第31話 ユキの決意編(7)

ジュンペイが一本目のビールを飲み終えようとしていた頃、ユキの乗る車がサチコの家に到着した。 彼女は、今から世界に飛び立つかのような大量の荷物の入ったバッグ等を車のトランクから取り出した。運転手さんにお礼を言うと、玄関前へと移動した。



(お姉ちゃん、連絡は入れておいたけど、起きてるかな)



ユキが腕時計を見ると、時刻は十二時五十分を経過していた。彼女は遅くに申し訳ないと思いながらも、インターホンを鳴らした。それからまもなく、サチコが出迎えてくれた。



「お姉ちゃん、こんな遅くにごめんなさい」



「ううん、全然だい……ちょっと、この荷物は何? 泊まるって、二、三日だよね?」



サチコはユキの持ってきた荷物の量を見て、明らかに引いている。



「実は……二、三ヶ月の言い間違いだったの。おっちょこちょいな妹でごめんなさい」



ユキは舌を出し、笑ってごまかそうとした。そんな妹を見て、サチコは開いた口がふさがらなかった。



「寒いでしょ。話は後で聞くから、とりあえず中に入ろう」



サチコは妹を気遣い、二人は家の中に入っていった。そして、使用させてくれる部屋に案内してもらうと、とりあえず荷物を置き、外出着から部屋着へと着替えた。数分後、ユキは姉が待つリビングに行き、ソファーに座った。



「お姉ちゃん、バタバタしている時におじゃましてごめんね」



「それはいいんだけどさ、さっき、三ヶ月ぐらい家に居るようなこと言ってたよね。ジュンペイ君と何かあったの?」



サチコが心配してたずねると、ユキはこのような事になった経緯を説明した。



「……そういうことだったんだね。ユキ、修行だとか都合のいいこと言って、ホントは嫌なことがあって、家に逃げ込んで来たんじゃないの?」



「お姉ちゃんひどい! ワタシがそんなことするいい加減な人間に見える!?」



ユキは自分の発言に、なぜだか違和感を覚えた。しかし、姉の目を真っすぐに見つめ、自分の言ったことを正当化しようとした。



「……」



お互いに見つめ合ったまま、サチコは『あんた本気でそう思っているわけ……ウソでしょ?』一方、ユキのほうは『そんな目で見ないでよ、今すごく気まずいんだから』と、二人は、心の中ではコミュニケーションが成り立っていた。



「やっぱりさ、三ヶ月はまずいんじゃないの。もう一度、ジュンペイ君と話し合ってみたら?」



「……」



ユキは、姉から目をそらして立ち上がると、ふくれた顔をし、無言で荷物の置いてある部屋に入り、ドアを閉めた。



「ちょっとユキ! 二、三日ぐらいだったら全然、泊まっていっていいんだからね!」



サチコは妹の様子を見て、なんだか可哀想に思った。



ユキは部屋に閉じこもったきり、一時間近くが経とうとしているが、一向に部屋から出てくる素振りを見せない。たびたび中から物音が聞こえてきた。サチコは妹が行き場がないと思い詰めて、どうしたらよいのか分からず、物に当たり散らしているのではないのかと想像し、心配が募る。



「ユキ、中で何してるの? ドア開けていい?」



サチコはドアをノックして呼びかけたが、ユキからの応答は無い。中からはあまり聴いたことのないような音がしている。



「ユキ! お願いだから何とか言ってよ!?」



姉は再度呼びかけたが、中からの反応は無い。



(あの子もしかして……)



サチコは嫌な予感が頭をよぎり、かぎの付いていないドアを開けた。



「……ちょっと何してるの?」



サチコは唖然あぜんとしたというよりは、この光景の状況が、よく理解しきれていないでいた。



ユキはイヤホンを装着して、音楽を聴きながら作業をしていた。持ってきた衣服を、クローゼットの空いているスペースに収納し、そして部屋のカーテンを、自前のピンク色の人気キャラクターのデザインがほどこされたものに取り替えている最中だった。



「あっ……」



ユキは何か気配を感じ、後ろを振り向くとサチコの姿があり、目が合った。妹は姉の視線を気にしつつ、ばつが悪そうにしながらも作業を続けた。



結局、ユキの作業が終わるまで、サチコは腕組をし、仁王立ちになりながら、一言も口を利くでもなく、ただただ待っていた。



時計の短針が三の目盛りに重なろうとしていた時、ユキはようやく作業を終えた。そして、耳に装着していたイヤホンをはずすと、音楽が無くなり、現実逃避の神様が去っていった。すると、とたんに引きつった顔になり、恐る恐ると姉の顔を見た。サチコは仁王立ちしたまま、不自然な作り笑顔をしながらこちらを見ていた。



「……ごめんねお姉ちゃん、おやすみなさい」



ユキは相手がこういった顔をしている時の対処方法を持ち合わせておらず、掛け布団の中にあるのかもしれない夢の島、“非現実島”を求めて逃げ込もうと試みた。



「待ちなさい」



サチコはそう言うと、一足先に掛け布団の中に潜り込んでしまった妹を追い、彼女も、ユキの居る“非現実島”へと侵入した。



「入って来ないで! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」



「分かったから、そんな大声出さないの。しょうがないな、泊めてやるか」



サチコは、掛け布団の中で暴れる妹に、後ろから抱きついてそう言うと、ユキはピタリと止まった。



「ホント? 三日じゃなくて、三ヶ月だよ?」



「うん。その代わり、お姉ちゃんの言うこと一つだけ聞いてくれる」



「なぁに? 筋トレ以外だったらなんでもするよ」



「ばか、そんなことさせないよ。じゃあねぇ、この中に今日一日、一緒に泊めて?」



「別ににいいけど、お姉ちゃん迷子にならないでよ」



「わかんない」



その日、二人は“島”の中で、仲良く抱き合いながら夢の中へと入っていった。












































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