までの話だ。その時にこんな奴らは見たことない」

「初対面なのに、こんな奴らって言い方はないだろう」


 応援として来た者の内、青年の方が声を上げた。


「すまないね。鮮夜は歯に衣着せぬって感じの性格なんだ。でも、根は良い奴だから気を悪くしないでほしい。では、自己紹介でもしてもらおうか」


 青年は何だか軽く流されたようなと思ったが、ドクターに促されてわかりました、と一歩前に出る。


「倭国日本、京都から来ました。皇カルナです」

「はいはーい! 君は僕みたいな異能者なの? それとも鮮夜のような人間で異能はないけどめちゃくちゃ強いタイプ? それともクー・フーリンみたいな神話系?」


 スプレッド・レイザーがおもちゃに興味津々な子供のように質問する。

 目も輝いているのだろうが、マスクを被っているのでわからない。


「そうですね。俺は、強いて言うなら魔術士に近いのかもしれません」

「何だそりゃ。自分がどういう力を持っているか説明できないってことか?」


 セタンタがさらに言及する。


「セタンタ。まずは話を聞こう。私は彼の隣にいる女性が気になる。この感覚は恐らく、私たちと同じだぞ」


 桜花の赤い瞳はカルナの隣に静かにたたずむ長いブロンドの髪、蒼い瞳の女性に注がれていた。


「では、次はわたしが。わたしはカルナと同じく退魔士として、倭国日本で悪しき神秘の存在と戦っているアリア=アーサー・ペンドラゴンです」


 刹那、ブリーフィング・ルームは静寂に包まれた。

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