第32話 魂を立て直す編(1)

ユキが家から居なくなってから六時間が経とうとしていた。ジュンペイは、いつもよりも少しだけ早く目が覚めた。彼は、数時間前には『さすがに今日は一睡も出来ないだろう』と思っていた。だが、昨日の出来事で、よっぽど神経が疲弊していたのか、二本目のビールを空けるまでもなく、気がついたら今に至る。



(静かだなぁ……そっか、オレ一人だったんだ。朝食、自分で作らなきゃいけないのか……片付けもあるんだよな。この時期の水は冷たそうだな)



ジュンペイは結局、朝食を食べる気にはなれず、身支度を済ませると、家を出て会社へと向かった。



いつもより一時間近く早く会社に着いた。一番乗りだと思いオフィスに入ると、そこにはすでにアヤの姿があった。挨拶を終えると、彼女は作業を中断してジュンペイに視線を移した。



「タカオカさん、いつもこんな早い時間に出勤しているの?」



「うん。残り四ヶ月間、一番乗りは死守ししゅするわよ」



アヤは椅子に座ったまま、左腕は胸の前で腕時計で時間を確認するときのような形を作り、右腕はそれにクロスするように、ガッツポーズをしたときのような体勢を作った。“戦隊ヒーローが変身するときのポーズ”に見えなくもない。



「……そっか、来年の三月いっぱいまでの契約だったよな」



ジュンペイは、どことなく寂しげである。



「それよりも、今日はいつもより来るの早いけど、仕事?」



「いや、オレは健康のためだよ。早起きして『ビデオ体操』を始めたんだけど、あれって、あっという間に終わっちゃうんだな」



ジュンペイは、世間一般では『別居』と認識されていることを、アヤに知られたくたいと躊躇ちゅうちょし、とっさに嘘をついてごまかそうとした。が……。



「……ていうのはウソで、本当のところは、昨日から奥さんがお姉さんの家に泊まりに行っててさ」



「お姉さん家に遊びに行っているの?」



「遊びに行っているっていうか……“修行”しに行ったのかな」



「修行!?」



アヤは、自分のイメージしている“一般の夫婦像”からはあまり出てこないようなセリフをジュンペイが言ったので、思わず声を張り上げてきいた。



「うん、三ヶ月ぐらい離れて暮らしてみて、その間にお互い“パワーアップ”しようって事になってさ」



「三ヶ月? “パワーアップ”?」



アヤは、これまた“ワタシの夫婦像”からはズレていることをジュンペイが口にしたため、彼女の頭の中は、もはや『別居じゃないの』とい固定観念にとらわれてしまっている。



「……タカオカさん、今の話し聞いて、『別居じゃねぇの』って思ったでしょ」



「えっ! ううん! “修行”って、なんだか面白そう」



アヤは、図星を指されて動揺した。



「ごめん、困らせるようなこと言っちゃって。コーヒーでいい?」



「えっ、あっ、うん。コーヒーがいい。ありがとう」



そう言うと、ジュンペイはカバンの中から、帰り飲む用の缶コーヒーを取り出し、アヤに手渡した。



「飲もうと思って買っておいたんじゃないの?」



「そう思うでしょ。 じゃ~ん。オレの分はちゃんとあるよ」



ジュンペイはそう言うと、これまたカバンの中に更に隠し持っていた、ペットボトルの炭酸飲料を取り出した。



「オレ爽やか、タカオカさんブラック探偵団」



ジュンペイはリズミカルに言ってみたが、アヤはスルーして何も返答しない。



「ありがとう、いただきます」



アヤはジュンペイのことが心配で、コーヒーの味など脳に届いていなかった。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る