第34話 マモルのパパぶり編(1)

思う存分、焼き鳥屋を堪能した二人は、お店を出て家へ帰ろうとしていた。



「それじゃあ、気を付けてな!」



ヤナセはそう言うと、お店の中に戻ろうとした。



「忘れ物ですか?」



「いや、ちょっとな。先に帰っててくれ、それじゃあ月曜日な」



ヤナセは、どことなく落ち着かない様子である。



「分かりました。今日はありがとうございました。それじゃあ、失礼します!」



ジュンペイは、ヤナセのそわそわぶりから推測するに、ほぼ、トイレに間違いないだろうという結論に至った。長居は申し訳ないと、挨拶をすませると、そそくさとその場を後にした。



(サクラギ、頑張れよ!)



ヤナセは、ジュンペイの小さくなっていく後ろ姿に、エールを送り願った。そして、再び暖簾のれんをくぐって店の中へと入った。



「いらっしゃいませ~! ってヤナセさん、忘れ物ですか!?」



店の主人が威勢の良い接客で、ヤナセにたずねる。



「いえ、忘れ物ではないんです。おやじさん、ひとつお願いがあるんですが」



「どうなさったんですか?」



ヤナセの改まった言葉づかいに、店の主人は心配する素振りをみせた。



「あの……ウチの妻と息子にも食べさせてやりたくて、お土産に焼いてもらえませんか?」



ヤナセは、どういうわけか恥ずかしそうに、ぼそぼそとつぶやいた。



「喜んでうけたまわりますよ。ヤナセさん、なんでまた、急にシャイになっちゃいまして」



店の主人は温かい笑顔で言った。



「いえ、お恥ずかしい話なんですが、家族にプレゼントとか、お土産買って帰るなんてこと、したことが無くて」



「奥さんと息子さん、きっと喜びますよ。用意しますんで、お座りになって待ってて下さい」



「ありがとうございます」



ヤナセは、終始一貫して照れていた。



お土産の焼き鳥が焼き上がり、ヤナセは店の主人から受け取ると、感謝の言葉を伝えた。そして、妻と子供の待つ我が家へと向かった。



(お土産なんて、なんだか緊張するな)



ヤナセはドキドキしながら、何千回と開け閉めしているいつものドアを、初々しく開けた。



「ただいま」



「おかえり、遅かったね」



妻のミサコは、どことなくトゲのある言い方をした。



ヤナセ マモルの妻、ヤナセ ミサコは、マモルよりも五歳年上の姉さん女房である。長身で細身、奥二重で切れ長の目が、都会的でどこかミステリアスな印象を与える。



「サクラギといつものところで飲んできた。ショウタはもう寝たのか?」



「うん。てゆうか今何時だと思っているの。ワタシも歯磨いたら寝るから、後はよろしくね」



ミサコはいつも通りぶっきらぼうに言うと、洗面所に向かって歩き出した。



「ちょっと待ってくれ」



マモルは慌ててミサコを引き留めると、急いでカバンの中からお土産を取り出した。そして、彼女に差し出した。



「何、これ?」



ミサコは少し警戒しているようである。



「何って、お土産だよ」



マモルは、さきほどの焼き鳥屋の主人の時と、さほど様子が変わらずに、恥ずかしそうにぼそぼそとつぶやくように言った。



「どうしたの、急にこんな事して。会社辞めたいとか言い出したりしないよね?」



「そんなこと言うわけないだろ。オレがこういう事したらおかしいのかよ?」



「おかしいわよ」



「……」



マモルは言葉に詰まった。



「……食べたくないんなら、食べなくていいからな」



マモルもぶっきらぼうな言い方になり、いかにも強がっているといった顔をしている。



「……もったいないから食べる」



「……ショウタの分も残してやっておいてくれ」



「一人でこんなに食べられるわけないでしょ」



ミサコはそう言うと、容器に入った焼き鳥を中皿に移し食べ始めた。マモルは彼女の反応が気になるが、無関心をよそおっていた。



「……美味しい」



ミサコは、不器用な無表情よりのわずかな笑顔で言った。



「当たり前だ」



「あなたが作った訳でもないのに、偉そうに言わないでよ」



「……」



マモルは何も返さず、それっきり会話は無くなってしまった。ミサコは食べ終えると、中皿を持ってキッチンへと入っていった。



「……おい、ちょっといいか?」



マモルは恐縮したように、隣に居てもやっと聞き取れるかどうかというような弱々しい声で呼び掛けた。もちろん、キッチンの中に居る彼女には届くはずもない。彼は他にも何か言いたげな様子である。



「ありがとう、美味しかったです。先に寝ます」



ミサコは、マモルの顔を見ることなくそう言うと、その場を後にしようとする。



「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」



今度は一転して、マモルは野外で集団に点呼てんこをとるときのような大声で言った。



「ちょっと何時だと思ってるの、ショウタが起きちゃうでしょ」



ミサコは驚いて目を丸くし、マモルに視線を向けた。



「ごめん、悪かった、突然大声なんか出したりして」



「で、何?」



「いや、大したことではないんだけど、明日、明後日休みだし、ショウタと三人でどこか出かけないか?」



「……なんでいきなりそんなこと言うの? なんかさっきから変じゃない」



ミサコは、ショウタが生まれてからのこの五年間、マモルからプレゼントをもらうなどということはもちろんのこと、家族で外出することも、一度たりとも無かった。だから彼の口から続けざまに繰り出された“家族サービス”は、彼女にとっては嬉しいという気持ちよりも、不信の感情のほうが勝って感じていた。



「そうだよな。悪かった」



マモルはそう言うと、ミサコに背中を向け、テレビの画面にカラダを移した。彼女は無言のまま洗面所に歯を磨きに行った。



がらにもないことなんか、するんじゃなかったかな)



マモルは、テレビに刻印されているメーカーのロゴを一点に見つめながら、結婚してから六年、家族のことをないがしろにしていたことを悔やんだ。



その後、歯を磨き終えたミサコは自分の部屋へと行ってしまった。



それから一時間ほど経ち、そろそろマモルも就寝の準備をしようとその場を後にした。ミサコは夫の足音に気付き、慌てて自分の部屋のドアを開けた。



「新しく“ショッピングセンター”が出来たんだけど、少し遠いし、連れて行ってもらえる?」



マモルは、いきなりドアが開いて驚いたやさき、ミサコの口から思いがけないセリフが飛んできたので、思わず男らしさとはかけ離れた声を発してしまった。



「大丈夫?」



「あっ、ああ、大丈夫だ……それより、新しく出来た“ショッピングセンター”って『ショピン・ショピン・ゴーゴー』のことか?」



「そうだけど」



「そうか! 三人で行こう! 明日か!? 明後日か!?」



「だからそんな大声出して、ショウタが起きるでしょ。日曜日にお願いしていい?」



ミサコは控えめながらも笑顔を見せて言った。



「もちろんさ」



マモルはミサコの笑顔が嬉しかった。















































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