第35話 マモルのパパぶり編(2)

日曜日。マモルは、初めての家族三人での外出に、おのずと肩に力が入っていた。昨日は休日を利用し、この日に備えて、朝から夕方まで準備に余念がなかった。まず、なじみの床屋に開店の十五分前に並び、ぶじに一番乗りを果たした。次に、家族が恥ずかしい思いをしないよう、上から二番のランクのワックスを使用し、愛車の洗車と化粧を施した。その後は自宅に戻り、あとはひたすら読書をして知識を育てた。



「あなた、急がなくていいから安全運転でお願いね」



「おう」



現在、車の中、目的地まであと十キロ少々。マモルは、いつもどおりのクリーンな運転を崩さない。



「パパ! なんで空は青いの?」



息子のショウタが父に疑問を投げかけた。マモルとミサコの一人息子であるヤナセ ショウタは、今年で五歳を迎え、はじける若さの“元気もりもりな男の子”である。



「おお、いい質問だ。それはな、ショウタの心が青いからだ」



「ちょっとあなた、適当なこと教えないでよ」



ミサコはいつも通りのマモルに対する、ぶっきらぼうな言い方だが、久しぶりに見る夫のオチャメな姿に、付き合っていた頃の感覚が、今、心の中を通過したのを感じた。彼女の表情は少しの間、あの頃の“それ”であった。



その後、マモルは自分の息子には知性を兼ね備えた腕白小僧わんぱくこぞうに育ってほしいと考えていたので、さきほどの“空はなぜ青いのか?” という理由を、うろ覚えの知識なりに、一生懸命に説明した。しかし、ショウタには難しかったのか、父の話が進むにつれて、表情がこわばっていった。



「おっ、見えて来たぞ。でかいななぁ」



「うゎ~すごい! 幼稚園より大きい!」



ショウタははしゃいでいる。



「そうだな、こんだけ大きいんだ! 欲しい物はなんでも置いてあるぞ!」



「ゾウさんも居るかなぁ!?」



「おおぅ! きっと居るさ」



「だから、適当なことは言わないでよ。居るわけないでしょ」



「どっちなのぉ!?」



「……いや、きっと居るさ。みんな、ゾウさんに乗って買い物していると思うぞ」



「すげぇ~! 面白そう!」



マモルは向きになって自分の意見をつらぬいたが、今からわずか十五分後には、父親の面目は丸つぶれになるのであった。



お店に到着し、手動のドアを開け、店内に一歩足を踏み入れると、そこは、奥の壁が遥か遠いところに見え、ショウタは、地球の壮大そうだいさに圧倒されていた。



「すごいな! “ショピンセンター”っていうよりも、“総合アミューズメントパーク”って感じだな。どうする、どこから攻める?」



「スポーツじゃないんだから、攻めるは違うでしょ……それじゃあ、ワタシは先に買い物済ませちゃうから、あなた、ショウタのことお願い出来るかな?」



「おう、分かった」



そう言うと、ミサコは二人に背を向けて、“食料品売り場”へと行ってしまった。妻が居なくなり、マモルはショウタと二人っきりになった。すると途端に緊張し、額から脂汗が流れ出てきた。



(そういえば、ショウタのことは妻に任せっきりで、二人で何かをしたなんてことは記憶に無いぞ。いったい、どう振る舞えばいいんだ……)



マモルは、ミサコを交えての家族三人の時にしかショウタと接した記憶は無かった。いざ、息子と二人っきりになってみると、途端にプレッシャーが彼の心を襲った。



「どうしようか、オモチャでも見に行くか?」



マモルは言葉づかいこそ、いつものショウタに対するものだったが、緊張のため、表情までには気がまわらず、どことなくぎこちなかった。



「うん! オモチャ見たい!」



ショウタは父親のそんな心情など知るはずもなく、目を輝かせて父の顔を見た。そして、二人は手を繋いでオモチャ売り場へと足を運んだ。



「たくさんあるね!?」



「そうだな。ショウタは、いま欲しいものなんかあるのか?」



「うん! あるよ!」



そう言うと、ショウタは父親の手を握り、走り出した。



「ショウタ、ちょっと待ってくれ」



マモルは日頃の運動不足がたたってか、何度も足がもつれた。ようやく、目的のオモチャが見つかったらしく、ショウタはその場所で足を止めた。



「これがいい!」



ショウタは欲しかったものを指差した。



「……これか? こっちのやつじゃないのか?」



「こっちのやつはいらねぇ! これがいい!」



ショウタが指差したオモチャは、現在放送中の、戦隊ものシリーズに登場するキャラクターである『卑怯ひきょうきわみ・裏切りウルフ』のリアルフィギュアであった。マモルは子供向けのテレビ番組はほとんど見ないが、ジュンペイがこの番組のファンであり、酒の席でよく聞かされていた。いま息子が欲しがっている『裏切りウルフ』は、敵軍に所属しているのだが、主人公たちが優勢の時には仲間を裏切り、とどめの一撃に加勢する。一方、主人公たちが劣勢の時には、強き我が軍に所属していることを誇りに思い、仲間の勇姿に涙する。とにかくこの『裏切りウルフ』は、人間であれば、“信用するにあたいしない、ただのクソやろう”なのである。



「ショウタ待ちなさい。こっちじゃなくて、これの間違いなんだろう?」



マモルはムキになり、主人公のリアルフィギュアを手に取って、正義を伝えようとした。しかし、その思いもむなしく、ショウタは首を横に振った。



「この『卑怯の極み・裏切りウルフ』のどこがいいんだ?」



マモルは大事な一人息子が、将来道を踏み外したりはしないだろうかと心配になり、オモチャ選びとはいえ、気が気でない。



「だってカッコイイんだもん!」



「どこがカッコイイいいんだよ! よく見てみなさい! これのどこがカッコイイんだ!」



マモルがつい声を荒らげてしまうと、ショウタは泣き出してしまった。



「ごっ、ごめんなショウタ。お父さんが悪かった、許してほしい」



マモルは左ひざを地面につき、ショウタと同じ高さの目線になり、自分の言動を悔やみ、息子に申し訳ないことをしたと、心の底から謝った。ショウタは何か言いたそうにしているが、むせび泣いているために上手くしゃべることが出来ない。



「ショウタ、ごめんよ」



マモルは、すぐそばに見えていた休憩用の椅子にショウタと座ると、泣き止むまでずっと、息子の背中を優しくさすった。



「ショウタ、大丈夫か。『裏切りウルフ』のリアルフィギュア、買いに行こう」



「うん……だって『裏切りウルフ』は弱いから、やられないようにどっちの味方もするんだよ。弱くてもガンバればやられないんだよ。だからスキなんだ」



「そっか、そういうことか。そうだよな、ショウタの言うとおりだ。弱くたって、一生懸命頑張れば、良いことだって待ってるよ。ありがとな、ショウタ。お父さん勉強になったよ」



マモルは、自分の息子の心を疑ったことを恥じた。そして、ショウタの優くて誠実な心を感じ、嬉しくて自然と涙が流れてきた。




































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