第36話 マモルのパパぶり編(3)

マモルとショウタは、オモチャを買い終えると、買い物を終えたミサコと合流した。いったん、全ての荷物を車の中に積み込むと、三人は再び店の中へと入っていった。そして、オモチャを買ったときに一枚、食料品を買ったときに三枚のオープン記念の“福引券”を手に入れた。ヤナセ一家総出で、日頃の行いが試される“抽選機”へと向かった。



「うわ、すごいな。一等の景品が『車』だってよ」



「うゎ! カッコイイ!」



「当たるといいね」



「この車一台で、オレの車、四台買えちゃうぞ」



マモルは店に嫉妬しっとした。



抽選機は手動でガラガラ回すと、箱の中から色のついた玉が一つ出てきて、その玉の色によって順位を決める、『金の玉と愉快ゆかい仲玉なたまたち』である。



「結構並んでいるね」



「そりゃそうさ、三等で『海外旅行七泊八日の旅』だからな。オープン早々にこんな大盤振る舞いなんかされると、ファンになっちゃうな」



「来週も行きたいな」



「そうだな」



ミサコは、何年にもわたり蓄積されてきたマモルに対しての“不信感”が、わずかこの三日間のうちに、自分でもハッキリと自覚できるほどに消えていくのを感じていた。



「パパとママは何がほしいのぉ!」



「お父さんは、“ヒゲ剃りシェーバー”がいいかな」



「ママは“フライパン”が欲しいな」



なかなか現実的で控えめな夫婦である。



「ショウタは何がほしいの?」



「えっとねぇ、“宇宙”!」



「そっか、ショウタはスケールが大きくて、将来が楽しみだな」



マモルは嬉しそうに言った。ただ、三人の希望の品は、どれも本日の景品にはエントリーされてはいなかった。そして、いよいよヤナセ一家に出番がまわって来た。



「あなた、誰が回すの」



いつもはクールなミサコが、どことなくそわそわした素振りで言った。



「チャンスは四回あるんだ、ミサコとオレは一回ずつ回して、ショウタが二回でどうだ?」



「いやだぁ! ボク、回しなくない!」



ショウタは若すぎたため、こういった大舞台での経験値が少なく、この感情に耐えることが出来なかった。



「……よし、ショウタは応援しててくれ」



マモルはショウタの表情を見て、気持ちをくみ、サポートに徹してもらうことにした。



「ワタシも遠慮しておく。あなた、四回ともお願い」



ミサコは、ショウタの通う幼稚園での“ママ友”たちとの付き合いを通して、出しゃばったマネをすると、“出るくいは打たれる”を経験してしまう恐れがあるため、いつも控えめにしている。そのため、このようなお祭り騒ぎの場で、自分が主役になるような行為には抵抗があった。



「……そうか、分かった。ありがとう」



マモルはミサコの表情を見て、彼女は自分が一歩引いて、夫を立ててくれようとして言ってくれたのではないかと、都合よく誤解していた。



(四回もチャンスをくれたんだ。ここは男として当てにいくぞ)



マモルはチケットを担当のお兄さんに手渡すと、早速、一回目を回し始めた。そして、一個目の玉が落ちた。



「……うそだろ……やった、やったぞぉ! 二等だ!」



マモルは出てきた“銀色の玉”を見るなり、興奮が爆発し、周りの目があるのも忘れて雄叫おたけびを上げた。



「はい、こちらになります」



担当のお兄さんは、なにか言いにくそうにしてそう言うと、『ポケットティッシュ』を一つ差し出した。



「……どういうことですか?」



「おそれいります、こちらが景品となっております」



「ちょっと待ってくださいよ! なんで“銀”が“ポケットティッシュ”なんですか!?」



マモルは怒っている。



「お客様、あちらに一覧表がありますので、ご確認いただけますか?」



お兄さんは、まさか買い物ついでに貰った券で行う運試し的なクジに、まるで人生をかけているかのような形相ぎょうそうで迫ってくるお客様がいるとは考えてもみなかった。だが、ここはプロとしてビビりながらも平静を装った。



マモルはすぐにお兄さんの示すほうへと目線を移した。そこに書かれていたのは、一等が“金色”、二等は“赤色”だった。そして、マモルの出した“銀色”は“十二等”であった。



(なんだよ“十二等”って。“ハズレ”じゃないか……しかし、やっちゃったな」



マモルは我に返ると、一転して顔から火が出る思いになった。



「すみません」



そして、担当のお兄さんに頭を下げた。



「いえ、勘違いしてもおかしくありませんよ。分りづらいですよね。まだ、あと三回チャンスはありますよ」



お兄さんがフォローするように言うと、後ろには行列が出来ていたため、マモルは急いで残りの分を回した。



「パパ頑張れ!」



ショウタは父親にエールを送ったが、ミサコは先ほどの一件で、恥ずかしそうに周りの目を気にし、髪の毛で顔を隠して行列の方角から顔が見えないようにしている。



クジのほうは、二回目、三回目はともに“銀色”だった。そして、ラストは“黄色い玉”が出てきた。ヤナセ一家の視線が一斉に、一覧表に吸い付いた。上の一等から順番に目線を落としていくと、“黄色”は上から六番目に記載されていた。



「『修行の券』?」




その後も色々と見てまわり、三人が建物の外に出た時には、大陽の気配はすでに無くなってしまっていた。ショウタはハシャギ疲れたのか、車が出発し、ショッピングセンターの駐車場を出た時には、すでに眠りについていた。



「そういえば、さっき当たった『修行の券』って、結局なんだったんだ?」



マモルは運転しながらきいた。



「ちょっと待って、いま見てみる」



ミサコはそう言うと、カバンの中から『修行の券』を取り出した。確認しようとしたが、暗くて文字がよく見えなかったので、携帯電話を取り出し、ライトを点灯した。



「なんか書いている。『有限会社・花閣寺はなかくじコーポレーション』・二泊三日のおのれ鍛練たんれん・体験券』って書いている」



「『花閣寺』って言ったら、サクラギのカミさんが好きらしいんだけど、あそこって、“お寺”じゃなかったのか?」



「違うと思う。前にテレビでやっていたんだけど、中は全然、お寺って感じじゃなかったも」



「そうなのか? 何回か車で近く通りかかったことあるけど、歴史あるお寺って感じだったぞ……券に期限とかは記載されていないのか?」



「ええとね……あった、使用期限は無期限で、参加したい日の五日前までに電話で予約入れるんだって。修行の時間は決まっているらしくて、金曜日の夕方以降に、中で受付を済ませたら修業が始まるみたい。そして終わるのが日曜日の夕食を食べ終えたら解散って書いてある。券が二枚入っているけど、ワタシは行かないよ。サクラギさん家にあげたらいいんじゃない? 奥さん好きなんでしょ?」



「そうだな……いや、オレ行ってもいいか? サクラギ誘って二人で?」



「うん、別に構わないけど、サクラギさん迷惑じゃないの」



「オレが行きたいならアイツも行きたいはずだ」



ジュンペイも、とんだ殿様とのさまを先輩にもったものである。



マモルの運転する車は、自宅まであと七、八分と差し掛かかった。



「いつもショウタや家のこと、ありがとな」



「どうしたの、いきなり」



「いや、今まで言ってなかったから」



「いいよ別に、そんなこと言わなくたって。あなたがそういうこと言うと、なにか不吉な事が起こりそうで怖いんだよ」



「なんだよ不吉な事って?」



「……朝起きたら、部屋が一つ無くなっているとか」



「バカ言え、それはオレのせいじゃねぇよ」



「……来週もどこか行きたいな」



「おう、任せとけ」



家族三人での初めての外出は、本当の意味での、家族生活のスタート地点を走り出したといえる出来事であった。








































 




















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